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【短編】額縁の外側

   今日は午後を無駄に使い尽くした。カーペットを探していた僕はインテリア屋さんを訪れた。なぜカーペットを買いたかったかといえば、部屋の雰囲気を明るくしたかったからである。床の色は、部屋のトーン全体に関わってくる、とテレビで観た。嘘つけやいと思ったが、仕事から帰ってくると毎回物寂しい空気を家から感じるのは、長いこと付き合っている相手がいないこととか一生懸命働いてる割には貯金がなかなか貯まらないこと以上に部屋の色彩バランスが関係してるのではという素晴らしい発見に至ったのだ。してるのでは、じゃなくて間違いなくそれが主たる原因だろう。マジで。本当に。





 そんなこんなでカーペットと睨めっこしているわけだが、これが意外と種類が豊富で困るのである。まずは色。むしろこれが目当てなのだからさっさと明るい色を買えばオールクリアなのだが、この時点で相当苦心した。テレビ曰く、クリーム色のカーペットがさりげない暖かさを演出してくれて男女ともに使って問題ないカラーだというが、クリーム色のそれはどう考えても我が家のインテリアと圧倒的にマッチしない。相性がいいのは冷たい色たちだが、そうすると当然最初の目的たる「部屋の雰囲気を明るくする」からは自ら遠い方へ足踏みすることとなる。これはあまりに愚者ぐしゃのやることだ。賢明な愚者の僕は結局、すべての色と仲良くなれてどんな空気にも染まるホワイトを選ぶことにした。
 さて、色が決まったところで次は素材感である。シャギー、フランネル、ファーや、メーカーが独自開発しているなんてこともある。その中でウールだったりコットンだったりナイロンやはたまたいぐさが繊維に使われてるよ〜と可愛いポップに記されていた。限界である。さらにいえば、カーペット業界で言えばむしろこっちに着目しろやとありがたいお言葉を頂けそうな「製法」のジャンルも存在する。タフテッド織、モケット織、ウィルトン織、アキスミンスター織、エトセトラ。…西洋RPGの世界に迷い込んだのかと思った。アキスミンスターは多分ヒールタイプだ。ウィルトンは槍と盾持ってそう。かなり限界である。店員さんに聞いて、汚れが目立たないやつにして貰った。これでようやく購入、と思ったがここで新たな問題が発生した。「汚れが目立たない」を購入の理由に入れるならば、ホワイトは完全にアウトなのである。どんな空気にも染まる、とかそれっぽいこと言ったがどんな小さな汚れにも簡単に染まるのだ。ふざけやがって、この世に完璧なんてない。
 冷や汗びっしょりになって店員さんと話し、回り回ってクリーム色のフランネルのやつにした。製法?そんな高尚なこと、僕は知らん。シーズンフリーで手入れが楽であればなんでも良いんだ。値段はそこそこしたが、長く使うから大丈夫だと自分を無理やり納得させた。包んでもらってショップから出ると、すっかり陽は沈んでいた。



 帰路につき、早速例のカーペットを広げてみる。ちょっと大き過ぎたけど、想像より悪くないじゃないか。ちょっとだけ大きいけど。寝っ転がるとそのふわふわとしたタッチに包まれる。
「わぁ」
良いじゃないか良いじゃないか。丁寧な暮らしというのはカーペットから始まるんだ、きっと。いずれ花を生けたい、漫画は紙で買いたい、小説は古本が良い、食事には小鉢を用意したい、粉チーズは削りたい。そんなどうでもいいことにこだわって生きていくんだい。そう強く志し、最近“丁寧な暮らし系”インスタグラマーに憧れて買ったコーヒーミルで深煎り豆をゴリゴリ削る。ゆっくり湯を回し入れるこの時間も、いずれ愛せるようになる。今はドボドボ注ぎたい気持ちにそっと蓋をして我慢だ。ようやく準備できたコーヒーをローテーブルへ運ぶ。と、座る直前に適当に投げ捨てたカーペットの包みに足を滑らした。
ドラマのように、バシャっと大胆にひっくり返すのではなく、ピャっと数滴の黒いしずくが宙を舞う。スローモーションに見える間も無く液体たちは嬉しそうに買いたてのカーペットを少しだけ茶色に染めた。

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