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歯を磨く、薬を飲む

毎日すること。
起きて、ご飯を食べて、薬を飲む。

私は祖母の死がきっかけで双極性障害を発症し、それから毎日薬を飲む契約を医者と結んでいる。契約というのは喩えで、単に処方されているということだが、何事も毎日続けることが億劫な私にとっては「契約」とした方が少しは続くような気がするのだ。

実は薬を飲むことについては母からも叔母からも反対されている。
今回はそのあたりの話をしたいと思う。

私の病気は家族の誰にも気づかれずに発症し、私は苦しみながら一人で病院を探し、通い始めて現在に至るまで一年半ほど経った。
私が病気のことについて話したのは通院から一年がたった頃ぐらいだった。(それまで気づかれなかった)
その後、叔母から薬をやめるべきであると説得される。叔母は看護師の資格を持っており、当時も耳鼻科で働いていた。その影響か分からないが、薬の有害性について延々と語って、ついには薬を今すぐやめろといったようなことを言われた。私は苦しんだ末にやっと選んだ薬物治療を、私の状況に一年も気づかずにいた叔母に、今すぐやめろと言われて、いったいお前に何が分かるのだと、悔しく、しんどさを理解してくれないことにつらくなって、死ぬほど涙が出た。叔母は困惑して、なんでそんなに泣いてるの?と手を握ってきたが、その想像力と思いやりのなさにやるせなくなってさらに涙が出た。本当は手を振り払いたかったけれど、当時の私にはそれほどのエネルギーはなく、号泣する私にひっつきながら、ごめんねと友人のように謝る叔母を恨んだ。

母にも、薬はやめなければならないと柔く説得されている。まだ治療を初めて1年半しかたっていない私としては薬をやめる未来が全く想像できずに苦笑いでごまかし続けている。

私は薬を飲んでも、飲まなくても怒られる。
それでも私は薬を飲む。薬のおかげで体調が安定すると信じて、医者を信じて、自分が選んだことが正しいと信じて。

実際には薬を飲むのはとても面倒で、忘れてしまうことも多々ある。ただ、自分が自分でなくなるようなあの時間がやってくることがすごく怖い。だから飲むのをやめられない。そんな側面はもちろんある。分かっていて、治療を始めたんだ。
きっと、家族や親族には理解されない。知ろうともしていないのが分かるから。だけど私は彼らから離れることはできないし、ここは私の意識を変えるしかない。「理解して支えてほしい」という考えは捨てなければならない。

治療において、私はひとりだ。
医者だって頼りない。相談機関でさえ私を支えてくれるわけではない。
私が何に困っているのか言語化して、助けを求められるのは自分だけ。
そういう意識を持たなければいけない。

歯を磨く、薬を飲む。
それを当たり前にすること。それが明日以降の私を支える。そう信じて。


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