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石井ゆかり「星占い的思考㉟教会の聖なる石」 (『群像 2023年02月号』/エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』

☆mediopos2976  2023.1.10.

かつて『海の向こうで戦争が始まる』(1980)という
村上龍の小説があったが
今海の向こうで起こっているように見える戦争は
今や全世界的なかたちで進行中である

表面的にはあるいは
メディアの極めてバイアスのかかった論調では
ただロシアがウクライナに侵攻したとなっているが
直接的かつ実質でいえばアメリカあるいはNATOが
ウクライナにロシアへの戦争を仕向けたものだ
もちろん戦争は「相互作用」なので
どちらかの立場だけの勧善懲悪は成立しない

エマニュエル・トッドによれば
「「今何が起きているのか?」を捉えるには、
政治や経済という「意識」のレベルではなく、
教育という「下意識」、さらには宗教や家族といった
「無意識」のレベルにまで下りていく必要があ」るという

表面的に飛び交っている「イデオロギー的言説」
(その多くはメディアを中心にした一方通行だが)よりも
「深い無意識の次元」にある
「家族構造(無意識)」から見た
「双系性(核家族)社会」と「父系性(共同体家族)社会」の
対立であるというのである

『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』を読むと
そのことは深く頷けるものでもあるのだが
おそらくそれだけではなさそうだ
「深い無意識の次元」には
あるいはそれとともにある別の次元の衝動が
そこには存在しているようにも思われる

おそらくこの対立はかつてルドルフ・シュタイナーが
ウッドロー・ウィルソンへの批判という形で示唆した
表面的には平和への提言を装った
極めて危険で偽善的な政治的な方向づけと関係している

それはともかくとして今回は
まさに現在進行中の世界的状況のなかで
私たちが注意深くなければならないであろうことを
石井ゆかりの「星占い的思考」からの
きわめて示唆的なところを引用しておくことにした

「2023年は水星と火星が逆行した状態で明けた。
1月半ばまで両者の逆行は続き、
特に山羊座で逆行する水星は、
牡牛座に滞在中の天王星と強い角度を結ぶ。
山羊座は権威、牡牛座は価値に関係に深い星座である」

「山羊座水星はたとえば「権威付けられた知」を示す。
これが逆行するのは、まさに「定説の捉え直し」が
起こりそうな配置」なのだ

「当たり前、当然」「正しい」「善」と思ってきたこと
それを「捉え直し」しなければならなくなる

現在もっとも大きな影響を与えている状況といえば
コロナウイルスやそのワクチンの問題
そして先ほどのロシア−ウクライナ戦争の問題である

それらについて
「当たり前、当然」「正しい」「善」だと
メディアも政府も「プロパガンダ」し続けていることが
否応なく「捉え直し」を迫られるということでもあるだろう

「権威とプライド」がそこでは問題となる
その際「過去の誤りを認めること」ができるかどうか
わたしたちはみずからもふくめ
そのことに注意深くあることが求められる

石井ゆかりは「それでも尚」という

教える者は教えたことを
権威ある者はみずからの権威を
プライド高き者はみずからのプライドを
知的であると自認する者は自らの驕りを
「それでも尚」とあえて
「捉え直」すことができるかどうかが問われる

■石井ゆかり「星占い的思考㉟教会の聖なる石」
 (『群像 2023年02月号』講談社 所収)
■エマニュエル・トッド(堀茂樹訳)
 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上/我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』
 (文藝春秋 2022/10)
■エマニュエル・トッド(堀茂樹訳)
 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下/民主主義の野蛮な起源』
 (文藝春秋 2022/10)

(石井ゆかり「星占い的思考㉟教会の聖なる石」より)

「〝たとえば時として天から石が降ってきたということを証言するような古い報告書があって、いくつかの教会や修道院でそのような石が聖遺物として大切に保存されていた。そのような報告書は十八世紀には迷信として片付けられ、修道院に対してはそのような価値のない石は捨ててしまうよう要請された。(中略)学士院は、どこかの古い言語hで、鉄とは、時おり天から降ってくる物質である、と定義されていたという一節までも、その決議に基づいて取り去ろうとさえした〟
 (W・ハイゼンベルク著『部分と全体 私の生涯の偉大な出会いと対話』みすず書房)」

「2023年は水星と火星が逆行した状態で明けた。1月半ばまで両者の逆行は続き、特に山羊座で逆行する水星は、牡牛座に滞在中の天王星と強い角度を結ぶ。山羊座は権威、牡牛座は価値に関係に深い星座である。また、このところ火星が長期滞在している双子座は、知の星座であり、古くは宗教の星座でもあった。この配置を目にしたとき「教会の隕石」の話を思い出したのだ。山羊座水星はたとえば「権威付けられた知」を示す。これが逆行するのは、まさに「定説の捉え直し」が起こりそうな配置ではないか。双子座火星は「議論」、古くは「宗教的論争」と解釈されたという。この配置が始まったのは2022年8月末だが、日本社会はまさにこの間、ずっと「宗教」にまつわる論争と付き合ってきた。宗教も、科学も、「信じること」と無関係でいられない。「当たり前、当然」「正しい」「善」と思ってきたこと。その「捉え直し」は、プライドの傷つく、とても辛い行為である。山羊座はプライドの星座でもある。権威とプライドは切っても切れないもので、だからこそ孔子は「君子豹変す」と言ったのだろう。本当に偉い人は、その苦しみを超越できるのだ。君子ならざる凡庸な私などは、小さなプライドにしがみついて、過去のまちがいを思い出すだけで赤面し、無意識に変な声が出てしまう。それでも尚、過去の誤りを認めることには、意義がある。世間にはそれを嘲笑する人もいれば、「水に落ちる犬を叩く」人もいる。凡百のやることはこれほどに小さい。しかし、それでも尚。この言い方が、私は好きだ。心の中に「それでも尚」を、いつも持っていたい。山羊座は権威の星座である以上に、「リアル、現実」の星座でもある。本当の山羊座の水星逆行とは、「それでも尚」の強さなのだ、と私はイメージしている。」

(エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上』より)

「『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』————こうしたタイトルを掲げている以上、この度、日本語版を刊行するにあたって、現下の戦争に触れないわけにはいきません。私がとくに強調したいのは、この戦争は政治学、経済学では的確に捉えられず、人類学的に解釈する必要がある、ということです。

 本書の原書はフランスで二〇一七年に刊行されました。つまり五年前の本ですが、ドイツによる東欧人口の簒奪、人口流出によるウクライナの破綻国家化、ロシアとウクライナの家族構造の違い、西洋に蔓延する非合理的なロシア恐怖症(フォビア)など、この本には、現在、ウクライナで起きている戦争を理解するために重要なポイントがほぼすべて盛り込まれていると自負しています。ロシアによるウクライナへの侵攻が始まった直後、戦争がいつまで続くのか、今後どうなるのか、先を見通すのが困難だった状況のなかで、日本の月刊誌『文藝春秋』の取材に応じ、その後、新書(『第三次世界大戦はもう始まっている』)を刊行できたんは、まず私にとって日本が一種の「安全地帯」だからですが。私がすでに本書を執筆していたからでもありました。

 「西洋の不安」「西洋の当惑」から本書は議論を始めています。みずからの状況を理解できないという無力感が西洋社会を覆っています。広義の「西洋」に私は日本も含めていますが、なぜ西洋はみずからの状況を理解できないのか。それは、経済学が支配的なイデオロギーとなりすべては「経済」によって決まるという経済決定論が思考停止を招き、マルクス的な意味での「虚偽意識」が世界の現実を直視するのを妨げているからです。

 こうした経済至上主義的アプローチに対して、本書で私が提示したのは、人間の行動や社会の在り方を「政治」や「経済」より深い次元で規定している「教育」「宗教」「家族システム」の動きに注目する人類学的なアプローチです。
 (・・・)
「今何が起きているのか?」を捉えるには、政治や経済という「意識」のレベルではなく、教育という「下意識」、さらには宗教や家族といった「無意識」のレベルにまで下りていく必要があり、こうした人類学的アプローチは、西洋とロシアの間ですでに始まってしまった戦争を理解する上でも有効です。」

「現在、NATOとロシアの間で戦争が起きています。また台湾をめぐって米国と中国の間で軍事的緊張が高まり、日本も巻き込まれています。「戦争」こそ「相互作用」の最たるものです。(・・・)

 まず強調したいのは、経済的グローバリゼーションにおける各国の「相互作用」を理解するにも、私が提案する人類学的アプローチが有効だ、ということです。

 現下のグローバリゼーションでまず目につくのは、「生産」に特化する国々と「消費」に特化する国群への分岐が生じていることです。
 「生産」に特化しているのは、中国、ドイツ、ロシアです。二〇二一年のGDPに占める貿易収支の割合と財の輸出額を示した表を見ると、「生産」に特化している中国、ドイツ、ロシアが貿易収支で黒字となっていて、「消費」に特化している米国、イギリス、フランスで赤字となっています。
 長年、「生産」に特化し、伝統的に貿易黒字国だった日本はマイナス〇・二%となっています。」
「経済のグローバリゼーションが進むなかで、「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」への分岐がますます進んでいることが確認できます。

 その地理的分布を見ると、ロシア、中国、インドという米国が恐れている三国がユーラシア大陸の中心部に存在しています。ロシアは「軍事的な脅威」として、中国は「経済的な脅威」として、インドは「米国になかなか従わない大国」として、それぞれ米国にとって無視できない存在なのです。ここで重要なのは、この三国がともに、「産業大国」であり続けていることです。ロシアは、天然ガス、安価で高性能な兵器、原発、農産物を、中国は工業完成品(最終生産物)を、インドは医薬品とソフトウェアを世界市場に供給しています。
 それに対して、米国、イギリス、フランスは、財の輸入大国として、グローバリゼーションのなかで、自国の産業基盤を失ってしまいました。

 この両者の違いを人類学的に見てみましょう。
「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」は、伝統的に、個人主義的で、核家族社会で、より双系的で(夫側の親と妻側の親を同等にみなす)、女性のステータスが比較的高いという特徴が見られます。
「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」は、全体として、権威主義的で、直系家族または共同体家族で、より父系的で、女性のステータスが比較的低いという特徴が見られます。
 要するに「経済構造」と「家族構造」が驚くほど一致しているのです。」

「この戦争は「奇妙な戦争」です。対立する二つの陣営が、経済的には極度に相互依存しているからです。ヨーロッパはロシアの天然ガスなしには生きていけません。米国は中国製品なしには生きていけません。それぞれの陣営は、新しい戦い方をいちいち「発明」する必要に迫られています。互いに相手を完全には破壊することなしに戦争を続ける必要があるからです。

 なぜこの戦争が起きたのか。軍事支援を通じてNATOの事実上の加盟国にして、ウクライナをロシアとの戦争に仕向けた米英にこそ、直接的な原因と責任があると私は考えます。しかし、より大きく捉えれば、二つの陣営の相互の無理解こそが、真の原因であり、その無理解が戦争を長期化させています。

 現在、強力なイデオロギー的言説が飛び交っています。西洋諸国は、全体主義的で反民主主義的だとしてロシアと中国を非難しています。他方、ロシアと中国は、同性婚の容認も含めて道徳的に退廃しているとして西洋諸国を非難しています。こうしたイデオロギー(意識)次元の対立が双方の陣営を戦争や衝突へと駆り立てているように見え、実際、メディアではそのように報じられています。

 しかし、私が見るところ、戦争の真の原因は、紛争当事者の意識(イデオロギー)よりも深い無意識の次元に存在しています。家族構造(無意識)から見れば、「双系性(核家族)社会」と「父系性(共同体家族)社会」が対立しているわけです。戦争の当事者自身が真の動機を理解していないからこそ、極めて危うい状況にあると言えます。」

「コーネル大学の歴史学者ニコラス・マルダーの『経済制裁という武器』という本がありまうs。奇しくもロシアによる侵攻の直前に刊行されたのですが、現下の戦争を考える上で非常に示唆に富んでいます。

 マルダーによれば、今日の「経済制裁」の起源は、第一次世界大戦の英仏による「対独兵糧攻め」、すなわち徹底的な経済封鎖にあります。しかし、こうした強圧的な戦時の手段が、その後、国際連盟で採用され、平時においても「平和維持」の名のもとに使われるようになったのです。

 「経済制裁」は、今日でも国際秩序を擁護する方法として、戦争に代わるものとして期待されていますが、元来、相手国の全面的な破壊を目論む「総力戦・殲滅戦」の発想から生まれたものです。一見、「戦争」を回避するための「平和的手段」に見えても、その究極の目的は「相手国の破壊」にある、かなり暴力的な手段なのです。現在、西洋諸国とロシアが互いに課している経済制裁は。長期化すればするほど、双方にダメージを与えるでしょう。しかし、西側メディアの論調とは違って、ロシア経済よりも、「消費」に特化した西側経済の脆さの方が今後露呈してくると私は見ています。

 ここで次のような問いが浮かんできます。西側の指導者たちは、歴史を忘却し、経済制裁という手段の暴力性を忘れたがゆえにロシアに対してこれを採用したのか、あるいはイラクやイランに対して制裁を課してきた彼らはその暴力性を十分自覚した上でこれを採用したのか。私には後者にしか見えません。

 西側とロシア(中国)との対立は、無意識次元の人類学的な対立です。しかし、そのことを戦争の当事者がまったく意識できていないのです。二つのシステムの間に完璧なほどの「相互無理解」があります。ここにこそ、この戦争の最大のパラドクスがあり、それゆえに、この戦争を終わらせるおmは容易ではなく、より激しいものになる可能性があります。」

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