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スティング『ザ・ブリッジ』

☆mediopos2661 2022.2.28

『ニューヨーク9番街57丁目』(2016年秋)以来
スティングの約5年ぶりとなるスタジオ録音のソロ作品
『ザ・ブリッジ』(2021年11月)がリリースされている

スティング自身のライナーノーツにも書かれている通り
『ザ・ラスト・シップ』のミュージカル公演が
2020年2月下旬突然中止が決定されてから
このアルバムのレコーディングが始まったという

スティング自身も語っているように
「このアルバムには多くの水が流れている」

そしてアルバムタイトル「ザ・ブリッジ」は
日本語のライナーノーツ(大友博)で書かれているように
「激しい勢いで水嵩を増す川の上にかかる橋、
あるいはメタファーとしての「橋」を希求する
強い想いのようなものを歌っている」

ほとんどネット配信のような形になっている音楽を
最近ではアルバムとして聴くことが減っている
スティングをはじめいくつかのミュージシャンのものだけは
こうして聴く機会を持つようにしているのだが

それでもこのアルバム情報を知るまでに
数ヶ月かかっていたりする
(最近はほんとうにこうしたアルバム情報をチェックしなくなった)
先日ご紹介した「For Her Love」のテレビ番組でのライブ演奏で
このアルバムの存在を知ることになり
早速この『ザ・ブリッジ』を手にしている

このアルバムの音源はスティング自身が開いている
YouTubeでもOfficial Videoを含めほとんどが聴けるのだが
やはりこうした特別なアルバムは実際に手にしておきたい

しかも今回の通奏低音としてのテーマは「水」なのだ

個人的にも「水」には少しばかりこだわりがある
(ネット上のハンドルネームが「風」であるにもかかわらず)
ここ10年ほど「水」のイメージに魅せられて
photoposのシリーズでも日々「水」の写真を中心に
そこから訪れるイメージを綴っている

そのきっかけになったのは
ずっと魅せられつづけているレオナルド・ダ・ヴィンチ手稿と
ヴァレリーの「レオナルド・ダ・ヴィンチ論」である
その影響を受けて以来フィールドを散策するときには
ずっと千変万化する「水」のイメージを追いかけていたりする

さてスティングのニューアルバムに
最後に収められているタイトル曲「ザ・ブリッジ」は
水かさを増していく川に渡す橋を意味している

アルバムの最初の曲が「ラッシング・ウォーター(迸る水)」であり
最後の曲が「ザ・ブリッジ(橋)」
「水かさを増していく川を渡す橋」である
アルバムのなかではその最後の曲が
個人的にもっとも気にいっている

※「ラッシング・ウォーター」と「ザ・ブリッジ」を聴ける
 You Tubeのアドレスを引用の最後に貼っておきます

スティング「ライナーノーツ」の最後には
「ビリー・ジョエルへの手紙」が
リスペクトを込めてユーモアたっぷりに記されている

ビリー・ジョエルは1986年に「ザ・ブリッジ」という
アルバムをリリースしているが
そのなかには「ザ・ブリッジ」という曲は収められいないので
「タイトルはぼくはいただく」というものである

かつてこうした素敵なアルバムを
何度も何度も聴いていた時代があったが
そんな体験をまたこのアルバムで持つことができるのは幸いである
70歳を迎えたスティングにこれからも注目していたい

■スティング『ザ・ブリッジ』
  (Universal Music 2021/11)

(スティング「ライナーノーツ」より)

「水といえば、このアルバムには多くの水が流れている。時にそれは雨であり、「ラッシング・ウォーター」〔奔流〕であり、正義の涙という形をとった浄化と浄罪、癒やしの水、聖餐、セラピーとしてのミス−−−−精神の本質であり、クリスタルのように澄んだ水。」

「ビリー・ジョエルへの手紙

 親しい友人のダウニーが今日の午後、トスカーナの我が家にやって来て、つい最近、君と話したと言っていた。それで、いつか書こうと思っていた君への手紙を、今書くよ。僕は非常に満足できるアルバムを完成したところだ。それは「ザ・ブリッジ」という曲で終わる。1986年に君が発表した素晴らしいアルバムが、同じタイトルだったことはもちろんよく知っている。しかし、君がその名を冠した曲を書かなかったという重大な戦術ミスを犯したのを知り、僕は思った。「だったら誰でも狙えるってことか!」。というわけで、すべてのミュージシャンは恥を知らない泥棒であり、この僕も例外ではないので、タイトルはぼくはいただく。もちろん、ライナーノーツでは名誉に値する形でそのことに言及しておくよ。

  美しいイタリアより愛を込めて
           スティング」

(大友博「ライナーノーツ」より)

「冒頭の「ラッシング・ウオーター」でスティングは、「迸る水の流れ、その音が頭を駆け巡る」と歌い、大きな魚の腹のなかで三日三晩を過ごしたヨナも登場させている。10曲目のタイトル・トラックでは、激しい勢いで水嵩を増す川の上にかかる橋、あるいはメタファーとしての「橋」を希求する強い想いのようなものを歌っている。

 その2曲だけではない。このアルバムに収められたほとんどの曲を通じて水は、さまざまな形態、イメージで描かれていく。たとえば、海、川、深い霧。あるいは、7年間も囚われの身にあった男が耐えつづけた、汚い水。またあるいは、老いた男が喉を潤すために求めるグラス1杯の水。

 スティング本人が、一般的な呼称のボーナス・トラックではなく、いかにも彼らしいスタンスでノヴェルティと紹介している11曲目以降もそうだ。トラディショナル曲で、故郷ノーサンバーランドを流れる川が主人公の「ウォーター・オブ・タイン」。そして、10代半ばで強い衝撃を与えられ、以来、つねに彼の大好きな曲リストの上位を占めつづけてきたというオーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」。そこから浮かび上がってくるイメージは、まさに水そのものだ(不世出のソウル・シンガーが急逝したのは、ゴードン少年が16歳の誕生日を迎えた直後のことだった)。

 水は、人が生きていくうで絶対に欠かせないものでありながら。さまざまな脅威を与えるものであり、また、とりわけ静かな海や穏やかな川の流れなど、目にしているだけで癒やしの感覚を与えてくれるものである。本作『ザ・ブリッジ』発表の少し前に70回目の誕生日を迎えているスティングは、その年代にありながらも果敢に精力的、意欲的な活動を展開しつづける芸術家として、ここでは、そういったさまざまな水のイメージを前面に押しだすことを選んだようだ。いや、ごく自然に、なにか大きなものにそういう方向に導かれたということだろう。2020年春以降の、この、まさに未曾有の状況が、スティングの創作活動をそこに向かわせたのだ。」

(「ラッシング・ウォーター」(日本語訳)より)

「何度この夢を見てきただろう?
 見る度にまどろみから覚めてしまう夢
 もう一度眠りするにはどうすればいい?
 『民数記』に出てくる羊の数を数えながら

 何度この夢を見てきただろう?
 君が川から僕の方へと歩み寄って来る夢
 いつまたもう一休みできるようになる?
 うまくいくのかどうか危ぶみながら

 これは迸る水の音
 溢れんばかりの勢いでこの脳裏を駆け巡る
 これは神の娘の声
 君の名を呼んでいる

 これは大気の圧の音
 のしかかる重さ3トンの圧力
 これは僕の不安の総和
 自分では測れないもの

 (・・・)

 この水に少しずつ身を慣らすんだ
 溢れんばかりの勢いで脳裏を駆け巡る水に
 この水にそっと足を踏み入れるんだ
 君の名を呼んでいる
 この水に少しずつ身を慣らすんだ
 溢れんばかりの勢いで脳裏を駆け巡る水に
 この水にそっと足を踏み入れるんだ」

(「ザ・ブリッジ」(日本語訳)より)

「そこに架け橋があるらしい
 その霧の中に
 そこにはないと言う者も
 そもそも存在すらしないと言う者もいる
 鉄製でも鋼でも石でもないが
 水かさを増していく川を渡す橋
 僕らは血と骨ばかりの人間でしかないが
 息子や娘達への責任の重みを背負っている
 今、平野は殆ど水浸しで
 僕らは山の背をよじ登る
 より上の高台を目ざす人もいれば
 橋を探す人もいるだろう

 水かさを増したあの川に、全てを押し流されたとしても
 どうにか橋を見つければ
 その時初めて僕らは救われる
 絵空事かと言い張る人もいるだろうが
 それでも僕は心の奥底にあり
 大抵の人の目には見えない
 街がすっかり水に沈んだ今
 この山の背では
 より上の高台を目指す人がいれば
 橋を探す人もいるだろう

 人々がくぐれるような門を開けよう
 皆が渡れる橋を架けよう
 川へと繋がる水門を開けよう
 人々が渡れるような橋を架けよう」

◎Sting - Rushing Water (Official Video)

◎Sting - The Bridge


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