長きにわたるタピオカの洗脳から解かれた話

 タピオカドリンクが好きだ。
 元気になる甘さ。くせになるもちもち食感。
 飲み物なのに期待以上の満足度を得られるのもいい。
 それこそタピオカ・ブームが起きるよりも前から飲んでいた。
 私にとってタピオカは、スーパーやコンビニで気軽に買える『癒し』だった。

 ところが、事件は起きた。

 その日も私はタピオカドリンクを飲んでいた。
 ミルクティの中にタピオカの粒が入っているオーソドックスなやつだ。
 太いストローを差して執筆のかたわらにすする。

 ところが、どういうわけか飲んでも飲んでも口に入るのはミルクティばかりだった。ストローの向きでも悪かったのだろうか。容器の底にタピオカばかりが残っているのだろうということは容易に想像がついた。
 懸命に吸ってみるが、ストローの中にタピオカが吸い込まれる気配はなく、部屋の中に「ズゾゾゾォ」という音が虚しく響くばかりだった。

 タピオカドリンクは、飲み物が(この場合はミルクティが)少なくなるにつれて危険度が増してゆく。
 とくに、飲み物がなくなり容器の底に残った数粒のタピオカを吸い上げるとき、その勢いが増し、のどにつまりそうになる。

 今、私の手元にあるタピオカドリンクは、ミルクティをほとんど飲み干してしまいタピオカばかりが残っている。これは大変危険である。私は中の状態を確認することにした。

 容器を開けたとき、私は「それ」を見た。

 黒くて丸くてブニョっとした塊が底に集まっていた。
 お世辞にも「可愛い」とか「綺麗」だとか「美味しそう」という言葉は出てこない。むしろ「不気味」だとか「気持ち悪い」とか「えっ、これ食べ物?」といった感想ばかりが浮かぶ。

 ――タピオカって、カエルのたまごなんだって。

 そんな都市伝説が脳裏をよぎる。
 それが単なる流言だとわかっていても、その見た目は決して気持ちの良いものではなかった。
 たぶん私は、見てはならない物を見てしまった。

 私は悩んだ。
 いっそこのまま捨ててしまおうか。いや、自分はタピオカが食べたかったはず。それなのに捨ててどうする。
 たっぷり悩んだあと、私はスプーンを持ち出した。

 そっとすくって口に運ぶ。
 タピオカはもちもちしていた。――しかし、それだけだった。
 なぜ私は今までこのイカ墨で黒く染めたでんぷんの塊を有難がっていたのだろう。なぜのどにつまらせるリスクを冒してまで、タピオカドリンクを飲んでいたのだろう。そんな疑問が浮かぶ。
 むしろ今まで「なんかよくわからないけど美味しいもの」という曖昧なイメージに洗脳されていたのではないかとすら思う。

 私はタピオカの良さがわからなくなった。
 気がつけば、もうタピオカドリンクを飲みたいと思わなくなっていた。
 まるで憑き物が落ちたかのようだった。

 ――こうして、私はタピオカの洗脳から解放された。

 でも、私のことだから、きっと忘れた頃にまた飲むんだろうなぁと思う。
 だって、やっぱり美味しいもの。

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