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北野勇作『100文字SF』/『ありふれた金庫』

☆mediopos-3110  2023.5.24

SF小説家の北野勇作は
Twitterで毎日「ほぼ百字小説」を発表し
その数はすでに4000回を超えるという

北野勇作のことを知ったのは
ファンタジーノベル大賞(『昔、火星のあった場所』1992年)と
日本SF大賞(『かめくん』2001年)の受賞がきっかけだったが
それ以上のことは最近まで知らずにいた

ネコノス文庫の「シリーズ百字劇場」で
久しぶりにその名を目にし
「百字で何が書けるのか?」という興味で
読み始めるとこれがなかなかイケている

氏は落語台本「天動説」で
第1回桂雀三郎新作落語〈やぐら杯〉の
最優秀賞も受賞しているそうだが
百字小説には落語的なオチも効果的に使われていたりする

『100文字SF』が
すでにハヤカワ文庫で数年前に出ていたことに気づき
あわせて読んでみたが
たかが100文字されど100文字である

日本語には俳句・短歌などの定型詩が伝統的にあり
さすがに俳句の五七五・十七文字では難しくても
短歌の五七五七七・三十七文字のなかで
ある程度物語のエッセンスが表現されることもある

百文字あれば
俳句の三倍以上・短歌の三倍近くの文字数で
それなりの物語表現は可能なはずだ
じっさいに北野勇作の「ほぼ百字小説」を読むと
それはオチのついた物語詩として
充分に鑑賞可能な世界が展開されている
定型物語小説あるいは定型物語詩である

百文字は文庫一ページに
「視界の中に収まるほどの矩形に」
一作品が収められているが
その百文字世界には
高山羽根子の「解説」にもあるように
それなりのスケール感さえある

しかもなんといっても
それが数作品ではなく
すべて読んでいるわけではないが
じっさいは数千もつくられているのである

ちなみに『ありふれた金庫』に続き
『納戸のスナイパー』『ねこラジオ』も
ネコノス文庫で発売されるとのこと
楽しみである
(未読だが『納戸のスナイパー』はすでに刊行されている)

■北野勇作『100文字SF』(ハヤカワ文庫 2020/6)
■北野勇作『ありふれた金庫』(ネコノス文庫 2023/3)

(北野勇作『100文字SF』より)

「 鍵盤の上に風景を盛る。風景の
 底に数字を感じる。数字の歌う声
 を聞く。声を形として捉える。他
 にもいろんなことのできる人はこ
 こにはいて、いろんな能力を生か
 していろんなことをする全体を人
 間模様として見る人も。」

「 ここは主語の大きな世界。主語
 を急激に膨らませて世界を記述す
 ることで、自分も大きくなったと
 感じることができるのですね。い
 わゆるインフレーション主語宇宙。
 もちろん大きくなった分、構造は
 すかすかになります。」

「 今も回転している。回転を止め
 ると倒れてしまう。そして、倒れ
 たら死ぬ。だから生まれたときか
 らずっと回転し続けている。そう
 いう生き物なのだ。ずいぶん長い
 間、自分を中心に世界が回ってい
 ると彼らは考えていた。」

「 なかなかうまくいかない日々だ
 が、考えてみれば、すでに台本が
 あって稽古を重ねても本番がうま
 くいくとは限らないのだ。台本も
 稽古もないぶっつけ本番がうまく
 いくはずがない。今生は本番だと
 思わないことにしよう。」

「 必要があって部屋の隅からVH
 Sのテープを発掘。その近くから
 再生装置も出てきたが、再生され
 たのは砂嵐とあの世からのような
 かすかな声だけ。それでもこいつ
 の脳内でなら再生できるかも、と
 私も再生されたらしい。」

「 限定された空間と時間内ではあ
 るが、そう決めてそう思い込めば
 そうなることができる。つまり生
 きていると思い込めば生きていら
 れる。もっとも、思い込むのにも
 技術は必要。これからの世界でい
 ちばん必要まな技術かも。」

「 ほぼ、としたのか、数え方で字
 数が変わるからで、実際には百枡
 です。まあ細胞みたいなものかな。
 一枡目は空白。「、」にも「。」に
 も一枡使う。百枡目だけは文字と
 いっしょに「。」も入る。私はそ
 ういう生き物です。」

「 失うものなど無い者だらけにな
 ったから、その対策として失うも
 のなど無い者の間に上下を作る。
 失うものなど無い者を無くすため
 の対策ではなく。失うものなど無
 い者たちから、さらにエネルギー
 を取り出すための対策。」

「 こちらからすればあれは穴であ
 り、あちらからすればこちらは穴
 である。あちらとこちら、同時に
 存在することはできず、いずれか
 が存在できるとき、もう片方は穴
 なのだ。そういう関係性しか結べ
 ないものは以外に多い。」

(北野勇作『ありふれた金庫』より)

「 自分の身体を直接見るんじゃな
 くれ、鏡に映った自分を見ること。
 専制によく言われたな。自分の外
 から自分を観るのが学習にはいち
 ばんいいんだ、って。なるほど、
 それでぼくは作られたのか。もう
 ひとりの自分として。」

「 台本がついに最後まで出来た。
 さっそく覚える。なんだかんだ言
 っても、まず憶えなければ話にな
 らない。なのに、どうやら誰も憶
 えていないようなのだ。世界に台
 本があることから教えなければい
 けないらしい。奴らに。」

「 この宇宙の本質が弦の振動であ
 ることは、ある種の学界の奏者に
 とっては当たり前すぎるほど当た
 り前のことだが。楽器の種類によ
 ってその捉え方はだいぶ違ってい
 たりして、しかしもっと大きく捉
 えるとやはり同じか。」

「 急いで書き写す。消される前に
 書き写さねば。そんなふうに自分
 で自分を書き写すことで、我々は
 自分というものを継続してきた。
 それが当たり前のことなのだとず
 っと思っていたが、そうではない
 生き物もいるらしいな。」

「 同じ場面を何度も何度も繰り返
 している。これから起きることは
 もうわかっているから、次はもっ
 とうまくいくようにと色々やって
 みる。そして、皆そうしているら
 しいと気がつく。なんだよ。全員
 で時をかけているのか。」

「 少しずつ入れ替えていき、最終
 的にまったく違う自分になれるら
 しい。だいぶ変わってしまっただ
 ろうな。昔のあなただった部品も
 保管してますが、持って帰られま
 すか? いや、それはいい。皆さ
 ん、そうおっしゃいます。」

「 来週から人類は長いお休みに入
 るので、やりたいことは今のうち
 にやっておくように。えっ、休み
 になってからやろうと思ってたん
 ですけど。いや、そういうのじゃ
 ないから。そういうのじゃなけれ
 ば、どういうのなのか。」

「 月は出たと聞いて外に出たら、
 なるほど本当に出ている。ずっと
 昔に壊したはずなのに、なぜかま
 だ人間には見えるのだ。でも機械
 には見えないそうだから、やはり
 あれは幽霊か。あるいは機械たち
 が嘘をついているのか。」

(北野勇作『ありふれた金庫』〜高山羽根子「解説」より)

「あらゆるテキスト表現で、文字数はとても大切な意味を持っている。俳句や短歌、五言絶句みたいな定型詩はずっと昔からあるし、なぜか現代の私たちも、四百字詰め原稿用紙換算でお仕事をもらっている。
 著者の北野氏は落語や芝居にかかわっていて、自身が俳優でもあるため、自作の朗読イベントを開催している。彼はあるイベントで「四百字詰め原稿用紙一枚は朗読するとだいたい一分くらいだから、そういうふうに巧くできているんじゃないか」と話していた。文字数と発話の身体性との関係は、彼の作品を語る上での大きなポイントのひとつかもしれない。
 もうひとつのポイントはSNSという媒体だ。この本は、彼のツイッターカウントで発表されてきたもののち、彼自身が「SF」だと思った作品を掲載している。ツイッターは一記事が百四十文字以内に制限されている。これもきっと、なにかの身体的な約束ごとに関連しているのだろう。たとえばスマートフォンをスクロールしなくても視界にとらえることができる範囲の文字数だとか。
 一連の作品はこれまで、キノブックスから『じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』シリーズ三冊、ハヤカワ文庫JAから『100文字SF』が刊行されている。どれも、一ページの中に一作、つまりぱっと見た範囲に書き出しからお終いまで物語が存在する。この「視界に最初から最後まである」ということが、きっとすごく重要なのだ、
 北野氏はショートショートの作家ではない、と私は思っている。第四回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞『昔、火星のあった場所』という長編作品でデビューしているし、第二十二回日本SF大賞受賞の『かめくん』など、長編の名作を何作も著している。ただその一方で、短編の作品もほんとうに嬉しくなるほど素晴らしいものがいっぱいある。その魅力はでも、やっぱり、長編作家の持つスケール感に由来しているのだと感じている。
 そのスケール感が、視界の中に収まるほどの矩形に詰まっているっていう種類の奇跡。どうぞ、ぞんぶんに楽しんでください。」

◎北野勇作
1962年、兵庫県生まれ。
1992年、デビュー作『昔、火星のあった場所』で第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞、『天動説』で第1回桂雀三郎新作落語〈やぐら杯〉最優秀賞を受賞。2001年には『かめくん』で第22回日本SF大賞を受賞。『どーなつ』『北野勇作どうぶつ図鑑』『どろんころんど』『きつねのつき』『カメリ』『レイコちゃんと蒲鉾工場』ほか著書多数。
ライフワークとも言える【ほぼ百字小説】は、Twitterで毎日発表され続けており、その数は4000を超える。

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