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僕と命のロウソク

第四十六 事情聴取

(なんで、こんなことになったんだろう……)

 僕は、頬杖をつき、外を眺めながら、昨日の惨劇を思い出していた。

(三輪先輩の話を聞いた後、あの時点で相談すれば、こんな悲劇は生まれなかったのだろうか……。いや、朝霧先輩の黒いロウソクが僕の予想通りならば、あの時点ではすでに遅かったはずだ……)

 美術室で半狂乱になっていた朝霧先輩。その頭の上の黒く変色したロウソクが、目に焼きついて離れないでいた。

(頭の上のロウソクは、他人の死に直接関係した場合、黒くなることは過去の例からわかってる。人は、事件・事故で人を死なすことはある。仕事の関係上、たとえば医者も救おうと思ってても死なせてしまうケースもある。しかし、女性に黒いロウソクが多いのは、中絶のせいだ。お腹の中に生まれた命を流すことを承諾することで殺人と同じことになる。朝霧先輩は、あの時点ですでに妊娠していて、夏休みの終わりごろに中絶したんだろう……だから、絵の中にあった聖母マリア、赤子のイエスの顔を黒く塗りつぶしたんだ……。美術室で金井先生と争ってたのは、たぶん中絶したことが原因だったと思う……)

 微笑みながら絵の描き方を手取り足取り教えてくれた朝霧先輩はもういない。そう思うと、やるせない気持ちになった。

「山崎君!」

 不意に教室のドアが開き、担任の加山先生が顔をのぞかせ、手招きして僕を呼んだ。

「なんでしょう?」

 自習中のクラスメートが好奇の目で僕のことを見ていたけど、加山先生は僕を廊下へ引っ張り出し、ドアを閉めてその視線をシャットアウトした。

「警察の方がお見えになって、山崎君から話を聞きたいそうです」

 加山先生は、そう簡潔に言って、『ついてきてください』と歩き出した。

「警察の方は、山崎君の他に、亡くなった朝霧さんと関係のあった人から事情聴取をするそうです。本来なら、青山さんも一緒なのですが彼女はお休みしているので……」

 そう、昨日の出来事でショックを受けたゆかりちゃんは、一人で帰宅することもできず家族が迎えに来たくらいだった。ショックを引きずっているのだろう、今日は学校を休んでいる。

 連れてこられたのは、第一校舎の1階の職員室の隣にある教育相談室だった。

 加山先生が、コンコンと軽くノックをしてから入室する。

「連れてきました」

 教育相談室に入ると、室内にはこの暑さにかかわらずスーツを着込んだ男女二人がいた。

 一人は、30代半ばほどの女性。背中に棒でも入れてるんじゃないかと疑いたくなるくらい、背筋がピンッとしている。横にいるメガネをかけた男性は、20代後半くらいで朴訥とした感じに見受けられた。

「授業中、お呼びして申し訳ございません。昨日の事故についていくつかお尋ねしたいことがありましたのでお呼びしました。昨日の今日で気分穏やかではないかもしれませんが、ご協力お願いします」

 高校生を相手にしては、丁寧すぎるような言葉を使って頭を下げてきた。

「では、加山先生は、一時退席してもらってよろしいでしょうか。先生がいると生徒さんも話しづらいこともあると思いますので……。――では、あなたはこちらへ」

 女性は、そう言って、室内中央にある椅子を手で示した。

 教育相談室は、教室の3分の1ほどの広さ。その中央にパイプ椅子が2つ並べてあり、その一つに座らされた。

 目の前の少し離れたところに長テーブルがあり、窓を背に女性が真正面に座り、その左隣に男性が座った。まるで何かの面接を受けているようだった。

「――わたしは、○○県警刑事課の小早川亜紀警部補、こちらは田村恭一刑事です。よろしくお願いします。あなたは、山崎晶くんで間違いないですね?」

「はい」

 さすがに刑事だけあって、笑顔を見せていても目力は半端なかった。少しでもごまかそうとしたら、すぐに看破されそうだった。

 緊張して身構える僕だったけど、なぜか小早川さんは、手に持った書類と僕を見比べて首を傾げるしぐさをした。

「山崎晶……山崎晶……? どっかで…………山崎……ああっ!!」

 突然、大声を上げて立ち上がると、僕のところへ近づきいきなり両手をつかんだ。

「あなた、あの時の子ね!」

 小早川さんは、掴んだ僕の手を嬉しそうにブンブン上下に振る。

 僕は、何が何やらわけもわからず、呆気に取られてされるがままになっていた

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