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小川楽喜『標本作家』

☆mediopos-3169  2023.7.22

小川楽喜『標本作家』は
第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作

個人的な受容の傾向としてではあるが
とくに二十一世紀に入ってから
SFというジャンルは
かつての輝きを感じられなくなってきている

たとえそれが
ネガティブなものであったとしても
かつては未来
あるいは未知の世界が
SFによってひらかれていく
そんな感覚を得ることもできたが

現代という時代背景もあるのだろうが
我をわすれてしまうほどに
想像力を刺激されるような作品に
出会えることは稀となった

本作も少し無理な設定と
扱われているテーマを展開させるには
かなり困難な素材であることもあり
SFとしてとらえると物足りないのだが

昨今話題の対話型生成AI
オープンAIの「チャットGPT」や
グーグルの「吟遊詩人」Bardのような
文章作成を可能にするツールや
音楽でいえば自動作曲を可能にするツールなど
過去に人間が作ったさまざまなデータベースを
解析することで可能になる世界ではなく

本作『標本作家』のように
あえてかつての「文豪」を甦らせることで
あらたな小説を執筆させるという
アナログすぎるほどの設定をむしろ面白く感じた

ストーリーは以下の通り

西暦80万2700年
人類滅亡後の地球
高等知的生命体「玲伎種(れいきしゅ)」は
人類文化の研究のため
歴史上の文豪たちを再生させて小説を執筆させていたが

ひとりの作家だけではなく複数の作家の作風と感情を
混ぜ合わせる〈異才混淆〉によって
導入されることで「共著」が強いられるようになり
作家の才能は枯渇させられるようになってしまっていた

作家と玲伎種の交渉役である〈巡稿者〉は
それに対して反逆し〈異才混淆〉をやめて
ひとりで書かせることを試みるように・・・

は80万年後の世界なのに
発想が作家による執筆というふうに
きわめてアナログなところがむしろ面白い
AIではなく身体をもった作家に書かせるという
とても人間くさいストーリー・・・

本書のタイトルは「標本作家」で
「作家」だけが問題となっているが
この発想による展開であれば
作家だけではなく標本作曲家や標本画家・標本哲学者
標本科学者・標本アスリートなども登場させると
身体をもった人間でしか可能ではない
「思考」や「感性」の「表現」のありようを
問い直すこともできそうだ

あらゆる過去のデータを集積させ
それにもとづいた編集によって可能になる「表現」と
それによっては可能とはならないだろう「表現」の可能性

■小川楽喜『標本作家』(早川書房 2023/1)

(「第一章 終古の人籃」より)

「人類がこの地上に生まれ落ちてから滅びるまでのあいだに、いったい、どれだけの物語が作り出され、認知されることもなく消えていったのでしょう。それを正確に数えることはできないけれど、私はその最期を看取る役を任されました。
「————————・・・・・・・・・」
 切り乱された髪の毛が、揺れて。
 左右で焦点の合っていない眼球が、裏返って。
 否応もなく、私はそちらへと意識を奪われます。
 目の前にいるそれは、もの云わぬ存在でありながら、私に使命を課したモノでした。
 髪の毛も、眼球も、それ単体で評価すればガラクタ同然の代物なのに、組み合わさることで調和がとれ、退廃的な美を醸し出しています。外見上は、きらびやかなドレスに身を包んだ球体関節人形。しかし、それは生きているのです。人類のあとに誕生し、繁栄した、新たな知的種族。言語を用いずとも他者との意思疎通が可能な、超常の生命体。
「・・・・・・・・・————————」
 私はそれと同席していました。ソファに座り、向かい合って、千を超える原稿用紙の束を、彼女に提出しています。彼女? ————————この生命体に性別があるかどうかはわかりません。けれども、その女性的な容貌に惑わされ、自然とそう認識するようになりました。
「コンスタンス」
 彼女の名を呼ぶと、それはわずかに反応しました。原稿用紙に落としていた視線をこちらに向け、次の言葉を待っています。その挙動は非人間的で、無機質で、たしかに私たちとは別種の生き物なのだと実感させられます。私は彼女に問いかけました。
「どう? ・・・・・・今回の、小説は」
 祈るような思いで、それだけを口にしました。
 コンスタンスからの答えは、直後、私の精神へと訴えかけてくるものでした。それは言語化される前の、思想の源泉、情緒の兆しといったもので、直感的に理解することができます。いま、私のなかに伝わってきたそれを、あえて言葉置き換えるのなら。次のような単語の羅列になるでしょう。
 退屈。凡庸。落第。拙劣。幻滅。陳腐。不快。屑。論外。愚にもつかない————————・・・・・・
 半ば予想していた返答に、それでも私は落胆し、彼女から目をそむけました。ここにある原稿は私が書いたものではありません。はるか過去から現代にいたるまで、歴史に名を残した作家たちによる共著なのです。ある者は十九世紀に、ある者は二十八世紀に。それぞれの時代にそれぞれが名を馳せ、世界的に重要な小説を発表したあと、死に、いまふたたび甦ってきました。そうして、標本として管理されるようになったのです。自由はありません。各時代の天才たちは人類を淘汰した新種族によって再生され、ちっぽけな館に押し込められて、そこで延々と執筆することを強いられています。
 この事業が発足してから、およそ数万年の時が経過したといわれています。標本化した作家たちは保存処理————不死固定化処置と呼ばれる施術を受けており、管理者が廃業しないかぎりは永遠に生きつづけます。すなわち、いつまでも死ぬことなく、老いることなく、小説を書きつづけなければならない身の上になったということです。
 私もまた保存処置を受けました。といっても、私自身は作家ではなく、作家の書き上げたものをまとめる、巡稿者という立場にすぎません。また、その肩書きに見合うほどの立派な仕事ができているわけでもありません。ただもうかつての偉人たちの要望に対して、うまく応えられずにいるなか、奉仕すす日々を送っています。彼らから受けとった原稿は文学史において最高の作品であるはずです。これ以上、望むべくもない物語であるはずです。が、それをもってしても、いま目の前にいる彼女の心を動かすのが不可能なようでした。
「————————・・・・・・」
 今回。コンスタンスが、以前にも増して不満げな様子でした。氷像のそれよりも冷たい瞳で私のことを見返しています。
 彼女のような知性体は、玲伎種(れいきしゅ)と呼ばれています。全大陸にわたって支配権を確保し、高度な文明を築くほど栄えているのに対し、私たち人類はもうずいぶんと前に滅亡してしまいました。ごく少数の、保存処置を受けた者だけが玲伎種の庇護下におかれ、標本として暮らしているだけです。
 現在は、八千二十七世紀。西暦にして八十万二千七百年。そろそろ世界は朽ち果てます。すでに滅びた人類にできることは何もありません。いまのところはコンスタンスの属する玲伎種がこの地球を治めていますが、それも永くはつづかないのかもしれません。」

■目次
○第一章 終古の人籃
○第二章 文人十傑
○第三章 痛苦の質量
○第四章 閉鎖世界の平穏
○第五章 異才混淆
○主要参考文献一覧
○謝辞
○第十回ハヤカワSFコンテスト選評

◎小川楽喜(おがわ・らくよし)
1978年生まれ。大阪府在住。元グループSNE所属。既刊に『百鬼夜翔 闇に濡れる獣──シェアード・ワールド・ノベルズ』など。

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