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鯨庭『言葉の獣 1』/鯨庭「石膏のヒポグリフ」 (『群像』11月号)

☆mediopos2885  2022.10.11

漫画『言葉の獣』は
言葉が獣の姿として見える「東雲」と
言葉とくに詩に強い関心を持つ「薬研」が
「いちばん美しい言葉の獣」を見つけるため
協力しあって言葉と向き合う物語である

東雲が「生息地」と呼ぶ場所に
獣たちは棲んでいる
その場所は
言葉がどう扱われるかによって
さまざまに変化する

興味深いテーマの漫画だと思っていたら
『群像11月号』に作者・鯨庭の
『言葉の獣』についての
「石膏のヒポグリフ」という随筆が掲載されている

「言葉について考えて視野を広げる行為と、
空想動物の隙間を描くことは似ている」のだという

「どちらも深く考えるには面倒な部分で立ち止まり、
粘り強く観察し疑問を抉り出して、
自分なりの答えを突き詰めようと」しなければならない

この観点はじぶんが投影する心的現象が
向こうからこちらに向かっているように見えるような
アストラル界での現象にも似ている

『言葉の獣』における「言葉」は
アストル界で生きている生物のような「言葉」が
その発する考えの質に応じて
その「獣」としての姿を変化させてゆくのだ

実際「言葉」というのは
辞書などで定義された概念として
静的に固定化されたものではない
それはつねにそれを使う者の心的な場のなかで
さまざまな姿をとって現れている
まさに変化する「獣」だ

そしてその「獣」は
それを投げかける者に働きかけ
見えないところで影響を与えるが
それはまたその言葉を発した者へと
フィードバックされることになる

その意味でも
自分が発する言葉が
目に見える形になっているとしたら
どんな姿をしているか
意識しておく必要がある

その言葉はたしかに
獣として生きて人の前に現れ
なにかを批判するときには
鏡に映るように
じぶんを襲う獣にもなるのだから

■鯨庭『言葉の獣 1』
 (torch comics リイド社 2022/5)
■鯨庭「石膏のヒポグリフ」
 (『群像 2022年 11 月号』講談社 2022/10 所収)

(鯨庭『言葉の獣 1』より)

「ほら
 君の「綺麗」だよ
 (・・・)
 君が今言った綺麗って言葉
 こんな形の獣だったよ!
 (・・・)
 私はね、
 獣の形を見ると
 他者が言った
 言葉の真意がわかるんだよ」

「この世で
 いちばん美しい
 言葉の獣を見つけたい
 (・・・)
 最初、獣が襲ってきたと
 思ったでしょ?
 実はああやって
 言葉の獣に
 襲われること
 たまにあるんだ」

「何気なく
 呟いた言葉が
 偶然一篇の詩になることは
 美しいけど

美しいものの
 輪郭を見たくて
 詩を書くことだって
 慈しむべきなんだ

それなのに
 詩を書くことを
 馬鹿にする風潮は
 どこまでも消えない

でも何かを
 言葉で掬いたいなら
 臆せず書かなければならない」

(鯨庭「石膏のヒポグリフ」より)

「私は漫画家として作品内に空想動物をたくさん登場させてきた。『言葉の獣』は他者が発した言葉が獣として見える東雲と、言葉に強い関心がある薬研が「いちばん美しい言葉の獣」を見つけるため協力し、言葉と向き合う物語だ。実在動物のようでよく見ると変わった姿の「言葉の獣」を、東雲は習性や特徴と共にスケッチブックに描きとめる。空想動物を詳細に描写し、生態を反映させるには実在動物の観察が欠かせない。動物園や図鑑で観察するのも良いが、動物を飼うと四六時中そばにいるからこそ見えてくる部分がたくさんある。」

「奇妙な姿の「言葉の獣」たちは東雲の空想なのか。それとも実在するのか。その正体を追って、ふたりは獣たちが棲む「生息地」に足を踏み入れる。さまざまな獣を通して言葉と遭遇し、その獣をよく観察し言葉を深く突き詰めていく。言葉について考えて視野を広げる行為と、空想動物の隙間を描くことは似ている。どちらも深く考えるには面倒な部分で立ち止まり、粘り強く観察し疑問を抉り出して、自分なりの答えを突き詰めようとする執着だからだ。それを漫画に落とし込むのはなかなか骨が折れるが、こんなに面白い仕事は他にないと思う。考えて考えて、考えた先に現れる空想動物は、こうべを垂れて私が頭を撫でるのを許してくれるのだ。」

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