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アンッシ・ヨキランタ、ペッカ・ユンッティ、アンナ・ルオホネン、イェンニ・ライナ  (田中淳夫監訳・上山美保子訳) 『フィンランド 虚像の森』

☆mediopos2952  2022.12.17

森と湖の国であるフィンランドは
世界有数の林業国家で
持続可能な林業を推進していると言われているが

本書のタイトルに「虚像の森」とあるように
実際のフィンランド林業は
さまざまな問題を抱えているようだ

森の環境は劣化し
自然界の生態系を破壊する森林伐採は止まらず
新規パルプ工場投資のため
伐採は過去最高規模で実施されているのだという

監訳をされている田中淳夫氏が
解説で日本とフィンランドを比較している

森林率と森林面積はほぼ同じ
日本の森林の7割が人工林と里山林だが
その大半は戦後生まれである

フィンランドの森もまた戦後生まれで
湿地を干拓して人工林を増やし
皆伐と一斉造林を繰り返してきている

そして「政府主導の伐採面積(木材生産量)の拡大計画、
補助金目当ての作業。森林地帯から去っていく人びと、
そのほか古道の景観破壊や獣害増と稀少動物の絶滅危機、
木を伐って脱酸素という主張」など
日本の抱える諸事情と共通した問題が山積なのだという

違っているのは日本の林業が
1980年代以降に収支バランスを崩し
「量森林を大規模伐採して大量の木材を安く売る
薄利多売の林業へと走った」のに対し
フィランドでは「林業の生産性を高めることに成功し、
世界に通用する木材と紙製品を生産して輸出を増やし、
林業は成長産業でもあり続けている」ことだ

とはいえどちらの林業も
将来的な展望があるわけではない

以下にアンナ・ルオホネンのコラム
「森が回復すると何が回復するのか」を引用してあるが
「これではまるで、森林が人を満足させる
サービスを提供するお役所やサービス業のようである」
というように森が林業という産業の道具と化していて
いわば森からの視点・生態系そのものの視点が希薄である

同じくアンナ・ルオホネンのコラム
「土の下の森」からの引用にもあるように
「森という生命体を考える場合、
重要な活動は土壌の中で起こっている」
地中にある「根の周囲の土1グラム当たり、
およそ10億個の細菌」によって
植物は共生が可能となっているのである

本書は森・林業をテーマとした本だが
「土の下の森」のようにすべての生物たちは
もちろん私たち人間も
見えている部分だけで生存しているわけではない

「殺菌」「除菌」ばかりを啓蒙する錯誤もそうだが
見えないところで働いているさまざまなものたちの
全体をとらえようとする視点が欠如していると
「虚像の人間」「虚像の社会」「虚像の国」として
「持続可能」なものではなくなっていくことになる

■アンッシ・ヨキランタ、ペッカ・ユンッティ、アンナ・ルオホネン、イェンニ・ライナ
 (田中淳夫監訳・上山美保子訳)
 『フィンランド 虚像の森』(新泉社 2022/8)

(「はじめに」より)

「現在、フィンランドの森のほとんどが木材生産を行う経済林であるが、かつてはそうではなかったはずである。私たちは森の民だと言われているが、身近なところで自然な状態の森を見たことがある者はごくわずかであり、みな、経済林に囲まれて育ってきている。
 フィンランドの森はめちゃくちゃになった時期はいつかと言われれば、第二次世界大戦が境になるだろう、戦後、窮乏の数十年の間、増大する木材需要を支え、その資源となったのが森である。つまり林業は、何十年にもわたり政治的な思惑に支えられ飛躍的に成長したのだ。(・・・)
 フィンランドとく国は、これまでは林業で盛り立てられてきた国であったが、今は時代も変わった。そしてフィンランドの森については、これまでとは違った痛みや心配ごとがある。」

「林業に携わる人たちは、フィンランドの森の成長量は伐採量よりも多いという考えのもと、自足可能な林業に取り組んでいるという理屈をこねている。木材生産量は、持続性という狭量なものさしに当てはめているに過ぎないということを見落としがちである。林業を社会的な視点、たとえば他の産業を介して見ると、もっと厳しい状況であると判断されるはずだ。伐採の持続性は確認できるが、生物多様性や生物の育成環境の豊かさという点では、フィンランドの国土のほとんどは脆弱である。」

「林業という巨大な船は、ゆっくりと方向転換している最中だ。森の環境を劣化させ、自然界の生態系を破壊する森林伐採は止まらない。それどころか、新規パルプ工場投資のために、伐採は過去最高規模で実施されている。」

(「i これがかつてのフィンランドの森」より)

「フィンランドの森のほとんどは経済林だ。そして今、多くの森で何かが変わり始めている。(・・・)現在、自然保護区になっているフィンランド南部の森はほとんど、かつて伐採が行われていた跡に作られた人工林だ。(・・・)
 フィンランドの国土面積のうち、自然森と呼ぶことのできる森は約2・9%と推測されている。そのうち何らかの保護対象となっている森はごく一部の約7・7%で、ほとんどがラップランドの北部の森である。
 いわゆる森を撮影するときに舞台となるのは、人の影響をあまり受けていない自然な森、あるいは「自然な状態にあるような森」だ。いまや全く人の手が入っていない、人の影響を受けていない原生林を見つけるのは、ほぼ不可能である。

「現代の人工林は、枯れ朽ちた木がほとんどない状態が完成とみなされていて、過去何十万年と続いた森の進化史で一度もなかった新しい状況にある。」

(「ii 痕跡」〜アンナ・ルオホネン「森が回復すると何が回復するのか/森についての話をすると森の手入れ方法にも話は広がる」より)

「私たちが目にする森林関連の報道は、森林の価格や、林業界の売り上げ、「雪の影響による損失」や森林所有者の手入れ放棄についての記事である。(・・・)
 森林の所有者が、初めて売りに出す木材のための間伐を行わなければ、森林はどうなってしまうのか、が一般的な懸案事項となっている。(・・・)
 森林は、管理するだけでなく。「改善しなければなたない」。森林改善とは、樹木の生産能力と材質の改善、木材の運搬環境の改善への取り組みを意味しており、たとえば、森林用車両の製造を指すこともある。(・・・)
 昨今は、森の「生態系について」の話題が出るようになってきた。森の生態系サービスとは、森が生みだすすべての物質的利益である恩恵と、炭素吸着、酸素放出、美しい風景などといった非物質的な価値も含めたもので、森林の有益性を計算することを指す。
 これではまるで、森林が人を満足させるサービスを提供するお役所やサービス業のようである。」

(「iv 選択のとき」より)

「2010年代終盤に向け、フィンランドの森にはこれまで以上に大きな圧力がかかるだろう。現在、政治的にフィンランド史上最も高いレベルに伐採目標が設定され、多くの種は存続の危機に直面している。そして同時に、我々は気候変動の危機を乗り越えるために、今後20年をかけて解決方法が編み出されることを期待している。森の存在は、経済成長、気候変動への取り組み、生物多様性の喪失阻止など、すべての変化に対応できると考えられている。一方で、森があらゆる課題に対応できるかについての共通見解は存在していない。」

(「iv 選択のとき」〜アンナ・ルオホネン「土の下の森/森の生態系(エコシステム)を守るキノコとバクテリア」より)

「もし、森を形作っているのは樹林だと思っているなら、ぜひこの節を読んで欲しい。森という生命体を考える場合、重要な活動は土壌の中で起こっている。森の成長の半分は、地中で起こっているのである。
 樹木の根や側根の細い先に生える真菌類のいる地中では、多種多様な生態系が存在している。樹木と共生するキノコ類は外生菌根菌と呼ばれる。また、地中は菌類で飽和状態となっていて、根の周囲の土1グラム当たり、およそ10億個の細菌がいるとされている。この細菌のおかげで、菌は植物と共生することができるのだ。
 樹木同士はコミュニケーションを取って助け合い、時として自己生成した化合物を土壌全体に広がった高密度の菌糸を通して相互にやり取りすることもある。」

「樹木を伐採すると、土壌はひっくり返されて二酸化炭素を放出するため、再び森が育ち始めるまでは、森は炭素の発生源となりかねないのである。」

(上山美保子「訳者あとがき」より)

「フィンランドは、国土面積的には日本とさほど変わらない大きさの国である。一方、人口は日本の約24分の1であり、社会構造的には風通しが良く、小回りが利く国と捉えられる向きがある。ところが、こうした印象も、この本を読むと違った面を見せつけられることになるだろう。なぜなら、フィンランドという国と国民にとって、「森」は単なる自然であるだけでなく、経済的な基盤であり最重要資源であるという、少し特殊な位置を占めるからであろう。」

「国民の生活を守り、その生活レベルを引き上げようとする経済政策に振り回されているフィンランドの森。この書籍を送り出したジャーナリストたちが資料としてあたった論文や記事と、今も森と共に生きている人々の思いが、未来のために生かされて欲しいと願うとともに、私自身が自然資源との向き合い方について関心を持ち続け、多方面からの意見を聞き、考え続けるエネルギーを持ち続けたいと思っている。」

(田中淳夫 解説「絶望か希望か。日本の林業を撃つ書」より)

「日本の林業関係者は、本書に描かれているようなフィンランド林業の実態をほとんど知らないはずだ。それなのにフィランドは上手くやっていると思い込んでいたのである。私は本書を読んで愕然とするとともに、謎が解けた気持ちにもなった。なぜ北極圏に近く樹木の成長も遅いはずなのに、日本の倍以上の木材生産を行いながら森林蓄積を増やせるのか。なぜ持続的で高収益の林業が成り成っている(と言われる)のか。そんな漠然とした疑問に対する解答が本書には詰まっていたからだ。
 そしてフィンランド林業の姿に、日本と共通する構造を見つけたのである。」

「日本の森林率は2020年統計で66%(フィンランドも約66%)で、森林面積は2500万ヘクタール(同2240万ヘクタール)、そのうち約7割が人が手を加えた人工林と里山林だ。そして、この森の大半は戦後生まれである。
 日本列島は、昔から緑に覆われていたと思われがちだが、少なくとも江戸時代後期になると山林に無立木地が増えていた。里山も含めて過剰利用が進んだからである。」

「本書によるとフィランドの森は、ほとんどが戦後生まれで、皆伐と一斉造林の繰り返しのため生物多様性に重大な影響が出ている。「森林面積は増えている」というのも、湿地を干拓して人工林を増やしたことによる数字のトリックだった。そして政府主導の伐採面積(木材生産量)の拡大計画、補助金目当ての作業。森林地帯から去っていく人びと、そのほか古道の景観破壊や獣害増と稀少動物の絶滅危機、木を伐って脱酸素という主張・・・・・・日本の抱える諸事情と共通する問題が山積みされている。」

「ただ大きな違いもある。日本の林業は、1980年代まで波はあっても好況に推移したが、その後建設技術や法令の変化、そして日本経済の変容のため急速に収支バランスを崩す。しかし補助金で赤字を補う政策が改革を遅らせ、今に至るまで有効な手だてを打てずにいる。そこで森林を大規模伐採して大量の木材を安く売る薄利多売の林業へと走った。量の拡大だけが林業を維持するための方策になってしまったのである。一方フィンランドでは、林業の生産性を高めることに成功し、世界に通用する木材と紙製品を生産して輸出を増やし、林業は成長産業でもあり続けている。
 しかし両国の林業の内実を冷静に見つめると、どちらも将来への展望を欠いている。今と同じやり方で林業を続けていった場合、極度の森林環境の悪化と資源の持続性喪失で、行き詰まるように思えてならない。日本もフィンランドも、豊かで多様性のある森林を失い、取り返しのつかない事態に陥る恐れを感じる。
 本書では、新たな希望の動きも紹介している。たとえばドイツやスイスで行われている恒続林施業をフィンランドも取り入れ始めたようだ。恒続林とは、伐採を択伐に限って森を維持し続ける林業だ。伐採跡に植林もするが、残された木々から散布された種子からの芽生えにも期待する。こうして多様な樹種と異年齢の木々による森を作り上げ、森林生態系維持と木材生産の両立をめざす林業である。また森林の保護区を広げるとともに、森を利用した「ネイチャートラベルも広げ、新たな収入源となりつつあるという。
 日本がフィンランドに学ぶべき点は、こうした動きだろう。」

[目次]

フィンランド全土と「フェンノスカンディア」エリア地図
はじめに

i これがかつてのフィンランドの森

●昔々の森のおはなし
私たちが失った森のこと イェンニ・ライナ
●トゥルクの町よりも古いマツ
現存している古木の中で最長寿の木は、コロンブスが新大陸を発見した頃に芽吹いている イェンニ・ライナ
●掘り返された大地
開墾から始まったフィンランドという国の生き方、異論を唱える者の封じ込め〈戦後の森林政策の概略〉 ペッカ・ユンッティ
●祖国のために
ロマン派狩猟文学の父A・E・ヤルヴィネンが北部の原生林を伐採した理由 ペッカ・ユンッティ

ii 痕跡

●伝承街道
消滅の危機にある、民族叙事詩カレワラをフィンランドへと伝えた中世から続く街道 イェンニ・ライナ
●向かう先は、次なる伐採
オリエンティア、ミンナ・カウッピ、瀕死の苔むした森に途方に暮れる アンナ・ルオホネン
●言葉にしてはいけないこと
ネイチャートラベルとログハウスメーカー、自然のフィールドと樹木を失った顚末 イェンニ・ライナ
●軟弱な木
まともな建材がなくなったのは、森づくりを急かせたからだ イェンニ・ライナ
●黒い水が出た
森から流れ出た水が水源となる湖とエリマキシギの住む湿地帯とブラウントラウトの棲む急流の棲息環境を、林業が破壊した。環境破壊の広がるありさまに研究者たちも絶句している ペッカ・ユンッティ
●マダニのヘラジカ祭り
人工林は、マダニの宿主になる野生動物が生息しやすい住環境を作り出した イェンニ・ライナ
●数千ものアブが寄生する棲みか
ヘラジカの数が増えるとアブの数も増える イェンニ・ライナ
キンメフクロウの声は、まだしばらく聞くことができるだろう
森に棲む鳥のこと、古い森の喪失とともに消える自然のお話 アンナ・ルオホネン
●破壊の一途をたどる狩猟の聖地
猟師エートゥ・サウッコリーピ、人工林からフィンランド最後の原野へ、西ラップランド、生き物たちの逃避 ペッカ・ユンッティ
●森が回復すると何が回復するのか
森についての話をすると、森の手入れ方法にも話が広がる アンナ・ルオホネン

iii 新旧交代

●バイオレメディエーション 生物学的環境修復
製紙(パルプ)業界が多くの人を惹きつけるバイオエコノミーへ変貌した道のり イェンニ・ライナ
●計算せよ、信ずるな
研究者サンポ・ソイマカッリオにとって、気候変動における森の役割は自然科学の現実であって、私見を求めるものではない アンナ・ルオホネン
●森へ出かけた
森林や気候変動について、深く根を張った常識を訂正する アンナ・ルオホネン
●森林戦争と平和
イナリ地方で数十年続いた森林論争を待ち受けていた思いがけない結末 ペッカ・ユンッティ

iv 選択のとき

●未来への遺産
いかにして森の捕食者クズリが森の守護神になったのか、いかにしてこの森を次の世代も享受できる森にしようと多くの人が考えているのか ペッカ・ユンティ
●森林売買という名の森林破壊
森を森として維持した方が皆伐を繰り返すよりも生産性が高いことがわかっているにもかかわらず、なぜ、沈黙しているのか アンナ・ルオホネン
●木材の量以外にも価値がある
森林で稼ぐ方法は伐採だけではない ペッカ・ユンッティ
●土の下の森
森の生態系(エコシステム)を守るキノコとバクテリア アンナ・ルオホネン
●北のボルネオ―目にも見える変化
森の自然を守るには、体系立ったひと続きの森が必要である。ひと続きの森を可能にするための考え方とは イェンニ・ライナ

謝辞

訳者あとがき

解説 絶望か希望か。日本の林業を撃つ書 田中淳夫

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