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『MONKEY vol.27/特集 ラジオの時』(スイッチパブリッシング)

☆mediopos2777  2022.6.25

1938年10月30日にアメリカで放送された
オーソン・ウェルズによるラジオドラマ『宇宙戦争』

実際に火星人が襲来したとリスナーが信じ込み
全米がパニックに陥った…
という話は有名だが

そういえばその中身が実際どういう内容なのかは
H.G.ウェルズが1898年に発表した長篇『宇宙戦争』が
原作であることくらいしか知らなかった

『MONKEY vol.27/特集 ラジオの時』には
そのシナリオ全訳が掲載され
さらに1930〜40年代アメリカの
「ラジオドラマの黄金時代」の話や
「ラジオの出てくる物語」など
ラジオと物語の関係について光が当てられている

ラジオといえば中高生の頃は
ラジオで育ったというほどラジオ漬けだったが
その後しだいにラジオから遠ざかっている

テレビに主役を奪われ
いまやテレビもインターネットに主役を奪われているが
このところカセットテープやレコードが復権するように
ラジオメディアがあらためて注目されたりもしている

仕事の関わりでも
かつてはラジオ生中継とかいうことで
いろんなイベントで
ラジオメディアを使うことも多かった

その後その数はずいぶん減ってきていたが
そういえばちょうど今かかわっている仕事でも
イベント会場でのラジオ中継の提案を
久しぶりに企画書に入れたりしたところだったりするように
ラジオメディアはラジオメディアなりに
その特性が見直されているところもあるようだ

これからラジオメディアがどうなっていくかはわからないが
インターネットばかりが肥大していくなかで
それはそれとしながらも
かつてのメディアはメディアなりに
その特性を活かした使い方のなかで
それなりの地図を描いてゆくのだろう

さてラジオドラマ『宇宙戦争』が
大きな影響を及ぼしたことからもわかるように
メディアから流される情報は
それを真に受ける人が一定数存在する

ドラマでさえそうなのだから
現実のニュースとしてメディアから流される情報は
オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』どころの騒ぎではない
にもかかわらず騒ぎにならないということこそが恐ろしい

ニュースにのほとんどは大きなバイアスがかかっている
とくに世論の形成に拘わる情報に関しては
フェイクニュースが過剰に流されたりもする
学校教育をはじめとして
教えられ与えられたことに疑いをもたない場合
それが真実として理解されてしまうことになる

メディア・リテラシーは
情報そのもののバイアスもふくめ
それを読みとる力のことであるにもかかわらず
ほとんどのばあい教科書を読むようにしか
理解できていないことがほとんどのようだ

教科書も細部まで吟味して
書かれていないところまでで読みとれば
そこに嘘や誤魔化しなどがあることは明らかなのだが
それを最初から信じ込んでいれば
それにインプリンティングされてしまうことになる
そしていちどインプリンティングされると
そこから逃れることはむずかしくなる

■『MONKEY vol.27/特集 ラジオの時』
 (スイッチパブリッシング 2022/6)

(柴田元幸「ラジオドラマの時代」より)

「今日の人々が何はなくともスマホをオンにするように、人母とが何はなくともラジオのスイッチを入れ、大統領も国民に語りかけるためにラジオを利用した。アメリカの一九三〇−四〇年代はそういう時代だったのであり、その中でラジオドラマは多くの人にとって生活の中の大きな一部だった。」

「一九三八年十月三十日の晩、アメリカの人々は、「侵略」に反応する態勢ができていた。

 この年、ナチス=ドイツはさらに領土を拡げていた。三月、ヒトラーはオーストリアを併合し、九月のミュンヘン会議でチェコスロバキアのズデーテン地方を獲得。いまだ「対岸の火事」ではあったけれど、ヨーロッパでのこうした展開はアメリカでも逐一報道され、世界規模の戦争が始まるのではと多くの人々が懸念していた。invasionという言葉は、いつにない切迫感をもって聞こえていたのである。

 実際、放送の翌日、何も知らずに街を歩いていた、『宇宙戦争』の脚本を書いたハワード・コッチは、人々が興奮した様子で、“invasion”“panic”という言葉を口にしているのを聞いて、ドイツがまたどこか新しい地域に侵略したのか、とうとう世界大戦が始まったのだろうか。と思ったという。

 十月三十日の夜八時から何人の人々が『宇宙戦争』を聴き、そのうちの何人が本当に火星人が攻めてきたと思ったか、其れについては諸説があるようだが、たとえば一九四〇年に『火星からの侵入——パニックの社会心理学』を出版した世論研究者ハドリー・キャントリルは、およそ六〇〇万人のリスナーが番組を聴き、うち一七〇万人が事実だと思い込み、一二〇万人がパニックに陥ったと推定している。これらの数字には批判もあるようだが、翌日の全米の新聞第一面にこの「事件」に関する記事が大きく載ったことから見て、相当数の人々が異様な精神状態に至ったことは間違いあるまい。

 「だって番組の最初に、これはH・G・ウェルズの小説のラジオドラマ化ですっていうアナウンスがあるじゃないか」と思う人もいるかもしれない。だが当時からザッピングの習慣は存在していた。八時から別番組を聴いておたリスナーが八時十分ごろダイヤルを回したら、いきなり「ラジオをお聴きの皆さん、ここでダンス音楽を一時中断し……」と聞こえてくる——しかもそれは、きわめてリアルな、完璧にラジオ番組を模したラジオ番組なのだ。「これはドラマじゃないか」と疑うようなメディアずれした感性は、おそらく当時いまほど強くなかった。しかもすでに述べたように、人々の思考はあらかじめ「侵略」にチューニングが合っていた。そもそも途中から聞けば、火星からの襲撃の話だということもすぐにわかるとは限らない。ある調査によれば、恐怖に陥った人々のうち、これがエイリアンによる侵略だと理解した人は三分の一以下で、ドイツ軍侵略のことだと思ったり、あるいは侵略ということすらわからず何か大きな自然災害の報道だと思った人が大半だったという。いずれにせよ、多くの人がパニックして家を飛び出し、闇雲に駆け回り、信号もスピード制限も無視して車を疾走させた。騒ぎをいち早く察したニューヨークの警察が、放送をやめさせようとコロンビアのスタジオに入ろうとしたが、番組はもうほぼ終了していて、結局放送は最後まで予定どおり行ナわれた。

 そしてすでに述べたように、翌日の各紙の一面には、この番組が引き起こした騒動を伝える記事が大々的に載った。「フェイクのラジオ『戦争』が全米を恐怖に「ラジオのリスナーらパニック 戦争のドラマを事実と勘違い」「上院議員 電波検閲法を立案」……要するに世論は非難囂々、番組のディレクターでありプロデューサーのオーソン・ウェルズは謝罪を余儀なくされた。」

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