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僕と命のロウソク

第五十三話 奇跡

 もう深夜0時を過ぎようとしていた。

 ゆかりちゃんが、事故に合って病院に担ぎ込まれたのが4時を回ったところだったので、すでに8時間が経とうとしていた。手術開始からだと7時間半も経過している。大手術だった。

 途中、心配になった僕の両親が駆けつけた。

 お母さんは、傷心するゆかりちゃんのお母さんを無言で抱きしめた。おばさんは涙をポロポロと流す。お母さんは、おばさんの手を握ったまま、隣のソファに座った。

 お父さんは、ゆかりちゃんの家族に挨拶をするとお母さんを残して帰っていった。

 手術室が忙しなくなってきた。ひっきりなしに看護師が出入りし、待機している人数が増えだした。

「ゆかり!!!」

 手術室の扉が開き、ベッドに寝かされたゆかりちゃんが現れた。

 すかさず、ゆかりちゃんのお母さんが飛びつくように我が子の顔を確かめた。

 頭には包帯を巻き、傷だらけの顔には呼吸器を装着し、腕には点滴の管がつながっている。横には、ゆかりちゃんの状態をモニターする機械も取り付けられていた。

 すぐに手術室の反対側にあるICU(集中治療室)に運び込まれた。僕は付き添っていた麻酔科医の先生にお願いして同行させてもらった。

 他の人たちは、緊張した面持ちで執刀医の先生の話しを聞いている。

 ICUに運ばれながら、僕はゆかりちゃんの頭の上のロウソクを見た。

 根元から倒れ横倒しになったロウソクと弱々しい炎はそのままだけど、長さは短く、倒れた上面半分は削り取られたようになくなっている。それに事故直後よりかはマシだけど、それでもロウソクの溶ける速度が速かった。

(くそっ! この速度で溶けだしたら、朝まで到底持たない!)

 僕は、あふれ出てこようとする涙を必死にこらえながら、そっとゆかりちゃんの手を握った。

 執刀医の先生の話しを聞き終えたみんなが、ICUに現れた。僕は、お母さんに袖をつままれ外に引っ張り出された。

「晶、気をしっかり持って聞きなさい。さっき執刀医の先生から聞いたけど、手術自体は成功したって。だけど、ゆかりちゃんの出血がひどすぎて、朝まで持たないかもしれないって……このままだと助かる見込みがないって……。今、生きているのが不思議なくらいなんだって……」

 涙声で話すお母さんの言葉を、僕は理解できなかった。

「……え? 手術は成功したんでしょ? …………助からないってどういうことだよ!?」

 お母さんは頭を横に振るだけで、何も答えてくれなかった。

(ゆかりちゃんが…………死…ぬ……)

「そんなの嘘だ!!!」

 静まり返った病院内で、僕の声が響き渡った。

 こらえていた涙が一気にあふれ出てきた。

「ゆかりちゃんは、白血病だって克服したんだよ!? そんな強い子が簡単に死ぬわけない! 僕だって大事故から生還したんだ! ゆかりちゃんだってきっと助かるよ!」

 そう叫びながらも、僕はわかっていた。

 ゆかりちゃんの頭の上のロウソクの炎が、今にも消えそうなこと。溶けだすロウの速さと量が、死を回避できないことを……。

(あの時、ゆかりちゃんが事故で金井先生を死なせてしまったのではなく、大川部長が金井先生を殺したことをちゃんと伝えていれば……)

 僕は、悲しくて悲しくて泣いた。

 死にゆく者に何もできない自分が、悔しくて悔しくて泣いた。

 自分が死を呼び寄せてしまったことへの絶望で、僕は激しく泣いた。

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