見出し画像

貴重な思考改革 2023098🃏心地良い距離感のパートナーシップを重視したい話

ノクス零です🃏
予告通りパートナーシップについて書いています
しかし長くなりましたので目次を設けました
お付き合い頂ける方だけ目次順にお読みくだされば


まえがき1

パートナーシップについて書くにあたり、まず始めに、前回記事に触れた近況の

1.7月中旬辺りに、比較的お手頃な価格で手に入れた折り畳み財布の小銭入れ部分に穴が空いた
2.8月中旬辺りに、お気に入りの茶碗が落ちて粉々に割れたと言う現象に見舞われた
3.日付的には父の命日に当たる深夜、謎の金縛り現象と共に謎の触覚に気持ち悪い思いをした

の3.について少し触れたいと思います
重ね重ねですがこのテーマは、育った家庭環境や両親に関する事とは切り離せないと思い至ったので

丁度2週間くらい前、その父の命日だった件で
(かつて他所のブログに書いていた、亡くなった知らせを聞いた時と、喪中の体を取った期間のエピソード👇🏻)

父は地方産の四国人で、顔だけの話をするなら、王貞治氏とコリィ・テイラー氏を足して割って打ち壊した感じの人でした
勿論私は父の死を知った時、驚きましたし、人の子として身が張り裂ける思いをしました
ただ、私がこのように自覚している情緒に反して、一線引いた所での私は、父の死を知っても冷静で、涙が流せないでいました

根拠となる記憶を辿る事が出来るとしたら、亡くなる数年前、両親が離婚した為でもあるのですが
私はその時、無意識的な感覚で、心身が裂かれるような物悲しい情動でいました
そして両親離婚の当日、訳あってその場に立ち会う事にもなったのですが、泣くつもりなんてなかったにも関わらず、涙が流れました
今思えばその時、私は無意識のうちに、父との今生の別れの予感を承知していたのかも知れません
それから何年か後、ただ猫に会いたいからと言う理由で一度父とも会ったのですが、厳密にはあれが最期でした

そして知らせを受けて約2週間後
私はと或る法的な手続きをしなければならなかったので、父の亡くなった地元で、母(こちらも同地方産の信州人)と合流しました
母に見せてもらった謄本に、無機質に書かれた"死亡"の二文字をこの目で見て、改めて身の張り裂ける感覚を味わいました
しかし、この時点でも私は、まだ涙一つ流せませんでした
けれども手続きの一切を終えた後、父が生まれ、亡くなった市内の景色を眺めた時、妙に感慨深い情緒となって、初めて父を思いながら涙を流せました
自分にとってのすべき事を片付けて気が緩んだ為だったとも思いますが、やたらすっきりした心地にもなりました

年末年始は、最期を含めた数年間疎遠だったからとかそんな事は抜きにして、一応喪中と言う体を取り、取り分け祝い事の雰囲気にはせず(特定宗教無信仰の身としては、めでたい事はめでたいで過ごしたかった心地ではありましたが)、元旦早々に、再び父の生まれ育った地に足を運び、お忍びで墓参りをしました
父方の墓はちょっとした霊園に、しっかりと墓石もあったりするような環境なのですが
墓石に死亡日、氏名、享年がしっかりと刻まれている景色を認めると、再び胸が締め付けられました
たぶん私はもしかすると、この人にはお詫びも感謝も口にした事が無かったし、寧ろそう振る舞うに値しない人物と思っていた節もあったので、今まで感じた事の無い情緒になったのだと思います
線香のかほり揺蕩う中、限られた時間で目を閉じて浮かべた思いは、軽い謝罪と、感謝と、それから、私は必ず幸せになると言う展望でした

生き別れの父の死(2020/08/27)

命日の事は、脳の隅に薄ら記憶に留めていた程度で忘れ去りかけていた私も、宇宙一愛する私の愛すべき薄情さと言う性質に度が行き過ぎていたかもしれませんが
その触覚にまつわる出来事自体は、
霊障と呼ばれるそれであれ何であれ、控えめに言ってもとても気持ち悪く遺憾だったので、その不平不満な情動自体は率直に感じ
昼前から精神世界目線でのアプローチ(量子力学目線で言えば波動上げるなど)で、割かし人気な白檀の逆流香を焚いて
だけど父自体については"生前にしてもらったいい事については感謝しているんだよ"と、その感謝の情動も率直に感じ
気がついたら2時間くらい熟睡してしまいましたと言う、そんなお昼時でした🃏

因みにお盆も、父方母方両方の祖父母、かつての飼い猫、父親の事はしっかり思い出していましたし、何でしたらこの時期に安く買う事ができた果物を、写真を飾ってある場所に供えたり、沈香を焚いたりなんてこともしていました
因みに父方祖父母と父の写真は手元に無いのですが、私自身死ぬ時は、存在の痕跡は全部消滅させたい派なので大して気にしていません
それについては国内では戸籍制度がある限り無理だろうなとも思ったり、"そんなものがないパラレル世界又国に行くのん🤍🖤🤍"と強烈な願望飛ばしておいたり

時に、親を選んで生まれてきたか?について屡々議論されますが
私は選べる人とそうでない人がそれぞれいると考えている派で、私は両親のどちらも
父は笑うとアザラシみたいだったから(私の感性に刺さる動物の一種)
母はお姫みたいで綺麗だったから(私はやや父親似寄り)
と言う理由で選んで生まれてきたのだろうと思います

これは一時お世話になった、と或るセラピスト氏の受け売りに近いのですけど
親を選んで生まれてきた人の選んだ動機は至って単純で、何ならちょっと短絡的で

お金持ちか否か
両親の仲が良いか否か
大切に育ててくれるか否か

そんなところは注視せずに選んで生まれてくるのだろうと言う考え方です
うちの両親は、私が物心ついた頃には既に不仲で、どうやらお互い家庭を持つ事に対し焦る思いがあり、互いの本性を吟味する時間も設けず、交際後僅か3ヶ月で籍を入れたと聞いています
そんな環境や周辺環境、それだけでなく一々リアクションする以外の術を知らなかった思考のあり方故に精神が荒み、長い年月自分への無価値感のずんどこに堕ちていったのですが
その期間に比べれば、自尊心だったり、"俺っちの唯一無二は俺っちだけだからな"
みたいな自己との融合感を、心から取り戻した気になっている今となっては、"ああ、俺っちもきっと選んで生まれてきた側の人間だわ"と思います
選べない層と両方いると考えている理由については、と或る心のお気に入りだったコンサル氏が、その方のお子さんが胎児記憶のある頃に尋ねたら、他にも詳しい情景と一緒にそう答えたようで、反抗期の年頃を迎え、"私は選んでいない"旨を事ある毎に引き合いにしていたそうなので、それもそうかも知れないと同意する感覚です

少しだけ蛇足しますが
子供の頃はかなりの機会で、その選んで生まれてきた筈の親から受け継いだ私の容姿や個性を理由に、偶々同じ空間を共有しているに過ぎない同年の周りから嫌われたり罵られたりと言う事が頻繁にあり、児童期の終わり頃には生まれた事自体を呪ったり、何とかしてその外野を私の世界から遮断したい意図をずっと持っていました
ちょうど上記のずんどこ沼の起こりが、その児童期に当たりますね
これは私も、この人々の見目以上に、性分を嫌うような本音を持っていたので、恐らくは生まれ育った土地の人と根本的に合わない見目と性分だったのではないかなと思います
思えば卑屈な心の奥で、深層的に燻る強固な自尊心故に、嫌ってくる人間に好かれる為の努力の一切は、徹底して放棄する選択をしてきた事だけははっきり自覚しています

それから長い年月を経た今はそう悪くない、いえ私好みの容姿と言う自己評価も持っていて、
それから、仮に私以外にとっては小首傾げたくなるような個性でも、私の人生の総責任者であり宇宙一愛する私が受容しているからそれでいいですし、
私の容姿だったり個性だったりを好んでくれる、私が至福と感じる五感情報を持つ人々だけが私の周囲を網羅してくれたらいいわと思っているので、
環境や境遇や遺伝病質が何であれ、両親があの2人で良かったなと、
こんな私好みの姿になる為の礎になってくれて有難うとは思います🫣🃏🫣


まえがき2

次いで引き寄せの法則について少し言及したいです
我がnoteを舐めるようにご覧の方であれば、中の人は引き寄せの法則を基に、楽な余生と最期を模索しているなんて話は半ば周知めいた事実だとは思いますけども
約2年前から数ヶ月前くらいまでは、もっと大雑把に精神世界目線や宇宙の法則目線で
それからここ数ヶ月と数日くらいは、脳科学、何ならほんの少し量子力学目線な、如何にもガチ勢と言った様子でアプローチもしていましたが
願望の内容そのものに執心している事にも気づきましたので、一旦諦めると言う体を取る事になりました

何千回でも言えますが中の人は、余生総合最期総合、
死後ももしも思考(脳が朽ちるなら同時に機能しなくなるものと思いたいものだけれど)と
感情(個人的には朽ちても事も無げに滅び去るか否か、最も油断ならぬ存在とみなしている。過去の自身の生命を脅かすような体験を通して、この感情こそが魂を指し、輪廻転生もあり得る話なら尚更存在者の核と思える事もある。現代科学による証明にも、期待の余地がありそうとも考えている)が存在していたらも含めた総合で、
自分の願望のベースに楽に省エネに自由にあっさりと、そして長く持続すると言うコンセプトに設定しておりまして
そしてそうである事に至福だったり快楽だったり、何なら感謝すら感じます

それでも従来の、約半年前までは
現実や物質の目線で私なりに、時間と労力と
時には生活が苦しくなるレベルの金銭を用いて幸せになる為の苦戦を行いましたが

やっぱり梃子でも動かん
寧ろどんどん事態が悪化していっている気がする
それに比例してご機嫌もどんどん険悪してくる

と言う事で、引き寄せは、世辞でも要領が良いと言えない人間なりの幸福追求をした結果の策な訳でした
しかし引き寄せ目線の幸福追求を諦めた訳ではありません
と言うよりも、願望内容を寝ても覚めても記憶して、叶っているかどうかをこまめに観察する事を辞めた
そして、抱いた願望の内容を忘れられるくらいの距離を置いた次第で、今に至ります


本題

そこで本テーマに挙げるつもりだったパートナーシップが云々についてに繋がるのですけれど
つぶやき機能でつぶやいた内容👇🏻

中の人は昔から、それこそ物心がついた時には既に入籍はおろか同居も、家族を増やす事や子供のいる環境を伴うパートナーシップも憧れどころか、全くと言う程興味関心を感じなくて
私自身は根っからのマイペース人間ですが、一方の両親は、同年代の人の親よりやや古い価値観だった為に、思春期を迎えようが成人を迎えようが、両親が別れようが、ずっと自分だけの独り部屋を所有できなかった時期を過ごしました
因みに、両親の離婚時既に私は成人を過ぎていましたが、私自身が社不すぎるあまりにお金も貯まらず、自活する為の賃貸契約にすら未知の恐怖を感じていて、重い腰が上がらぬうちに半ば引きずられるように母と暮らすことになりました
一時は母方の祖父の家を間借りした期間もありましたが、そこからの人生も血統で受け継いだ、自己嫌悪すら感じていた気質がどろどろと漏れ出ている感じでした

その為、単身暮らしを手に入れた今でも自分独りの時間と空間、テリトリーだとかプライバシーの保持を、残り人生の8割分くらいは鉄壁死守を望む事への執着は、我ながら凄まじいと感じるものがあり
もっと言うと母との実家暮らしを脱した時機も(自己評価)かなり熟すの待った事もあり、時期も脳内計画より大幅に遅れた
この事もしっかり、傷と言う名の自己防衛の為の大切なエゴとして成長を遂げたのでした

それに比例して、同居相手が血縁者とは言え、自分以外の人間との生活での、反省エネの象徴なだけあって嫌いな家事の、負担の少ない快適さを大きく上回ってしまったストレスの記憶は、私が宇宙一愛する私の大切なエゴの思い出として極めて重要な位置付けとなり、
生涯共にありたいと願う程の相手とは、入籍の有無に関係なく絶対別居、それから子の居ないライフスタイルがいい
私独り分の家事掃除くらいなら耐えられる、何なら必ず労力担当の便利ロボット手に入れるとか願望飛ばしておくから尚更それがいいしと
同居をしない仲を選択すると言う事は、勿論私が愛してやまない私の愛すべき、情の薄い性質の為でもあり
家庭環境と私の思考が生んだエゴ、例えばテリトリー意識(これは実は、母方に顕著な気質なのですが)や、自分空間やプライバシーを死守したいとか、省エネ願望があるからでもあり
その他、物心ある時から両親が不仲な様を度々五感で感知しなければならなかった環境だった為
そしてそれはきっと私も例外でなく、血統的に受け継いだ気質や、私自身が持ち合わせた思考が生んだエゴが原因で、不当に相手を傷つける可能性を排除する事によって
そして相手を傷つける事で私も傷つく可能性を排除する事によって
個人的には正負を問わず、このように血統で受け継いだ気質もカルマと呼んだりしているのですが
今は相手があってお願いされた訳でないので独り善がりであるものの、私自身の全てと相手の心身の安全を守る為でもある事に繋がると思います

脳科学の観点から見た願いを叶えるワークには、細かく設定するに当たっての妥協は一切不要とは言われているそうですが、
(妥協せずに設定してしてみたら、我ながらなかなかに、非情な理想ばかり思い描いた事もあり)
流石にパートナーシップは1人でするものでなく、相手もあっての事と言うのは揺るぎない常識と思うので
この相手との物理的且つ心理的距離感こそ、他者に向ける愛情のキャパシティが小さい宇宙一愛する私が、私自身と相手に差し出せる安心と、私の持ちうるMAX値の、自他共へ向けられる愛である自負があります

と言う事で、互いの、それこそ自分や相手が知らなくても、寧ろ知らない方が幸せなお互いの習慣だとか衛生観念だとか、ダークサイドだとか何だとかをベールで覆える程度の距離感、新鮮さは大切にしたいし
恋人同士ならではの甘やかな雰囲気はいつまでも大切にしたいし
距離感や責任分散について私と近い観念であればあるほど、お互い身も心も軽やかな心地(セクシュアルな関係をスピーディーに進める意味は含まない)でいられる付き合いができそうだし
かと言って、私自身が複数人と関係を持つほど器用でも、そもそも大多数の人に好かれる性質でもないので、恋人だけにもてれば十分で、その気持ちも長く大切にしたい
相手も大勢にもてたいでなく、勿論他に決まったパートナーも居ない、好きな人にだけもてたいタイプだと尚尚よろしいなと思っています

だから気楽で、基本は自分だけの責任を持っていればいいLATがいい
と、同居を伴わない恋人同士のライフスタイルを調べ抜いた末に思ったのでした

参照元👇🏻

リンク先にも書いてありますが、正式名Living Apart Togetherとは、"別々の場所に暮らすカップルやそのライフスタイルを指す言葉"
だそうですね
何より、中の人は児童期で既に小学校の通知表に"貴方は独立独歩の精神が強い傾向があります"なる評価を書かれるくらいの、集団行動無理人間と言う愛すべき個性の持ち主でしたし
なのでこのライフスタイルを望むのは、私の人として持ちうる本質から言っても必然だっただろうなとも思います

それも含め、LOAの観点で言って、飛ばした願望は今は一旦諦めと言う体を取った訳ですが、
今私が見ている世界が叶っている方か、はたまた否かも脇に置いて、
条件全部叶うようなお相手がまだ現れる時機が、"今この瞬間"に満ちる為には調整期間が必要と言うのなら、願望とは距離置こう
不機嫌の原因から得た願望への成就に拘るせいで、不足感に目が行ってご機嫌が更に斜めったら本末転倒でござる
と思い、今に至ります

今は隙あらば、何か思考が巡るごとに
"(強烈な臨場感持たせて) ●●だったらなー"と思ったなら
二言目ならぬ二思考目には
"願った事は一旦忘れよう"と続いて、
"おっほー、私の好い人は日増しに私にうっとりしているるるん"とか
"どうせもっと幸せになる(願いは叶う)事は決まっているしな、ふふん"とか
"んふー、死ぬまで遊んで暮らせるお金持ちー"とか
"ふう、私今日もこんなに超俗的な美形すぎて興奮する"とか
"ぴんぴんころりでこの世とおさらばできるのヒャッハー"とか
"んっふー🤍🖤🤍あれもこれもそれもぜーんぶありがとーん🤍🤍もっとー🤍🖤🤍すこ🤍🖤🤍"とか
そんな風に思う事にしています
願望の内容そのものに目を向け不足分に焦点が当たりまくっていた頃に比べたら、一つ内側に進歩的な変化あったかなと言う自負もあります
叶っても叶わなくても幸せ🤍と言うマインドがやっと手に入ったとも言います


以上、次辺りは成功のゲームか、久々の作品投稿となるか、はたまた?な感じですが
定期更新は難しくても、書きたい事があれば書きにこようと思います
最後までご覧頂き有難う御座います🤍🃏🤍


#スキやフォローをありがとうございます #自分オタクになる #引き寄せの法則 #パートナーシップ #エゴを大切にする #Nox0 #nox0psyc

この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,371件

有難うございますっ、是非ともっ🃏🤍🃏妖しげに舞いながら喜んじゃいますっっ🃏