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”アメリカン・ベースボール革命”読書感想文【平和な時代の科学を突き動かすのはスポーツかもしれない】


アメリカの野球ファンの間で第2のマネーボールとして評価されたThe MVP Machine。話題書であったからか、はやくも邦訳が発売されました。
(原著を買ったものの読む間もなく邦訳版が発売されたので驚いてます。こんなことは滅多に無いのですが…)
野球における育成最先端を紹介した本書の読書感想文を書いていきたいと思います。

全体としての印象と、個別パートの感想文に分けてお送りしたいと思います。

全体の感想
・サイエンスに寄せた一冊

科学的なトレーニングにより、選手が”作られていく”さまをまざまざと描いた本作品ですが、作者もまたサイエンスの色が濃い書き方をしているのが印象的でした。つまり、科学的なトレーニングを紹介するだけでなく、科学的なトレーニングによる野球の発展を科学的に記述した一冊と言えると思います。どうしてそう感じたか、以下3点から説明していきます。


サイエンスポイント①:ファクトに基づいている

「誰々という選手が、〇〇という施設で、☓☓なトレーニングをして、△△な変貌を遂げた」形式の話が多い本書ですが、どうしてそのトレーニングが効果的か、どういう目的で行われているかが綿密に書かれていて、すごく理解が捗りました。例えば、ドライブラインで重いボールを投げて球速がアップする話ですが、この本を読む前は「どうして重い球なげて球速あがんねん、たとえ球速あがっても怪我のリスクヤバいやろ」と思っていました。しかし、本書では、重いボールや軽いボールなどを投げて、体に普段と違う動きを学習させることで速いボールを投げられるようにすると書いてあって、「あー、それなら理解できる」となりました。重いボールを投げる→球速をあげるという短絡的な因果を説明するのではなく、難しいものを難しく理解して説明していこうという本書の姿勢に敬服です。

他にも制約主導アプローチの話など、科学的なファクトを重視していくさまは、非常にサイエンスを重視した一冊だと思いました。
あとは、マネーボールやビッグデータベースボールは統計学に焦点をあてていましたが、本書はバイオメカニクスや心理学の話も多くでてきて、扱う領域が広いという印象を受けました。


サイエンスポイント②:失敗例も紹介している

本書の恐るべきところは、作られようとして失敗した選手の例も出てくるところです。AAの選手がメジャー昇格を目指して最新のトレーニングしたけどダメでした、みたいな話が出てきます。
サイエンスというのは玉虫色の結論を出すものです。新たなトレーニングによって選手が成功するとは断言することはできない。むしろサイエンスにとっては、失敗もうれしいものだったりします。失敗を積み重ねることで議論をすすめることができます。

マネーボールやビッグデータベースボールでは成功例に焦点をあてていましたが、本書は失敗例もみせることで、エッセイというよりはサイエンスライティングである印象が強くなっています。


サイエンスポイント③:分量が厚い

最後に本書の特徴はかなり厚いところにあります。400ページ以上あって、かーなり厚いです。これ、すごくよくわかります。
2、3行の結論を出すために、20ページくらいある論文を書いている身としては、厳密に書こうとする分量が多くなっちゃうんですよね。
読むのは大変ですが、いいものを読んでいるなという感覚になれます。


今後の論点


さて、サイエンスの色が濃くなったアメリカンベースボール革命ですが、今後気になってくる論点は以下の2つだと思いました。

1つ目は、沸き起こるであろうサイエンスVS人権の議論です。
実験を重視するサイエンスでは失敗も大歓迎です、しかし選手にはそれぞれの人生があるもの。球団が選手をモルモットのように扱うような事例が起きた場合、選手の人権がどのように保たれるべきかという議論は熱くなりそうです。過剰なサイエンスの餌食にならないよう、選手側も考えて取捨選択する能力が求められそうです。

2つ目は、戦争がない時代にスポーツが科学に果たす貢献についてです。
よく戦争は科学を発展させるみたいな話がありますが、スポーツがその役割を果たしてくれるのではないかという期待です。
年々(バブルのように)拡大していくスポーツ業界、スポーツに勝つためサイエンスへの投資が必要とあらば、研究のスピードも自ずとあがっていくはずです。
しかも、本書は統計学だけでなく、様々な分野が野球を発展させる可能性を示しました。
高度に発展したスポーツが科学を求めるなら、平和な時代の科学を突き動かすのはスポーツかもしれないと思いました。


個別の感想
・全体:タイトルについて

邦訳タイトルの「アメリカン・ベースボール革命」ですが、非常にいいタイトルでこれに決めるまでに難しい決断をしたのだな、という印象を受けました。
原題は「The MVP Machine」。副題は「how baseball's new nonconformists are using data to build better players(野球界の異端児はどのように選手育成にデータを使うのか)」となっていて、訳タイトルではデータ×育成の要素をゴッソリ落とすかたちになっています。というのも、日本ではアメリカほどセイバーメトリクスが有名ではなく、それが仕事となる状況もまだ少ない状況です。その日本でデータ×育成をタイトルに組み込んでもごく一部の野球ファンにしか読んでもらえないでしょう。

データ×育成がまだまだ未熟である日本からみたら、ドライブラインのような試みはまさに革命に感じられるもの。最近はドライブラインに行くような日本選手も増えていて、もしかしたら日本野球にとって黒船になるようなアイデアが詰まっている作品でもあります。MVPの訳語として”革命”をあてた出版社のセンスに脱帽です。

・3章:歴史書としての価値

3章では、野球界での育成の歴史をまとめてくれています。まだAAAやAAといったマイナーリーグがなかった時代から、育成がどのような変遷を遂げていたのか、この章を読むだけでわかります。歴史書としての価値が高い。
特に、後世に語られづらい失敗した試みについても言及している点は素晴らしいです。自分が好きな話はカブスのオーナーであったリグレー(リグレー・フィールドのリグレーですね)の試みです。リグレーは現場に心理学を導入しようとしたら、監督になかなか賛同してもらえない。業を煮やしたリグレーは監督を固定しないシステムである”カレッジオブコーチ”を導入。8人〜14人のコーチを流動的に変更し、交代で監督役をするというシステムでした。かなりビジネス的には理にかなってそうに見えるシステムですが、うまくいかなかったようです。

このように、興味深いけれども失敗した事例をたくさん紹介しているので、非常に読み応えがありました。失敗した話は日本語文献ではあまり読むことができないので、価値を感じます。


・5章・8章:技能習得におけるアフォーダンスの重要性について

5章では打撃トレーニング施設、ボールヤードでのトレーニングについて触れています。ボールヤードではスイングやスイング平面という言葉を使わず、スイングが自然に決まるような体の使い方を教えるようです。これは近年トレーニングの分野で話題の”アフォーダンス”に近い概念だと思いました。アフォーダンスは(噛み砕いて説明すると)環境から行為が自然と決定されるというものです。環境を変更することによって、体が理想的に動くようにする、この重要性は何事を上達する上でも忘れずにいたいですね

8章では制約主導型アプローチの話が出てきます。こちらもアフォーダンスに使い概念で、環境に制約を与えることで技能習得に近づこうというアイデアです。僕はアフォーダンスが大好きなので、この話が繰り返しでてくるのはうれしいです。


・14章:生存者バイアス「もともと完璧な打者だった」

14章では本書で述べている”科学的トレーニングによって選手を作る”という行為が、生存者バイアスである可能性に触れています。具体的には、もともと改造によって成功した選手はもともと完璧な選手で、AA止まりの選手が改造して失敗した例は語られないという話です。誰もが成功できるわけではないと警鐘を鳴らすこのバランス感のよさは、本書をさらにサイエンスに忠実なものにしています。

・15章:行き過ぎた生体情報とプライバシー

15章では行き過ぎた選手の管理はプライバシー侵害になりうるという話に焦点をあてています。心拍数の計測や何を食べたかというのは、トレーニングのうえでも重要ですし球団が知りたい情報にもなっています。しかし、選手にもプライバシーがあって、飲酒・麻薬・人付き合いなど知られたくない情報もあり、管理とプライバシーの問題がこれからホットになっていく。遺伝子情報を検査することで、その選手の故障のリスクや身体能力を評価できるようになってしまったら…なんて話題もあります。

この章から感じたのは、球団とは違う第三者機関がもっと重要になっていくということです。
選手としては球団に開示したく情報もあるので、セカンドオピニオンとしてのアナリスト集団や企業の影響力が増していくのではないでしょうか。
今はドライブラインを代表としたトレーニング施設にスポットライトがあたっていますが、今後球団以外のスター企業やスターアナリストというのが出てくるかもしれませんね、


以上、個別の感想となります。
一冊を通して「選手が作られていくさま」が美しく、自分も実家の裏山にピッチングマウンドを作って自分を改造したいなと思える一冊でした。

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