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職場で刺し身を食べま初夏。

春うららかな陽気を吹き飛ばし、夏をダイレクトアタックで連れてきた初夏。

なにこれ、暑い。

夏よ、そんなに急いでどこへゆく?ものごとには順序があるんだぞ。動機、息切れ、気つけに求心。陽気、梅雨明け、夏日でルーティーン。はい、復唱して。……はい。わかった?段階で連れてきてよね、夏。これさ、真夏日、猛暑日待ったなしじゃん。突然くるとみんなびっくりしちゃうの。体がついていかないの。毎年言ってる気がするぞ。まじで。わかった?

ねー。ほんと、暑いですね……とかなんだかんだと言いつつ、例年それはそれでビジネスカジュアルを傘に結局薄着を羽織って乗り切る企業人のみなさま、いかがお過ごしでしょうか。

ぼくは、職場で刺し身を食べました。

渋谷は、変な街である。

ファッション、カルチャー、クリエイティブの発信地。道をゆけば多種多様な人が歩き回り、雑踏にはせわしない変化があり、見ていて飽きない眺めが常に流れていく。オフィス街でもあり、歩幅の速いビジネスパーソンもインベーダーのUFOの如く、素早い足捌きで通り過ぎていく。

それでいて少し駅を離れ一本通りに入ると、唐突に魚屋や八百屋、昔ながらの謎の店が出現したりする。商店街を匂わせるどうやってやっていってるのかわからないブティックもあれば、看板を何度読んでも意味のわからない店も、外からどんなに覗き込んでも美容院とおしゃれ居酒屋のどちらか判断つかない白基調黒基調もが混然と並び、ときどき情感がバグる。

あれ、ここどこだっけ……?と思ってるうちに大通りに出れば、チェーンの居酒屋やラーメン屋がずらり。緊張と緩和。浮足と定番。地に足つかない浮いた街、渋谷。

そんなふしぎな街、渋谷で働いている。

先日、駅から職場までの道中にある魚屋さんがリニューアルオープンしていた。昔ながらのホースで水撒くような出で立ちから木目調のスタイリッシュな店構えに変わっている。

馴染みでないくせに抱く勝手な喪失感を胸に、おしゃれに変わったディスプレイを横目に見ると、お弁当にまじって「今日の刺盛り¥500-」がずらり並んでいた。

へぇ~。

朝一、出勤ルート狙いでの刺盛りはなんだか新鮮な気がする。三点盛りで、晩酌にちょうどいいくらいの一人前盛りだ。この時間に買っていく人がいるんだろうか?

いた。

お昼休みに覗いてみると、なんとずらり並んだブリスターパックが一つもない。びっくり。へぇ、みんなお昼にお刺し身食べるの?えっ、どこで?まじで?日常に潜む、わたしの知らない世界がある。361°ぐるっと回って少しズレれば異世界転生なのだ。この街のどこかにランチSASHIMIの民が息を潜めて暮らしている。その事実に驚愕せざるを得ない。

お昼に、刺し身食べてもいいんだ。

海鮮丼でも手巻きでもない。純然たる刺し身。いいのか。いいよな。そりゃ、いいか。ダメなわけがない。お昼ごはんには、別に何を食べてもいいんだもの。

人は、すぐに型にハマろうとする。

ほんとうは型なんてないのに。想像上の型を勝手に思い浮かべて、その通りにハマろうとする。みんながみんな、同じ型にハマるわけがないのに。ハマろうとすることで安心する。そして、たいてい事故る。

こんなにうまくはいかない。

しかし、時には型を出て、自分の領域を広げてもいいんじゃないか。職場でランチに刺し身を食べてもいいんじゃないか。TPOに縛られない自由なオレを演出してもいいんじゃないか。

翌日。早朝。買ったった。

どやっ。

緊張の面持ちでデスクに置き、ブリスターパックを開く。ほのかな潮の香り。大丈夫、バレてない。別に隠してないけど。アピールもしてないけど。ほおら、ここに職場で刺し身を食べてますよー!と注目されたいわけでもないけど。けどけどけど……、と誰よりも自分に言い訳をどんどん重ねる。自分を鎧わなければ恥ずかしくて死にそう。醤油をこぼす。「こちら側のどこからでも切れます」が裏切ったからだ。あいつはいつもそうだ。ちくしょう。

型を出て行くはずが、今、この瞬間が誰よりも何よりも型を意識している。型にハマりたい。なんだこれ。一切れ一切れ、箸の先まで意識して咀嚼したのははじめてです。目標を箸で掴んでスイッチ。……新鮮だ。いや、ネタ的にも経験的にも。心でうまいこと唱えて、いったいなにしてんだろう。酸素濃度は変わらないのに、思考回路はショート寸前。ぐむう。なんかもう、帰りたくなってきた。


うん、味しない。

一人用、刺し身の旬はたぶん夜。
TPOって大事ですね。


おわり。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!