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僕と命のロウソク

第四十九話 悲劇 2

 授業中、僕は何度もゆかりちゃんのことを見た。優等生のゆかりちゃんが、授業も聞かずにずっと突っ伏しているからだ。

 頭の上のロウソクも、炭の熾火のように小さい赤黒い炎を灯すだけで、そのまま炎が消えてしまうんじゃないかと心配したくらい小さい炎だった。

 一日の授業も終わり掃除当番も終えると、放課後になってやっと僕はゆかりちゃんに声をかけた。今まで声をかけなかったのは、ゆかりちゃんの『放っておいて!』という無言のオーラをビンビン感じたからだ。

「ゆかりちゃん、大川部長からの伝言で、金井先生が美術部員に話しがあるから放課後に美術室に来てくれだって。僕は、図書委員の仕事があるから、遅れるって伝えておいてくれない?」

「うん……」

 ゆかりちゃんの元気のない返事を聞いて、ちょっと心配になりながらも、僕は図書委員の仕事のために教室を後にした。

 一方、ゆかりちゃんは、重い足取りで美術室に向かった。

 美術室では、すでに金井先生と大川部長が待っていた。

 ゆかりちゃんが、僕が委員会の仕事で遅れることを伝えると、

「そうか、では山崎君には、青山さんの方から伝えておいてください。――今日の本題ですが、校長からの通達で美術部が解散ということになりました」

 それを聞いて大川部長が驚いた顔を見せた。青天の霹靂だったようだ。

「廃部は、今回の件が主な原因ですが、2年生部員はすでに退部届を出していますので、部の活動定員を満たしていないということも理由の一つです。今月中までに美術室から私物を撤去するように指示されました。それから朝霧君の残した絵も、ご自宅にお送りしますのでまとめておいてください。」

 淡々と話す金井先生に、ゆかりちゃんはカチンときた。

「天才画家と言われた朝霧千里先輩が在籍した部活なんですよ! 千里先輩の思い出の場所なんですよ! なんで存続させる方向で話しを進めないんですか!」

 すごい剣幕で迫るゆかりちゃんに対して、金井先生は、平然と答えた。

「これは、校長の命令です。わたしがどうこうできる問題じゃないんです、青山さん。それに朝霧君の思い出の場所と言っても、今は辛い思い出だけですから……」

 正論を言われ、ゆかりちゃんは何も言えずに押し黙った。

「――では、大川部長、あとはよろしくお願いします」

 そう言って、金井先生はさっさと美術室から出て行った。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 慌てて追いかけたゆかりちゃんは、階段を降りようとする金井先生を呼び止めた。

「金井先生は、千里先輩が亡くなって内心では喜んでいるんじゃないんですか? だから美術部にしても千里先輩の絵にしてもまったく関心がないんでしょ!」

「……なんで、僕が朝霧君の死を喜んでいるなんて思うんですか? そんな馬鹿らしいことを言うのは止めてもらえませんか」 

 この物言いに腹が立ったのか、金井先生がゆかりちゃんを睨むようにして言った。

「馬鹿らしいですって……? 私、知っているんですからね! 千里先輩が妊娠したことも、その子を堕ろしたことも!」

 ゆかりちゃんの言葉に、金井先生が目に見えて動揺した。

「な、何をわけのわからないことを言っているんだ! 憶測で物を言うのはやめてくれないか!」

 金井先生は、動揺をごまかすかのように大声を上げた。

「あなたのせいで千里先輩は亡くなったのよ! あなたさえいなければ、千里先輩は私たちと一緒に楽しく学校生活を送れたのよ! ――ゆるさない……絶対にゆるさないから! もう、とことん追い詰めてやるから覚悟しなさい!」

 ゆかりちゃんは、負けじと大声を張り上げた。

 そして、金井先生の横をすり抜けて階段を降りようとすると、

「青山! 何をするつもりだ!」

 金井先生にいきなり腕をつかまれた。

「校長先生に本当のことを全部言ってやる! それからマスコミにも言いまくってやるから!」

「僕の評判を落とすのは、やめろ!」

 金井先生は、必死の形相でつかんでいた腕に力を込めた。

「痛い! 何するのよ! 放しなさいよ! ――放せぇぇぇっ!!!」

 ゆかりちゃんは、つかまれた腕を強引に振り払った。

 すると、反動で金井先生の体勢が崩れた。

 勢い余って階段の最上段から、金井先生の体がつんのめるようにして落ちていった。

 もろに頭を階段の角にぶつけてから転げ落ち、最後に頭をさらに強く床に打ちつけた。

 その様子を呆然と眺めるゆかりちゃん。

 階段下で横たわる金井先生。そして、床には、徐々に血だまりが広がっていった。
 それを見て、ゆかりちゃんが我に返った。

「キャァァァァァァァッ!!!」

 ゆかりちゃんの悲鳴が校舎に響き渡った。


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