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『Liquid 液体 : この素晴らしく、不思議で、危ないもの』

☆mediopos-2357  2021.4.30

著者のマーク・ミーオドヴニクは
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの
「材料と社会」学部教授である

この本では仕事のための出張で
ロンドンからサンフランシスコまで
旅客機に乗ったときの
大西洋航路のフライトとそれに関わる
「奇妙にして素晴らしき液体」について語られる

そこではフライトのさまざまな局面と
それを実現している
燃焼・溶解・構造といった液体の性質
そして毛細管現象・液滴の形成・粘性
可溶性・圧力・表面張力など
液体の奇妙な数々の性質のおかげで
フライトが可能となっていることが示されていく

少し難解そうな「材料科学」の視点ではあるけれど
最初の「爆発」の章では
飛行機を魔法のランプに
魔神をケロシン(石油の分留成分)にたとえながら
液体の「爆発」する性質について語れていくように
各章のそれぞれで
液体の「不可解で謎めいた性質」が
興味深く示されていく

 第1章「爆発」現代の魔法のランプに乗って
 第2章「陶酔」アルコールの風味と毒に魅せられる
 第3章「深遠」水の振動と波の凄いエネルギー
 第4章「粘着」モノをくっつけて文明は進化した
 第5章「幻想」オスカー・ワイルドの夢をかなえた液晶
 第6章「本能」健康に欠かせない体液が嫌がられるわけ
 第7章「一服」最高においしいコーヒー・紅茶を味わう
 第8章「洗浄」液体石けんはアイデアの宝庫だ
 第9章「冷却」冷蔵庫から人工血液まで
 第10章「不滅」ボールペンを生んだ液体工学の天才
 第11章「曇天」上唇の水分子から放電する稲妻へ
 第12章「溶融」流動する液体の星の上に暮らして
 第13章「持続」都市を自己修復するテクノロジー

私たちが生きている物質世界は
基本的に固体と液体と気体でできているが

(物質世界以外にも光や熱や生命なども
私たちに影響しているものは存在しているが
それについてとりえずは外して考える)

あらためてこうして液体を「材料」としてみて
その性質に目を向けてみると
たしかにずいぶん「不可解で謎めい」ている
同じ物質であっても
液体であるがゆえに持ちえる性質を
「科学」的に正確にとらえ
それをコントロールしながら
活用しようとしているのがわかる

その液体という視点は
「材料科学」という視点をこえ
生命の誕生から地球のマントルまで
ずいぶん壮大な世界にまで関係している

液体は「水」
世界は四大である地と水と火と風
さらにいえば空という意識を加えた五大でできているが
そのなかで生命をイメージさせるのは「水」である

その「水」の流動するかたちに
なぜか魅せられるようになり
ここ数年来ずっとphotoposで
「水」の姿とでもいえるものをご紹介しているが
たしかに水は「不可解で謎」めいてみえることが多い
それらの姿はそれそのものが
「もの」の語る言葉でもあるのかもしれない

■マーク・ミーオドヴニク (松井信彦 訳)
 『Liquid 液体 : この素晴らしく、不思議で、危ないもの』
 (インターシフト (合同出版)  2021.4)

(「はじめに 不可解で謎めいた性質」より)

「液体を手なずけることで得られる威力や満足感は、旅客機での飛行に関わってくる液体に目を向けると何よりわかりやすい。。(・・・)本書はある出張でロンドンからサンフランシスコまで飛んだときの旅物語である。
 このフライトを語るのに、分子の言葉、鼓動の言葉、海の波の言葉を用いる。その狙いは、液体の謎めいた性質と、私たちが液体に頼るに至った経緯を明らかにすることだ。このフライトでは、アイスランドの火山、グリーンランドの広大な水源、ハドソン湾を囲むように点在する湖の上空を飛んだのち、太平洋沿岸を南下する。これだけ大きなキャンバスがあれば、液体について海から雲の水滴までというスケールで議論できるし、機内エンターテイメントシステムに使われている不思議な液晶、客室乗務員が運んでくる飲み物、そしてもちろん、機体を成層圏内で飛ばし続けている航空燃料についても見ていける。
 各章ではフライトのさまざまな局面と、それを実現している液体の性質、たとえば燃焼、溶解、醸造の力を取り上げる。また、毛細管現象、液滴の形成、粘性、可溶性、圧力、表面張力など、液体の奇妙な性質のおかげで世界中へ飛んでいけることを示していく。その過程で、液体はなぜ木を上り、山を下るのか、油はなぜ粘つくのか、波はどうやってあれほど遠くまで伝わるのか、ものはどのようにして乾くのか、液体が結晶でいられるとはどういうことなのか、自家製密造酒で自分を毒殺しないようにするにはどうしたらいいのか、そして何より大事かもしれない、完璧な紅茶はどうしたら淹れられるのかを明らかにする。」

「頼りがいのある固体に対し、液体はその別人格だ。固体の材料は人類の忠実な友で、衣服、靴、スマホ、自動車、そしてもちろん空港の形を永らく保つ。それに対し、液体は流れる。どのような形にもなるが、それは容器に収められていればこそで、そうでなければ絶えず移ろう。滲み出し、腐らせ、したたり、私たちの手に負えなくなる。固体物は、どこかに据えればそこに留まって力ずくの排除を拒み、建物を支えたり、各地に電気を送ったりと、えてしてとても有能な仕事をする。一方、液体は無法者で、何かとものを壊したがる。たとえば浴室では、水が亀裂から染み出して床下にたまることがないよう、絶えず目を光らせていなければならない。床下に達するとろくなことはせず、梁などの木材を腐らせてだめにするからだ。タイル張りの滑らかな床の上では、人を滑らせて転ばすのにうってつけの危険物と化して、大勢にけがをさせる。浴室の隅に集まれば、そこにぬめりとした黒いカビやばい菌が発生し、人体に侵入して具合を悪くさせる脅威となる。だがこれだけの背信行為がありながら、私たちはこの物質が大好きで、お湯につかったり、シャワーを浴びたりと、全身びしょぬれになることをいとわない。それに、ボトル入りの石けんやシャンプーやリンス、瓶入りのクリーム、チューブ入りの歯磨き粉といったあれやこれらのない浴室や洗面所など考えられない。奇跡のようなこうした液体を喜んで使っていながら、私たちは心配もする。体に悪い? がんを引き起こす? 環境を損なう? 液体の話では、満足と疑念が表裏一体だ。液体にはそもそも二面性がある。液体とは気体でも固体でもなくそのあいだを行くもの、不可解で謎めいたものだ。」

「ロンドンからサンフランシスコまでのこの旅物語でお伝えしたかったのは、ケロシンからコーヒーまで、エポキシから液晶まで、多種多様な液体を私たちが理解して御しているからこそ、旅客機でのフライトが、それも快適なフライトが実現しているということだ。触れなかった液体も多々あるが、網羅するつもりはなかった。心がけたのは、私たちと液体との関係を描き出すことである。私たちは何千年と、この魅力的で卑劣、新鮮でどろどろ、生命の源で爆発物、美味で毒、という物質状態の理解に努めてきた。今のところは、液体の持てる力をかなり利用しつつ、その危険から身を守っている(津波や海面水位の上昇についてはともかく)。これからもこれまで同様、液体は暮らしのあちこちに顔を出すと思うが、液体との関係は深まるだろう。」

「液体には二面性がある。液体とは気体でも固体でもない、その中間状態だ。液体は刺激的で強烈である一方、身勝手で少々怖ろしくもある。それが液体の性質だ。それでも液体をコントロールする力は概して前向きな成果をもたらし、私の予想では、人類が21世紀の終わりにこの世紀を振り返るときには、ラボオンチップによる医療診断や安価な脱塩技術を、平均寿命を延ばしたり、大量移住や紛争を防いだ大きな突破口として称賛するだろう。また、その頃には化石燃料を、特にケロシンを燃やすことからおさらばしているだろう。安い海外旅行、明るい陽射しのもとでの休暇、わくわくするような冒険を私たちが楽しめるのもこの液体のおかげだが、地球温暖化への影響が無視できないほど大きい。ケロシンの代替品としては、どのような液体が発明されるのだろうか? それが何であれ、離陸前の安全に関する説明という儀式は続けられているだろう。ひょっとすると、救命胴衣や酸素やマスクやシートベルトといった小道具は使われなくなっているかもしれないが、いつにせよ愛でる儀式が、危うくもありがたい液体の力を愛でる儀式が必要に違いない。」

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