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沖田 瑞穂『すごい神話』

☆mediopos2773  2022.6.21

多くの神話や昔話に見られる
「見るなの禁」は
「境界」に関わるものだ

「見てはならない」という
「禁止」を破ることで
「境界」が決定的になる

「鶴女房(鶴の恩返し)」では
機を織る部屋を開けて
妻の本当の姿を見てしまい
妻は去ってしまう

イザナキは
冥界に去ったイザナミの姿を
振り返って見てしまい
黄泉と地上
つまりは生と死の境が
ヨモツヒラサカで隔絶される

それと似た
オルフェウスとエウリュディケも
オルフェウスが振り返ってしまい
オルフェウスは一人地上に戻る

ホヲリはトヨタマビメのお産を覗いてしまい
トヨタマビメは海の世界に帰り
海と地上が境界づけられてしまう

「見るなの禁」の表現のされ方は
文化によって異なるが
基本となるテーマは「境界づけ」であるようだ

本書『すごい神話』は
世界各地にある神話の共通性を紹介するもので
それ以上の深掘りがなされたりはしないが

この地上世界の構築にあたっては
こうした「見るなの禁」を典型として
「境界づけ」ということが
重要な意味を持っていたということができそうだ

とはいえそうした神話は
これからも同じ神話のままである必要はないのではないか

イザナキとイザナミの話でいえば
イザナキはイザナミを見て逃げる必要はなく
むしろ抱き締めてしかるべきではなかったか
そんなことを思ってしまう

かつては境界づけのため
冥界から逃げる必要があったかもしれないが
現代ではむしろ
境界づけられすぎた生の世界に
死の世界への回路をひらく必要があるのではないか

違いは違いとしてあった上で
違いを越境する
つまりは再びむすぶということ

それが新たな神話になりますように

■沖田 瑞穂『すごい神話』
 (新潮選書 新潮社 2022/3)

(「38 仲良し夫婦の間にも秘密がある/インド神話の「見せるなの禁」」より)

「「鶴女房」の昔話は日本でよく親しまれている。「鶴の恩返し」と呼んだ方がわかるだろうか。機を織る部屋を開けて見ないでくださいねと言われたのに、男は見てしまい、妻を失うことになった。この昔話にも使われている「禁止」の意味は興味深い。」

「インドの二つの異類婚姻譚における禁止は、スショーバナーの場合は「自分が属する世界のものを見せてはならない」であり、他方のウルヴァシーの場合は「夫が属する世界のものを見せてはならない」であったと言い換えることができる。禁止の内容が、一方は異類の側、他方が人間の側、のように反転しているのだ。どちらにせよ、婚姻によって曖昧となっていた妻の「所属」が、禁止の侵犯によって決定的に明らかなものとなり、いったん別離せざるをえなくなる、という構造だ。

 妻の所属を隠すか(カエルとしての正体)、夫の所属を隠すか(男性の裸体)の違いはあるが、夫婦どちらかの所属、あるいはそれを象徴するものを隠すことで成り立っていた結婚が、禁止が破られることで顕在化し、別離に至るのだ。」

(「39 物語におけり「禁止」の意味とは/中国の神話「生死を司る星」」より)

「前講で扱ったのは異類婚姻譚に伴う「禁止」であたった。このような「禁止」の意味を考えるために有効なのが、中国に伝わる「生死を司る星」の話である。」

「北斗星と南斗星は、世界を動かすという意味のある碁を打っていたのだ。

 少年の給仕には一つ、「禁止」が課せられていた。「決して口をきいてはならない」という禁止だ。北斗星と南斗星は、世界を動かす「聖なる」営みの最中である。一方少年は、「俗」の世界に属する存在だ。その場で少年が口をきくことは、聖の中に俗を持ち込むことになる。それゆえに「口をきいてはならない」のだ。少年はそれを守ることができた。だから、寿命を延ばしてもらえた。

 「聖」の反対は「汚れ」ではない。「俗」、すなわちわれわれの営むこの日常である。それを「聖」の中に持ち込んではならない、ということを、この「生死を司る星」の話は「口をきくなの禁」によって説明しているのだ。

 前講から、インドと中国神話の「禁止」のモチーフについて見てきたが、インドの「見せるなの禁」は、異類婚における境界を曖昧にするという役割があった。一方の中国の「口をきいてはならない」の禁には、聖と俗の境界をはっきりさせておく役割があった。

 境界を曖昧にしたり、逆にはっきりさせたりする。神話における「禁止」のもつ意味は一様ではないことが見えてきた。しかし、何か「境界」と関わる、ということは確かである。」

(「40 「決して私の姿を見ないでください」/『古事記』の「見るなの禁」①」より)

「『古事記』上巻は、その冒頭と末尾(註:イザナキとイザナミ/ホヲリとトヨタマビメ)に、共通して「見るなの禁」のモチーフを出している。神話学者の古川のり子によれば、この二つの「見るなの禁」は、物語の上で同じ役割を担っている。その役割とは、「見るなの禁」が破られることによって、世界の秩序が整えられていく、というものだ。

 イザナミの場合、夫のイザナキによって「見るなの禁」が破られる。その結果、イザナミに追いかけられたイザナキは、黄泉と地上の境であるヨモツヒラサカを大岩で塞いだ。これにより黄泉と地上は、容易に行き来できない、互いに隔絶された領域となり、生と死の境界が整って、秩序が確立された。

 トヨタマビメの場合は、ホヲリが妻のお産を覗いてしまい、その結果トヨタマビメは海の世界に帰り、地上と生みの間の道を塞いだ。これにより、海と地上は、容易には行き来できない異なる世界として、境界が確立された、

 先に、「見せるなの禁」として、カエルのスショーバナーと天女ウルヴァシーの例を挙げ、これらの話が「境界」に関わる、という見通しを立てた。『古事記』の二つの「見るなの禁」もやはり、境界と関連する。特に「境界の確立」という役割をはっきりと担っている。」

(「41 「振り返って見てはならない」/世界中にある「見るなの禁」②」より)

「冥界のエウリュディケは当然、死者であり、オルペウスとはあるべき世界が異なる。その妻の姿を冥界で見ることで、オルペウスは意図せずに、冥界の存在と地上の存在である彼自身の境界をはっきりさせてしまった。境界を再構築させたのだ。そのためにエウリュディケは自分の所属する死者の国に留まり、オルペウスは一人で地上に帰らなければならなかった。あたかも、「見ること」にとって、両者の違い、境界が決定的になったかのようである。」

「メリュジーヌは、蛇女であっや。土曜日にその入浴を見てはならない、という「見るなの禁」が課されていたが、レイモンダンは破ってしまった。これにより両者は別離する。蛇と人間が結婚によって種族という境界を一時的に越えたが、「禁止」が破られることで両者は別離することになり、「越境」が正されて境界が再構築された、と読むことができる。」

「この「禁止の物語の法則」とも言うべきものは、日本の昔話でもおなじみのものだ。「鶴女房」をはじめとして数多くある。たとえば、日本の昔話「ウグイスの浄土」にも当てはまる。」
「この話の場合、ウグイスの里という異界に紛れ込んで越境した男が、見てはならない座敷のウグイス、すなわち女の本来の姿をみてしまう。これにより、境界が再構築されたと解釈できるのだ。」

●沖田 瑞穂『すごい神話』【目次】
はじめに

第一章 神話で世界を旅する
1.人間はなぜ死ぬようになったのか――インドネシアの「バナナ型」神話
2.エロスにはタナトスがついてくる――ナイジェリア神話「カメと死」
3.脱皮して若返る人間たち――オセアニアの「脱皮型」神話
4.神様だって年を取る――エジプト神話の「太陽神ラー」
5.月の表面には何がいる?――北アメリカの神話「月の蛙」
6.巨人の死体から生まれた世界――北欧神話『エッダ』の世界1
7.世界は一本の巨木で出来ている――北欧神話の「ユグドラシル」
8.分離する天と地――ニュージーランド神話のランギとパパ
9.人口過剰は洪水で解決する――インドネシアの「洪水」神話
10.「ノアの箱舟」は二次創作?――『ギルガメシュ叙事詩』の「洪水」神話
11.人口過剰は戦争でも調整することも――インド神話「大地の重荷」
12.イモ栽培は残酷か――「ハイヌウェレ型神話」を考える
13.トイレの怪談と神話をつなぐもの――インドネシアの月になった少女
14.運命を紡ぐ女たち――ギリシアの「糸紡ぎ」神話
15.世界を動かす機織り――インドの少年僧が見たものとは
16.少女はなぜ蜘蛛にされたのか――神々と人間が交わるギリシア神話
17.トリックスターは翻弄する――北欧神話『エッダ』の世界2
18.大切なものを盗む鳥たち――メソポタミア神話の「ズー鳥」
特別コラム1 なぜ敵と似てしまうのか――ゲーム「パズドラ」で神話の構造を考える

第二章 言葉と音と
19.吟遊詩人を怒らせてはいけない――ケルト神話の詩人の呪い歌
20.詩人になるためなら最高神も泥棒になる――北欧神話の「詩人の蜜酒」
21.名前にも魔力がある――エジプト神話の言霊
22.失われた「アダムの言葉」――旧約聖書「バベルの塔」
23.音楽には魔力がある――ギリシアの楽神オルペウス
24.神や魔を呼ぶ楽の音――フランスの民話」から日本の神話まで
25.異界と現世を結ぶ音――『ナルニア国物語』『ファウスト』
26.数字にも魔力がある――神話や昔話に「3」が頻出するわけ
27.もっとも美しい女神はだれか――ギリシア神話「トロイ圏伝承」三機能体系説
28.力や富を得るよりも、ヨーデルをうまく歌いたい――ドイツの昔話
29.三点一組の宝物――北欧神話とインド神話
30.世界中にある「三種の神器」――ケルト、スキタイ、日本
特別コラム2 いまを生きるサンスクリット語

第三章 女神と女性の神話
31.エバとマリア――罪とあがない
32.マグダラのマリア――悔い改めた女
33.処女なのか母なのか――アルテミス
34.一卵性母娘の女神――デメテルとペルセポネ
35.「呑み込む」母たち――大地の女神ガイアの暗闇
36.現代の呑みこむ少女母神――FGO「キングプロテア」
37.少女母神として考えてみる――FGOの「エウリュアレ」と「メディア・リリィ」
38.仲良し夫婦の間にも秘密がある――インド神話の「見せるなの禁」
39.物語における「禁止」の意味とは――中国の神話「生死を司る星」
40.「決して私の姿を見ないでください」――『古事記』の「見るなの禁」
41.「振り返って見てはならない」――世界中にある「見るなの禁」

第四章 インドの神話世界
42.日本人にもなじみがあるインドの神々――ヴェーダの神々
43.三人の最高神が司る世界――ヒンドゥー教の神話
44.悠久の時を生きるヴィシュヌ――ヴィシュヌとシヴァはどちらが偉い? 1
45.偉大なるシンボル・リンガとは――ヴィシュヌとシヴァはどちらが偉い? 2
46.「原初の愛」――カーマ・エロス・ムスヒ
47.ガンジス河の女神の秘密――なぜ子供たちを殺したか
48.『マハーバーラタ』の世界――神々と人間が織りなす豪華絢爛な大叙事詩
49.「対」の英雄――アルジュナとクリシュナ
50.もう一つの「対」の英雄――カルナとドゥルヨーダナ
51.骰子賭博は身を亡ぼす――『マハーバーラタ』の盤上遊戯神話
52.私たちは仮想現実の世界を生きている――『マハーバーラタ』のマトリックス
53.天と地の悲しみ――『ラーマーヤナ』の世界
おわりに

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