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読者の期待を裏切るのは恐い、という話

先日、コバルト【第213回短編小説大賞】の受賞作と最終選考に残った作品を拝読し、その選評も併せて読んでみた。総じて感じたのは、「読者の期待を裏切るのは恐いな」ということだった。

1.明かされない謎と「わからなかった」という選評

たとえば、某作品の選評には「わからなかった」という声が多かった。
たしかに作中でいろいろな謎が書かれているが、そのわりに最後まで読んでも真相はひとつも明らかにされていないように感じる。
「たぶんこういうことかな?」と仮説を立てることはできるが、ひとつ仮説を立てるごとに矛盾点があり、どうにも決定打がない。

もちろん、作者は「すべての」謎を説明する必要はない。
謎のまま終わらせ、余韻を残すのもひとつのテクニックだ。
その作品だって、作者が「意図的に」真相を伏せている可能性もある。
表現方法のひとつだといえば、そうなのかもしれない。

だが、ここで気になるのが「最後まで読めば謎が解き明かされるだろう」という読者の期待を裏切っている、という点である。
物語で謎が提示されれば、読者は「真相を知りたい」と感じ、物語を読み進めるだろう。
「物語を読み進める報酬」=「真相を知る」だと言ってもいい。

ところが、最後まで読んでみても謎が明かされなければ、読者は肩透かしを食らってしまう。せめて、「読者がもっとも真相を知りたいと感じた謎」については真相を明かしたほうが賢明なのではないかと思った。

2.ラーメンを出さないラーメン屋

もちろん、これはミステリー系の作品に限った話ではない。
「こういう作品です」と匂わせておき、蓋を開ければ期待した中身がない。たとえば「可愛い女の子がいっぱい登場しますよ」と書いてあるのに、実際はそうでもなかった。
それでは、読者はがっかりして離れていってしまう。

この「離れる」というのが恐いのだ。
読者は期待を裏切られ、労力と時間を浪費し、作者は読み手を失う。
双方にとっての不利益だ。

これは決して「読者の好みに合わせろ」という話ではない。
「あると期待させておいて出さない」のがまずい

たとえば、美味しそうなラーメン屋に入ったとする。
厨房からは濃厚なスープの香りがする。メニューに並んだ写真はどれも食欲をそそる。トッピングも充実している。カウンターに置かれている調味料にまでこだわりがあるらしい。これはかなり期待できる。

そんな状況で「ラーメンはありません」って言われたら、どう思うか。
「え? それじゃあ、このメニューの写真は何?」って話になる。
「ああ、それはただの客寄せでして。実際にはラーメンはありません」
こんな店には、たぶん、もう二度と行かない。

3.読者は期待する

作品を読み始めた瞬間から、読者は期待する。

「書籍化作品だから、他の作品よりも質が高いはず」
「PVがいっぱいついてるから、きっと面白い作品だ」
「追放系ということは、ざまぁ系の展開になるだろう」
「ハーレムものだから、可愛い女の子がいっぱい出てくるだろうな」
「イケメンがいっぱい登場するみたいだから、逆ハーレムものかな」
「この作者は前作も良かったから、きっと今回も良いだろう」
「この設定なら、こういう展開になるのを読みたい」
「登場人物が魅力的って書いてあるから賑やかな作品かな」
「このあらすじからして、きっと私の性癖にドンピシャのはず」
「素晴らしいレビューがついている。きっと名作に違いない」

もう挙げたらキリがないほど、なにかしら期待を持って読み始めるはずだ。
おおいに、身勝手に、わくわくと、楽しみを膨らませて。

冒頭で紹介したコンテストの選評でも、「この設定ならもっとこういう展開を期待していた」という趣旨の意見があった。
料理でいうなら「この具材を使うならもっと美味しい物を作れるでしょ」といったところだろうか。なかなか手厳しい意見である。

もちろん、「ある設定」に対して「そこからどのような展開を想像するか」は人によって千差万別だし、個人の好みだって様々だ。読者の好みに100%合わせるのは不可能だろう。

だからこそ、タイトルやキャッチコピー、作品紹介、あらすじ、扉絵、序盤の展開などで「これはこういう作品です!」としっかり説明しておく必要があるのだと思う。
どんな料理を出すのかわからない店に入りたがる客は、そう多くない。

ラーメンの写真を載せてラーメンを出す。
ハーレムの看板を掲げてハーレムを書く。
それだけで客は安心するし、たぶん、満足もしてくれる。

もちろん、どの作品にも一長一短がある。
「わからない」という選評を受けていた作品も、裏を返せば「引き込まれる要素があった」ということである。そこは評価されるべきだ。

拝読した選評は全体的にかなり厳しめだと感じたが、そのぶん勉強になることも多かった。少なくとも私は、今までにこれほど忌憚のない批評を目にする機会はなかったのでおおいに参考になった。
お時間のある方は、勉強がてら、ぜひ作品と選評に目を通してみて欲しい。

※トップ画像はお借りしたものです。
 noteにはいろいろな画像があって楽しいですね。

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