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わたしとクリスマス

今日はクリスマスです。みなさんクリスマスおめでとうございます。素敵なクリスマスをお過ごしになられましたでしょうか。

日本においてクリスマスはイベントの一つで、家族や恋人とプレゼントを交換して過ごすというイメージが一般的です。
私も幼い頃はクリスマスはプレゼントとケーキとおいしいごはんの日くらいにしか思っていませんでした。
しかし、ミッションスクールでキリスト教のクリスマスを6年間過ごして、クリスマスの静かで温かく、そして華やかな一面に気づかされました。
今回はそんなクリスマスと私との思い出を綴っていけたらなと思います。

まず、私が初めて「クリスマス」を意識したのは中学受験の時でした。
面接で「キリスト教の行事についてなにか知っていますか。」と聞かれたのです。当時の私は受験に際して全く対策を練っていなかったので、とても焦りました。頭の中がまっしろになって、なにも思いつきませんでした。しかし、受験の直前にその学校のイベントに参加したことを思い出しました。それが、「クリスマス礼拝」だったのです。面接の先生のなにげない質問で私は「クリスマス」というものを初めて意識しました。

その後私はその中学に合格し、コーラス部に入部することになりました。これが私と「クリスマス」の距離が近づくきっかけになります。私の学校ではコーラス部は聖歌隊も兼ねており、大きな礼拝のたびに、聖歌隊として一番前に着席し、賛美歌をささげます。数ある部活の中で、「クリスマス」と縁が深いのはコーラス部と同じく礼拝で音楽を奏でていたハンドベル部であったと言えるでしょう。

コーラス部に入部してからというもの、文化祭で歌う歌以外は、いわゆるラテン語の宗教曲を練習していました。そんな私の自慢はクリスマスの聖歌はほとんど歌えることです。これは、高校生最後の年に行ったクリスマスコンサートのおかげです。「クリスマス」ではクリスマスコンサートに限らず、様々な場所でクリスマスソングを歌いました。個人的にクリスマスの聖歌は華やかなものが多く、わくわくしますし、みんなで歌えるのがいいところですね。

「クリスマス」が近づくと、学校ではクリスマスムードが少しづつ立ち込めます。最近はアドベントカレンダーが流行っていますが、私が一番好きなのは、アドベントキャンドルです。毎週の礼拝で一本ずつ火を灯していきます。クリスマスが近づくことを目やキャンドルの匂いから感じられて私は好きです。静かで温かい炎からクリスマスの訪れを感じるの、何か素敵じゃないですか。

クリスマス当日には、クリスマスツリーとポインセチアの植木で囲われたキリストの誕生の瞬間の像が飾られます。これを見ると「クリスマス」が今年もやってきたと実感します。「クリスマス」が終わった後にこのポインセチアを持ち帰れるのですが、新年の餅つきの餅を持って帰るような趣があって、嬉しい気持ちで持ちかえっていました。

そして、「クリスマス」と言えば、クリスマス礼拝ですが、私の学校では本物のろうそくを一人一つ持って礼拝に参加していました。暗い講堂の中で揺らめく炎とオルガンの音を聞くと、まさに「聖なる夜」という表現がぴったりだなと感じます。

また、聖歌隊として24日に本物の教会のクリスマス礼拝にも参加しました。本物のクリスマス礼拝では、教会のコミュニティの温かさを感じました。本当にみんな家族であるように、食卓を囲み、クリスマスの夜がくるのを待ちました。そこではよそ者の私たちもご飯を頂き、優しくお話もしてくださいました。それまで教会はすこし敷居が高いのかなと思っていたので、驚きました。
礼拝が始まると、皆さんの優しい雰囲気はそのままで、温かい光と聖歌とオルガンで華やかでキラキラした雰囲気に包まれました。その後、キャロリングで隣の教会や来られなかった方たちのおうちに歌いにいき、みんなで「クリスマスおめでとう」とお祝いしたのも印象的でした。まるでクリスマスの幸せを分けて歩いて回ったようなそんな気分になりました。

これらの思い出は私の「クリスマス」のイメージを変えるには十分でした。クリスマスが来る度にこんなあたたかい印象を持ちます。
何気なくイベントの一つだと思っていたクリスマスが誰かにとってはとても大切で喜ばしいものであるということをとても感じました。

あなたの「クリスマス」はどんなクリスマスでしょうか。
残り少ないクリスマスの夜をどうぞ楽しくお過ごしください。
クリスマスおめでとう。




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