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川上和人『そもそも島に進化あり』

☆mediopos3196  2023.8.18

川上和人は
小笠原や西之島などを主なフィールドとしている
鳥類学者である
その鳥類学者が「島」の進化を語る

「鳥」ではなく「島」である
二つの漢字はよく似ている

一説ではあるそうだが
「島」という漢字は
「海にある山の上に鳥がとまる様子」を
表しているという

大海原に「島」が生まれ
新天地を求め鳥たちが飛来し
鳥たちが運んだ種が根づき
その生態系のなかで
独自の進化が始まっていく

島とは「海により隔離されていること」
そして「相対的に小さいこと」という
主要な特徴を持っている

海によって隔離されているため
生物は生息地から海を越えて
島にやってこなくてはならない

島にやってくることのできた生物のみが
生息できることから
そこには島独自の生態系が生まれ
進化や絶滅などが展開される

その島が
かつて大陸の一部であった大陸島ではなく
水深の深い海洋プレートの上に生じた
海洋島であるばあい
海を越えてくることのできない生物は
基本的に島には存在しない

たとえば海水の苦手なカエルなどの両生類や
海を渡るリスクの大きい大型哺乳類などは
海洋島へと渡ってくることができない

また大型哺乳類などの捕食者が希薄なことから
飛ばない鳥として進化したりもする
空を飛ぶ大きな理由のひとつが
捕食者から身を守るということでもあるからだ

ある閉じられた環境で
どんな生態系が形成されていくかを観察するには
「島」は格好の場所だ

とはいえそこでつくられる
生態系やその進化を観察するには
とほうもなく長い時間がかかる
島で実際に起こることが観察できるのは
観察可能な範囲にかぎられはするけれど
その視点で「島」を観察することで
見えてくるものはたしかにある

いうまでもなく
日本はすべて島でできている
日本で生まれた人は島人である
そしてその独自の生態系のもとで生きている
その生態系を「島」のそれとして
観察してみるのも興味深いところだ

しかも著者も示唆しているように
大陸島や海洋島といった性格を越えて
「島」という現象をとらえるとき
自然界には通常の島以外にも
さまざまな島があふれている
「人間による新たに生まれた都市にも
島は存在している」のだ

とはいえ人間の関与があると
そこには通常の生物環境以外の
人為的な環境がさまざまに影響してくる

「地域」「共同体」「組織」といったものも
また「島」ということができるのではないか
そうした「島」も生まれ「進化」し
独特の生態系をかたちづくり
ときに絶滅などを繰り返していく・・・

■川上和人『そもそも島に進化あり』
(新潮文庫 2023/6)

(「はじめに」より)

「私は鳥類学者である。本日は私がナビゲーターを務めることをご容赦いただきたい。だって、島と鳥は字が似ているのですもの。
 そもそも島という漢字は、海にある山の上に鳥がとまる様子を表すという説がある。島には、鳥がいて当然という寸法だ。」

(「序 そもそも島は」より)

「日本の国土はすべて島なので、日本で生まれた人はみな島人である。日本の人口の9割以上は、北海道、九州、死国を含む本土部に住むが、これらの島は大きすぎて島在住という意識が希薄だ。このため、島とう空間の特異性を自覚することが難しい。
 逆にいわゆる島嶼部に住んでいると、本当は独特極まりない環境も日常の風景になってしまう。やはりユニークさを実感できない。」

「島はミニチュアの世界だ。複雑な生態系から少数の要素を抽出して構成され隔離された箱庭である。構成要素がシンプルで特殊なほど、島という事象の理解を進めるショーウィンドウとなる。とくにメインランドとの対比による、島の性格はより明確に浮き彫りになるだろう。
 島らしい島を知ることで、島とはなにかという理解を深められるのだ。」

「島の生物学の面白さは、特殊性と一般性の2点に集約される。
 飛翔を最大の特徴とする鳥類であるにもかかわらず、島では飛ばない鳥が進化するという特殊性。飛ばない鳥は島で進化しやすいという一般性。飛ばない鳥が島の条件に合わせて獲得する行動の特殊性。その特殊な行動の生じる背景に合理的な解釈を与える一般性。特殊性と一般性の輪廻を嗜むことが、島の生物学における最大の愉悦である。」

「多様な島を比較することで、一般的な法則が見いだされる。各々の島をつぶさに見れば、独自の背景に成立した特殊な事象が見いだされる。一般性と特殊性は生物学全般の魅力でもある。島を知り、島に行けば、誰もがこの二つを同時に体感できるのだ。」

(「第1章 島が世界に現れる)

「島の重要な点は、「海により隔離されていること」と、「相対的に小さいこと」の二つである。(・・・)
 海による隔離により、生物は生息地から海を越えて島に到達しなければならない。この生物の供給場所との関係が、生態学で考えるところの「島」の主題である。この意味で、生物の供給元となる場所を「大陸」と表現し、供給先のことを「島」と呼ぶことも多い。」

「島を二つの分類せよ(・・・)といわれたら、即座に「大陸島」と「海洋島」の二つに分けよう。(・・・)
 一般に大陸島とは、水深の浅い大陸プレートの上に位置する島のことを呼ぶ。
(・・・)
 これに対して、海洋島とは水深の深い海洋プレートの上に生じた島のことである。このような島は、直接にしろ間接にしろ、過去に大陸とつながったことがないことが多い。」

「日本に島のうち9割以上が大陸島だ。(・・・)日本列島の基礎的な部分は、1500万年前にはユーらしさ大陸の一部だった。しかし、その後に日本海が生じて、島となったのだと考えられている。また、その後に繰り返し訪れる氷河期と間氷期により、大陸と一部がつながったり途切れたりを繰り返している。」

「日本で代表的な海洋島といえば、沖縄県の大東諸島、東京都の小笠原諸島である。」

「世界の海に無数の島が浮かぶ。正確には海底に基礎を置いているので、浮かんでいるわけではないのだが。そこはそれ詩的表現だ。とにもかくにも島々にはそれぞれの歴史があり、異なる個性を宿している。その来歴の違いゆえに、すべての島に固有の生態系が生じる、
 生物学者の私にとって大切なのは、島の上にへばりつく生物たちである。しかし、その正確を決するのはとりもなおさず無生物である島の本体そのものの履歴なのだ。」

(「第2章 島に生物が参上する」より)

「大陸の一部がプレートの移動に伴って分裂し、大陸島ができたとしよう、その島が独立しらとき、そこにはすでに土があり、森林があり、動物が住んでいる。しかし、海洋島が生まれたとき、そこにはなにもいない。
 このような島に陸上生物が生息するためには、海を越える必要がある。
(・・・)
 まず考えられるのは、自発的に移動することだ。陸上生物にとって、自ら海を越える方法は三つある。飛ぶか、泳ぐか、地中を潜行するかだ。
 空を飛べる動物といえば、もちろんなによる鳥類である。なぜ筆頭が鳥なのかといえば、もちろん私が鳥類学者だからだ。」

「空を飛べる動物は鳥だけではない。自発的な飛翔は、(・・・)哺乳類であるコウモリや昆虫も行う。」

「鳥の飛翔力がもつ意味は自発移動だけではない。ほかの生物の乗り物となり分布拡大に寄与することにもある。
 最も容易に想像されるのは種子散布である。鳥は、さまざまな植物の果実を食べ、種子をばらまく。これを被食型散布、または周食型散布と呼ぶ。」

「鳥に被食型散布されるのは種子だけではない。動物を運ぶこともある。」

「もう一つ、鳥の食物として運ばれる方法として貯食型散布がある。鳥の中でも烏やヤマガラ、どんぐりキツツキなどは、種子が豊富な時期にたくさん集めて蓄える性質がある。」

「島における鳥散布植物の半分は付着型散布である。」

「小笠原諸島の植物の約15%は、風散布を主な移動手段とする植物と考えられている。」

「ただし、風による移動のためには、メインランドからの距離や風向きがとても重要な役割を果たすことになる。ハワイでは風散布植物の占める割合はわずか2%しかなく。小笠原諸島の15%に比べて非常に低いことがわかる。」

「動物にしろ植物にしろ、生きて行くには条件がある。水分や絵エネルギーがあり、適した生息地があること、強烈な死亡要因がないこと、といったところだろう。(・・・)
 島に最初に現れる生命は、動物でも植物でもなく地衣類かもしれない。(・・・)
 地衣類は軽い胞子や栄養生殖する散布体として風に乗って各地に降り注ぎ、海の隔離もものともしない。(・・・)
 一方で植物も負けてはいない。火山の噴火により溶岩に覆われ、生物相がリセットされたクラカタウ島、海底火山により生じたスルツェイ島では、初期の段階で海流散布や風散布の植物が進出した。」

「では、動物はどうだろう。
 (・・・)
 ある種の海鳥は陸上生態系に依存せずに陸上で繁殖が可能である。」

「島に定着した生物にとって、長旅はもう終わりである。
(・・・)
 島に到達した生物たちは、島での生活を始める。そして必要に応じて島の内部を。ときには島と島の間を移動していく。小さな世界には小さいなりのコミュニティがある。大移動で疲れた体をビーチで癒した後には、諸島内での陣取りゲームの始まりだ。

(「第3章 島で生物が進化を始める」より)

「海洋島の生物相はアンバランスである。
 それは海を越えられる生物のみが分布できるからだ。」

「海を越えられない代表は、カエルを含む両生類である。彼らは水に依存して生きているものの、(・・・)海を渡れない。」

「陸生哺乳類はおおむね海を泳いで島に到達することができない。その理由は、泳ぐのはそれほど得意でないことと、悠々と泳いでいるとサメなどの捕食者に襲われてしまうことに集約されるだろう。このため、海洋島にはコウモリ以外の陸生哺乳類は基本的に分布していない。」

「ドングリや陸生哺乳類、両生類、ミミズなどは、一般に海を越えられない。しかし、これはあくまでも一般的な話だ。」

「島の生物相を決めるのは、移動する生物の性質だけではない。島の地理的な要因にも左右される。
 なによりも先ず重要なのは面積だ。島の面積が広ければ広いほど、多くの生物が住める。面積の広い島にはそれだけ多様な環境がある。」

「メインランドから離れているほど生物の種類は減り、生物相の構成はアンバランスにねる。このことは、単に種類が少ないという以上の意味をもつ。
 地上性の哺乳類がいないことは、植物にとっても動物にとっても、大型の捕食者がいないことを意味する。
(・・・)
 捕食者の存在は、食べられる側にとって文字通り死活問題となる。地上性の捕食者からの解放は、被食者の生存率に大きく影響する。
 また、単に種類が少ないことだけでもそれは大きな意味がある。種類の少なさは、競争者の少なさを意味するからだ。面積が狭くろも、競争者がいなければそれだけ集団を維持しやくsくなるだろう。
 捕食者と競争者の少なさこそが、島の生物相の最大の特徴である。」

「このようにアンバランスな生物相をもつ生態系を、不調和は生態系と呼ぶ。島には、面積や距離など地理的条件に関わる多くのハードルが用意されている。そのハードルが島の生物相をアンバランスにすることに貢献し、そのアンバラナスさは島の生物の進化を促進する原動力となっていく。」

「島という地域は固有種が生まれやすい場所である。面積が狭いにもかかわらず、島には多くの固有種が分布している。」

「島では、飛ばない鳥が進化する。」

「地上で襲いかかってくる捕食者が少ないことが最大の理由だ。」

(「第4章 島から生物が絶滅する」より)

「海という障壁は生物の侵入を阻み、進化のゆりかごを守る衛兵として機能してきた。しかしのこの障壁は、生物を鳥かごに幽閉し、逃亡先を奪う結界ともなっている。(・・・)
 島での進化は、移動性の低下を推奨する方向に進んでいる。そのおかげで、島の生物は危機に脅かされたときに逃げ場を失う。進化の時間が長く、島でも特性を研ぎすましているほど、偉大なる海を前になす術がない。袋小路ともいえる島において、生物たちは古来、何度も危機を経験してきた。

(「第5章 島が大団円を迎える」より)

「森林の中に点在する草地、草地に点在する裸地、河川敷に点在する河原、いずれもまた島である。
 こうしてみると、自然界には島があふれているのだ。」

「自然界だけではない。人間による新たに生まれた都市にも島は存在している。
 都市に点在する公園は、島である。
 道路に囲まれた家の庭は、島である。
 道路の脇にある側溝は、島である。
 路上にできた水たまりは、島である。
 屋上のコンクリの隙間にたまった土は、島である。」

「明日の朝いつも通りに目が覚めたら、いつもの散歩道であなただけの島を見つけてもらいたい。身近な生活の中で、島を見いだすことができたなら、あなたも立派な島類学者だ。
(・・・)
 島類学者となったあなたの目に映るのは、きっと以前とは違う島の姿だろう。葉っぱの小さなトゲにすら、進化のドラマを感じることができる。海辺ではしゃぐパンフレットの宣伝文句とは一味違う島の魅力との出会いに向けて、一歩を踏み出してみてほしい。」

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