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映画『歩いて見た世界』(監督・脚本 ヴェルナー・ヘルツォーク)/ニコラス・シェイクスピア『ブルース・チャトウィン』

☆mediopos2794  2022.7.12

神保町の岩波ホールがこの7月29日に閉館する
岩波ホールは多目的ホールとして1968年に開館し
1974年にはミニシアターとして映画館となった

その最後の上映作品が
このヴェルナー・ヘルツォーク監督の
『歩いて見た世界/ブルース・チャトウィンの足跡』であり
岩波ホールでヘルツォーク監督作を公開するのは
1983年の『アギーレ・神の祈り』以来39年ぶりだという

ヘルツォーク監督のドキュメンタリーが劇場公開されるのは
『世界最古の洞窟壁画3D/忘れられた夢の記憶』(2012年)
以来10年ぶりだというが
そういえばその『忘れられた夢の記憶』は
岡山のミニシアターで観ることができたのを覚えている

映画館にでかけることはあまりないのだが
気になる作品がミニシアターで上映されるようなときだけは
どうもどこかでセンサーが働いて動かされることになるらしい

岩波ホールが閉館することは知っていたので
(そういえばいぜん東京に出かけたときは
時間がゆるせば岩波ホールで映画を観ることがよくあった
たとえばポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の作品など)
この松山でも今週1週間だけ上映されることを
ほんの数日前に知り重い腰をあげることにした
(中四国で上映されるのは現状では松山のみ)

なにせヴェルナー・ヘルツォークと
ブルース・チャトウィンなのだから

ブルース・チャトウィンといえば
ぼくのなかでは『ソングライン』で
それ以来気になる存在であり続けている
(チャトウィンを知ったときはもう亡くなっていたが)

作品のタイトルが『Nomad:In the Footsteps of Chatwin』
(歩いて見た世界/ブルース・チャトウィンの足跡)
となっているように
ヘルツォーク監督はこの映画で
パタゴニアや中央オーストラリアのアボリジニの地など
チャトウィンが歩いた道を辿り
チャトウィンが魅せられた「ノマディズム/放浪」を
みずから探究する旅に出る

少し前に邦訳の出たチャトウィンの伝記
『ブルース・チャトウィン』(邦訳 KADOKAWA 2020/8)を書いた
ニコラス・シェイクスピアも映画には登場し
ヘルツォーク監督とさまざまに対話し
ブルースの著書や執筆にまつわるエピーソドなどが
披露されているのも興味深い

チャトウィンは
「世界は徒歩で旅する者に、その姿を見せる」といい
「われわれ人類は誕生のとき以来旅人だったのだ」とも言うが
ヒトはなんのために歩くのだろう
なにを求めて歩くのだろう

管啓次郎は「彼が見出そうとしたのは、
惑星全体の表面に埋め込まれた、
失われたソングラインだったのかもしれない」とし

山伏の坂本代三郎は「私たちが歩くとき、
その姿をあらわす世界とは、ソングラインのように、
目に見えない道筋の先にあって、私たちが還っていく、
その場所のことなのではないだろうか」という

わたしたちはおそらく
帰還するために旅に出る
そして歩く
それは想像と想像の歩きであってもいい
それをみずからが歩くことが重要なのだ

そして出発したときから
帰還するときまでの「ライン」を
生きることが私たちの生まれてきた理由だ
それを「神話」と呼ぶこともできるだろう

私には私としての神話が生まれ
私たちには私たちとしての神話が生まれる

ときに私は私たちは
私や私たちが歩くその先を歩いた者に導かれて歩く
そしてそんな神話の「ライン」を求め
またべつの「私」「私たち」が
それを放浪しながら辿ってゆくことになる

■映画『歩いて見た世界』(2019年)
 監督・脚本  ヴェルナー・ヘルツォーク
■ニコラス・シェイクスピア(池央耿訳)
 『ブルース・チャトウィン』( KADOKAWA 2020/8)

(映画『歩いて見た世界』公式パンフレット より)

「彗星のように現れこの世を去っていったイギリス人ブルース・チャトウィン。この作品は彼の没後30年に、生前チャトウィンと親交を結んだ巨匠ヴェルナー・ヘルツォークが制作したドキュメンタリーである。ヘルツォーク監督は、パタゴニアや中央オーストラリアのアボリジニの地など、チャトウィンが歩いた道を自らも辿り、チャトウィンが魅了された「ノマディズム/放浪」という、人間の存在の根底にある大きな概念を探求する旅に出る。」

(ヴェルナー・ヘルツォーク)

「ブルース・チャトウィンは他に類を見ない作家でした。彼は、神話を心の旅として表現してきました。この点において、作家としての彼と、映画監督としての私は、同志であることあることがわかりました。私はこの映画で、野生の気質や奇妙な夢想家たちと出会い、人間の本質や存在という大きな概念を探求しています。
 ブルース・チャトウィンは映画の制作中、目には見えない形で存在していました。撮影中、道端で「何かを発見した」と感じた時、私は不在のブルースと同じものを見ただろうと思い、それらを撮影しました。彼の個性と彼の文章は、多くの者にインスピレーションを与えました。私たちが共に経験した冒険や、共有してきたある種の考え方を映画で振り返ることは、決して感傷にひたることではありません。この旅は、言葉少なく、感情的でもなく、しかも深みのある旅となりました。それは共通言語を持つ2人の詩人の旅のようだったのです。
 私はいつも、ある根本的な考え方を心の中に抱いています。それは、風景は決してただの風景ではないということです。風景は、人の心の状態や質を表現しているのです。私がアマゾンで撮影したいくつかの作品では、ジャングルは熱狂的な夢を表しています。風景には特有の性質があり、それが映画の主役にもなりうるのです。『歩いて見た世界/ブルース・チャトウィンの足跡』でもそうでした。私たちは、風景に対してどう感じ、どう演出するのかを問われています。そのため、私は映画で、動物だけでなく、風景も演出しているのです。」

(坂本代三郎(山伏)「移動、世界、ウタ」より)

「「神話の世界では、みずからを“正しい死”へ導く者こそが理想的な人間とされている。その境地に達した者が“帰還”を果たす。」そのように『ソングライン』の中に記されている。アボリジニは歌いながら、自分の所属する“始まりの場所”へ帰還するのだという。
 ふと思い返す。「世界は徒歩で旅する者に、その姿を見せる」という言葉の中にある、「世界」とは一体どのようなものだったのだろうか。
 近代技術によって移動は変質してしまった。私たちは、コストさえ払えば、どこにでも短時間で移動することができる。しかし、そのとき世界は、その姿を現さない。
 私たちが歩くとき、その姿をあらわす世界とは、ソングラインのように、目に見えない道筋の先にあって、私たちが還っていく、その場所のことなのではないだろうか。
 私たちは、否応なく流動性の高い社会の中で生きていかなければならない。誰もそこからは逃げることができない。これからを生きる人たちは、どのような「世界」を目にするだろうか。また、そこに満たされていたはずのウタを耳にすることができるだろうか。」

(管啓次郎「ノマドという別の生き方」より)

「人を旅にかきたてるのは事物と噂だろう。どんなものであれ、ある具体物をしめされ、それがどこからやってきたのかを考えはじめるとき、われわれはその物がたどった経路をさかのぼろうと決意する。起点をつきとめようとする。あるいは不確実だが奇妙に心をひきつける土地の噂を耳にしたとき、そこに行ってみたいと思う。身をさらしてみたいと思う。ごく小さな物語になんらかのイメージ(絵画・写真・映像)が加わると、誘惑はいっそう強くなる。そこであるとき突然そっと出発するのだが、きみのまえには必ずきみに先行して歩む幻の誰かの背中が見えている。それはわれわれの旅の条件だ。そしてチャトウィンとヘルツォークは、近代以降のそんな旅の条件を意識し自分自身の課題とするのみならず、そもそもホモサピエンスにとって旅とは、場所の経験とはなんなのかを、人類史全体の問題として考え直そうとした。
 それで、パタゴニア。東アフリカのどこかで生まれ、故郷から出ていくことを決意した人類が徒歩で拡散していった。地球上のもっとも遠い地点だ。チャトウィンの最初の本の舞台だった。」

「歩くことに対するほとんど宗教的なまでに敬虔な感覚も、彼(ヘルツォーク)とチャトウィンが共有するものだが、本作のはしばしにも明らかな、みずからの存在をかけたような歩行によってかれらが追求したことをひとことでいうと、現在のグローバル文明以外の生き方をヒトはかつて選びえたという可能性だろう。
 それがチャトウィンの言葉でいう「ノマドとしての生き方」だった。拡大・所有・蓄積によって生きる現代グローバル世界に対して、移動と放棄と発見により生きることをめざした。発見に美と高揚があれば、なおいい。忘れられ失われたものに対する感覚を取り戻せるなら、いっそう。「われわれ人類は誕生のとき以来旅人だったのだ」とチャトウィンは書いたことがあった。「技術的進歩への狂った執着は、地理的移動が遮断されたことに対する反動なのだ」と。チャトウィンは歩き、ノンストップで語りつづけ、人々は誰もがそれに耳を傾けた。彼はときどき悲鳴のような叫び語をあげた。古いアングロサクソン語では、彼の姓チャントウィンドは「曲がりくねった道」を意味した。彼が見出そうとしたのは、惑星全体の表面に埋め込まれた、失われたソングラインだったのかもしれない。」

◎岩波ホール最後の上映作品、
 『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』
 【2022年6月4日公開(7月29日まで)】
https://www.youtube.com/watch?v=TSpPfi4F35U


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