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デイビッド・バリー『動物たちのナビゲーションの謎を解く/なぜ迷わずに道を見つけられるのか』・M・R・オコナー『WAYFINDING 道を見つける力/人類はナビゲーションで進化した』

☆mediopos2869  2022.9.25

鳥や虫の地球レベルの移動について
知られるようになったのはここ数世紀のこと

季節が変わると
鳥たちが現れたり消えたりすることにも
古代の人たちはいまから見みると
ずいぶん奇妙な説明を与えていた

たとえばアリストテレスは
夏に見かけるジョウビタキは
冬に姿を現すコマドリと同じ鳥だと考え
姿が変化したのだと考えていた

16世紀になっても
たとえばスウェーデンの大司教は
ツバメは湖の中で越冬していると考えていた

「渡り」ということを
想像することさえできなかったのである

実際はどうかといえば調べれば調べるほどに
動物たちは驚くべきナビゲーション技術を駆使して
数千キロ数万キロも旅をしていることがわかってくる

デイビッド・バリー
『動物たちのナビゲーションの謎を解く』は
そうした動物たちの驚くべきナビゲーションについて
現在わかっている研究結果を興味深く紹介している

動物たちが使っているナビゲーション技術は
「時間補正式太陽コンパス」「走行距離計」
「オプティックフロー」「イメージ照合システム」
「風向き、振動、匂い」「磁気」などなど
驚くべきものなのだが

かたや人間はどうかというと
そうした生体が発揮している技術を次々と失い
GPSのような機械に頼るばかりになってきている

合わせて紹介している
M・R・オコナー『WAYFINDING 道を見つける力』は
このmedioposでずいぶん前にご紹介したことがあるが
人間が失いつつある
まさに「道を見つける力」について考えるための
示唆的な内容となっているのであらためてとりあげる

かつて人間の使っていた生きたナビゲーション技術は
実践されなくなると失われていく

たとえばすべての移動にGPSを使うようになると
かつて使っていたナビゲーションの仕方は忘れられ
GPSがなければじぶんがどこにいるのかさえ
わからなくなってしまうだろう

たとえば海馬は長期記憶する際に
「何が」「どこで」「いつ」の記録には欠かせない
その海馬のはたらきは
GPSにたとえられることがあるようだが
GPSが認識するのは「変化しない空間のなかに
固定された場所や座標」でしかない
海馬が働かなくなれば
長期記憶そのものも働かなくなってしまう

それはナビゲーションにかぎらない
生きて学ばれなくなったことは失われていくことになる

わたしたちは迷いながらも
じぶんでじぶんを導きながら
「道」を見つける力を育てていかなければならない
それは「リアルな空間」だけではなく
思考・想像力にかかわる「概念空間」においても重要な
生きたナビゲーション力にほかならないからである

■デイビッド・バリー (熊谷玲美訳)
 『動物たちのナビゲーションの謎を解く/なぜ迷わずに道を見つけられるのか』
 (インターシフト 合同出版 2022/3)
■M・R・オコナー (梅田智世訳)
 『WAYFINDING 道を見つける力/人類はナビゲーションで進化した』
 (インターシフト 合同出版 2021/1)

(デイビッド・バリー『動物たちのナビゲーションの謎を解く』より)

「私がこの本で最初に取り上げたい疑問は、単純にこうだ。動物は(人間を含めて)どうやって自分の進む道を見つけるのだろう? (・・・)その答え自体がとてもおもしろいが、そこからさらに引き出される疑問をとおして、私たちが身の回りの世界との関係性を変化させつつあることが見えてくる。私たち人間は、とても長い間頼ってきた基本的なナビゲーションスキルを捨てつつあるのだ。いまや地球の表面どこにいても、自分のいる位置を苦労せず、正確に特定できるようになった、何も考えずに、ボタンを押すだけだ。それは考慮すべきことだろうか。」

「気がついていないかもしれないが、私たちは急速にナビゲーション音痴になりつつあるのだ。その運命を回避するには、可能なときにはスマートフォンや電子ナビゲーションシステムのことを忘れる必要がある。何も考えずにGPSに頼る代わりに、すっかり知っているルートを行くときでも、目を見開いて、脳を働かせるべきだ。ナビゲーションスキルをすっかり失いたいのでなければ、私たちは地球の言語を話す方法をもう一度学ばなければならない。」

「私たちはそれぞれ、人生の物語を方向づける、時間と空間の道をたどっている。それを人生の道と呼んでもよい。深い眠りから覚めたときに自分が誰か思い出せるのは、自分が過去にどこにいて、誰と出会い、どこで何をしてきたかを想起することにかかっている。こういったことは私たちに、個人としてのアイデンティティを維持しているという感覚を抱かせる。そしてそういう感覚がない人生は完全に崩壊してしまう。アルツハイマー病が進行した患者で起こっているのはそれだ。ナビゲーションの神経科学は、自己意識がどのように構築されるかを解き明かすことによって、私たちが自分自身を知り、さらに親戚である動物たちとの共通点がいかに多いかを理解する助けになっているのだ。」

(デイビッド・バリー『動物たちのナビゲーションの謎を解く』〜本書出版プロデューサー 真柴隆弘「解説」より)

「動物たちはナビゲーションの天才だ。地球を渡る数千キロ、数万キロの旅をするものたちもいる。なぜコンパスもGPSもなしに、迷わず進んでいけるのか? 本書はそんなナビゲーションの謎を、世界の第一線の科学者による研究や彼らへの取材によって解き明かしていく。
 まず驚かされるのが、そのしくみが極めて高度なことだ。最先端のAI・ロボット技術でも、とてもかなわない。たとえば、ほんのちっぽけな脳しかないアリたち。サバクアリの研究では、ナビゲーションに「e−ベクトル(人間には見えない偏光の向き)」「時間補正式太陽コンパス」「走行距離計」「オプティックフロー」「イメージ照合システム」「風向き、振動、匂い」「磁気」などなどを利用・駆使していることがわかってきた。
 本書には9万キロ(なんと地球2周分!)も旅する鳥から、時速90キロで一晩で600キロ以上も進むガまで、仰天エピソードも満載だ。ウミガメの子どもが生まれた場所から遙かな海洋の旅に出て、大人になってから産卵のためにまたそこにちゃんと戻って来る、という逸話にも感動させられる。なにしろ陸と違って、広大な海には目立つランドマークもない。いったいどんなやり方で戻ってくるのだろうか? どうやらウミガメはある種の「地図」を使っているらしい。それは地球を取り巻く磁場のマップだ。ウミガメはこうした磁気感覚(磁場強度と伏角をともに感知できる)を備えており、大洋を回遊していけるようだ。それだけではない。生まれた場所の磁気特性が胎内に刷り込まれていて、そのため元の場所に戻ってこれるというのだ。ミバエの研究では産卵後、胚の代謝過程において脳神経系に磁場情報が内在化し、孵化後も保存されて生殖細胞に伝えられ、子孫へ遺伝していくという。また、こうした動物たちの磁気センサーのしくみについては、「磁鉄鉱説」「光化学磁気コンパス説」「電磁誘導説」などが提唱されているが、まだ解明途上にある。
 ナビゲーションにかかわる脳神経科学も、急速に進展している。注目されるのは、ナビゲーション能力が、リアルな空間だけではなく、「概念空間」でも大きな役割をはたしていることだ。私たちの思考・想像力は、海馬をはじめとするナビゲーション関連の脳の働きに支えられている。」

(M・R・オコナー『WAYFINDING 道を見つける力』より)

「海馬は哺乳類の長期記憶の「何が」「どこで」「いつ」の記録には欠かせない。エピソード記憶が人類固有のものなのか、それともほかの生物にも存在するのかについては議論の余地があるものの、いまわかっているかぎりでは、生涯の出来事を思い返し、それを順番に並べてアイデンティティを構築できる動物はヒトだけだ。人類という種にかぎって言えば、海馬は自伝、つまりこれまでに生きてきた人生の物語が存在する場所だ、そして、想像力のエンジンでもある。海馬がなければ、自分自身を未来に投影したり、予測を立てたり、目標を思い描いたりすることは難しくなる。
 海馬はときにヒトのGPSとも言われるが、わたしたちの精神を形づくるこの驚くべき柔軟な領域が成し遂げていることを考えれば、その比喩は単純化しすぎだろう。GPSが認識するのは、けっして変化しない空間のなかに固定された場所や座標だ。それに対して、海馬の活動はひとりひとりに固有のものであり、わたしたちの観点、経験、記憶、目標、欲求をもとに場所の表象を構築していると神経学者は考えている。つまり、私たちの個性に応じたインフラを提供しているということだ。」

「ハイパーモビリティは、個人の領域と意識を世界の表面是対に広げることを可能にしてきた。だが、それを操るわたしたちの能力は、不安になるほどもろい。燃料が尽きたり充電が切れたりした瞬間に、はじけて霧散する。技術という杖なしでわたしたちが移動できる範囲は、実際には縮んでいるのかもしれない。そして、私たちが訪れる場所との親密さも薄くなっているのではないだろうか。わたしにはいま、そう思えてならない。」

「問題の一端は、親が我が子の時間を絶えず管理していることにある。「子どもたちの成長の過程から、組織化されていない、自分で自分を導く種類の活動。スポーツとは別の活動が失われていると思います。あてもなく歩いたり、偶然に足を踏み入れたりするような活動です。しかも昨今では、組織化された活動に参加していない子は、ほとんど罪人とみなされるような傾向がある」とスティルゴーは言う。「しかし、わたしの理解しているかぎりでは、うちの職場の同僚のほとんどは、少しばかり方向がわからなくなったおかげで自分のキャリアを見つけたようなところがあります。偶然、何かに出くわすことって、あるでしょう?」

「現在では、現代的な生活条件と技術により、生存に必要なスキルと知識が変化している。そして、学ばれなくなり、実践されなくなったスキルや技術は、いずれ失われる。「実践されないスキルは、例外なく失われます」。デューク大学の神経学者で口誦伝統の専門家でもあるデイヴィッド・ルービンはわたしにそう話した。「人間はかつて、荷車を組み立てていました。その技は消えてしまった。いまでは誰も自動車を修理できません。わたしも車を持っていますが、もはやオイルのチェックもできません。ものごとは変わっていくものです。わたしたちがバラッドを歌わなくなれば、それもいずれ失われるでしょう。しかし、だからといって、わたしたちがそれをする能力を失ったというわけではありません」
 昔ながらの文化では、ナビゲーションの習得は人生のごく早い時期にはじまることが多い。とはいえ、習得をはじめるのに遅すぎるということはない。そして、そのプロセスをはじめるのはとても簡単だ。遠くの場所への旅や金は必要ない。外へ出て、注意を環境に向けるだけでいい。それくらい簡単なことだ。下を向いて歩くか、上を向いて歩くかでも、違いがあるかもしれない。自分がすでに生活している場所をじっくり観察する。それを実践するだけでも手はじめになる。」

◎デイビッド・バリー『動物たちのナビゲーションの謎を解く』
目次

はじめに・・進むべき道を見つけるために

●PART 1 <地図なしのナビゲーション>
第1章・・生物がナビゲーションを始めたとき
第2章・・ファーブルの庭の昆虫たち
第3章・・厳しい環境を生き抜く力
第4章・・砂漠の戦争とアリ
第5章・・動物の見方を変えたすごい発見
第6章・・デッドレコニングと螺旋運動
第7章・・昆虫界の競走馬
第8章・・太平洋の島々をめぐる航海術
第9章・・鳥が真北を見つけられるわけ
第10章・・天の川とフンコロガシ
第11章・・匂いを道しるべにする動物たち
第12章・・鳥は匂いを頼りに巣に戻れるか
第13章・・音によるナビゲーションの謎
第14章・・磁気感覚の正体を探る
第15章・・大集団で数千キロも旅するチョウ
第16章・・なぜ針路をうまく修正できるのか
第17章・・スノーウィー山地の「闇の王」

●PART 2 <「地図・コンパス」ナビゲーション>
第18章・・動物はどんなマップを使っているか
第19章・・時差ボケのヨシキリが教えてくれたこと
第20章・・ウミガメの驚きの回帰能力
第21章・・コスタリカでの冒険
第22章・・生まれた場所の磁気を伝える遺伝子
第23章・・磁気の謎はどこまで解けたのか
第24章・・ナビゲーションの脳科学
第25章・・思考や創造力を支える

●PART 3 <なぜナビゲーションが重要なのか>
第26章・・地球の言語
第27章・・私たちはどこへ向かうのか

◎M・R・オコナー『WAYFINDING 道を見つける力』
目次

はじめに: 道を見つける

■PART 1 北極圏
第1章: 最後の道なき場所
第2章: 記憶の地景
第3章: 幼少期の記憶はなぜ消えるのか
第4章: 動物たちのナビゲーションの謎
第5章: ヒトの認知能力を飛躍させる
第6章: AIは物語を理解できるか

■PART 2 オーストラリア
第7章: スーパーノマド
第8章: ドリームタイムの作図法
第9章: 脳のなかの空間と時間
第10章: 雷の民のあいだで
第11章: あなたが左なら、わたしは北

■PART 3 オセアニア
第12章: 人類最古の科学
第13章: オセアニアの宇宙飛行士たち
第14章: 気候変動に抗する航海術
第15章: GPSが脳になりかわる
第16章: 迷子のテスラ

おわりに: トポフィリアの天性

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