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『NHKラジオ深夜便 絶望名言』(頭木弘樹・ NHK〈ラジオ深夜便〉制作班 ・根田知世己 ・川野一宇)

☆mediopos-3164  2023.7.17

NHK〈ラジオ深夜便〉に
『絶望名言』というコーナーがある

名言の選定は文学紹介者の頭木弘樹
司会はアナウンサーの川野一宇

なぜ「希望名言」ではなく「絶望名言」なのか

頭木弘樹は大学生の時に難病を発症
十三年間に及ぶ療養生活を送り
その経験から当時救いとなった言葉を
「絶望名言」と名付け
『絶望名人カフカの人生論』として刊行している

「名言」の多くは
ひとを励ますようなものだと思われがちだが
必ずしもそうした名言が魂に響くとは限らない

「みんなのミシマガジン」に
仲野徹「こんな座右の銘は好かん!」という連載があるが
名言も座右の銘もそれがフィットするときと
むしろ逆に働いてしまうことがある

言葉はその言葉の表面的な意味どおりに
働いてくれるとはかぎらず
むしろその表面の裏の影の部分が
働いてしまうことも多いのだ

絶望しているときに
「明るい気持ちでいれば、幸せなことしか起きない」
と言われても
悲しいときに明るい歌が響かないのと同じで
決して救いにはならない

「絶望名言」の効果は同種療法(ホメオパシー)と同じで
「絶望」には「絶望」をあてることで
その働きを「絶望」とは逆方向に作用させることができる

「辛い時には、絶望的な言葉のほうが心にしみて、
逆に救いになる時があるんじゃないか」ということで
そんな言葉のことを「絶望名言」と呼び
文豪の言葉から選んでラジオで紹介したものを
書籍化したのが本書である

とりあげられている「文豪」は
カフカ・ドストエフスキー・ゲーテ
太宰治・芥川龍之介・シェークスピア
中島敦・ベートーベン・向田邦子
川端康成・ゴッホ・宮沢賢治の12人

引用では各回の最初に紹介されている名言を
ピックアップしてご紹介しているが
なかなかの「絶望」の名言である

絶望といっても
それは人の数だけの絶望の仕方があって
同じ処方箋というわけにはいかないだろうが

多くのひとの心をふるわせて
癒やしてくれる悲しい曲があるように
「絶望名言」にもそれなりに
「絶望」への救いとして効果的に働いてくれそうだ

ひとの感情はとても複雑で
絶望感のある感情を変容させるのはむずかしい
ネガティブなときはとくにそうだ
その場所は迷路のように出口がない

最近よく話題になる
ネガティブ・ケイパビリティという
答えのでない事態に耐える能力があるが
おそらく「絶望名言」は
「絶望」への「共感」という負の力を
引き出してくれるのだろう
負には負を掛けることで正へと向かうように

■頭木弘樹・ NHK〈ラジオ深夜便〉制作班 ・根田知世己 ・川野一宇
 『NHKラジオ深夜便 絶望名言』(飛鳥新社 2018/12)

(「第1回放送 絶望名言 カフカ」より)

「ぼくは人生に必要な能力を、
 なにひとつ備えておらず、
 ただ人間的な弱みしか持っていない。
 (八つ折り判ノート)
 無能、あらゆる点で、しかも完璧に、
 (日記)」

「川野/病気、事故、災害、あるいは失恋、挫折。受け入れがたい現実に直面した時に、人は絶望します。
 古今東西の文学作品の中から、絶望に寄り添う言葉をご紹介し、生きるヒントを探す、シリーズ『絶望名言』。川野一宇です。
 解説、そして名言の剪定は、文学紹介者の頭木弘樹さんです。
 どうぞよろしくお願いいたします。」

「川野/頭木さんは、大学生の時に難病を発症し、十三年間に及ぶ療養生活を送りました。その経験から、悩み、苦しんだ時期に救いとなった言葉を「絶望名言」と名付けて、名言集『絶望名人カフカの人生論』を出版されました。
 先日放送された「ラジオ深夜便」の『ないとエッセー 絶望したらカフカを読もう』でも、その名言をご紹介いただきました。
 あらためてうかがいますが、この「絶望名言」とは、どういうものなんでしょう?

 頭木/「名言」というと、普通は人を励まして、前に進ませてくれるようなものが名言だと思うんです。そういう名言ももちろん必要ですし、なくてはならぬものだと思うんえす。たとえば「あきらめずにいれば夢はかなう」とか、「明るい気持ちでいれば、幸せなことしか起きない」とか。素晴らしい言葉ですよね。
 ただ時には、そういうすばらしい言葉は、ちょっとまぶしすぎることもあります。たとえば、どう頑張っても夢がかなわなかった時に、「あきらめずにいれば夢はかなう」という言葉はやっぱりちょっと辛いですし、辛いことが起きた時に、「明るい気持ちでいれば、幸せなことしか起きない」と言われても、それはもうちょっと自分には遠い言葉ですよね。
 たとえば、失恋した時には、やっぱり失恋ソングのほうが気持ちにぴったり来ると思うんです。悲しい時には、悲しい曲を聞きたくなるということはありますよね。
 それと同じで、辛い時には、絶望的な言葉のほうが心にしみて、逆に救いになる時があるんじゃないかなと思うんです。そういう言葉のことを「絶望名言」というふうに呼ばせていただきます。

川野/なるほど。「絶望」と「名言」というのが、最初のうちはちょっと、「え?ピタッとつながらないかな?」というふうに思わないでもないんですけれども。でもネガティヴな言葉が、かえって絶望に効くということなんですかね。

頭木/そうですね。薬みたいに効くわけではないですけれども、そういうネガティヴな言葉というのは、普通、かえって暗い気持ちになると思われやすいんですが、必ずしもそうではなくて、辛い時には逆にそういう言葉のほうが、自分と一緒にいれくれて、気持ちをよくわかってくれて、それが救いになることも多いと思うんです。

川野/(・・・)番組の冒頭でご紹介したカフカの言葉は、頭木さんに一番好きな絶望名言として選んでいただきました。

(・・・)

頭木/ぼくは大学三年の二十歳の時いん、突然難病になってしまいまして、その時点では、医師から「もう一生就職も進学もできず、親にずっと面倒を見てもらうしかない」というふうに言われたんですね。
 ベッドに寝ているだけの存在になってしまって、もうまさに、人間的な弱みしか持っていない状態になって、完璧に無能な状態になってしまったんです。そういう時に読んだ、この言葉というのは、やっぱりすごく感動したんです。」

(「第2回放送 絶望名言 ドストエフスキー」より)

「まったく人間というやつはなんという厄介な苦悩を
 背負い込んでいかなければならないもんなんだろう!
 (創作ノート)
 人生には悩みごとや苦しみごとは山ほどあるけれど、
 その報いというのものははなはだすくない。
 (作家の日記)
 絶え間のない悲しみ、ただもう悲しみの連続。
 (書簡集)」

(「第3回放送 絶望名言 ゲーテ」より)

「絶望することができない者は、生きるに値しない。
 (詩 格言風に)
 快適な暮らしの中で想像力を失った人達は、
 無限の苦悩というものを認めようとはしない。
 でも、ある、あるんだ!
 どんな慰めも恥ずべきものでしかなく、
 絶望が義務であるような場合が。
 (親和力)」

(「第4回放送 絶望名言 太宰治」より)

「駄目な男というものは、
 幸福を受取るに当たってさえ、
 下手くそを極めるものである。
 (貧の意地)
 弱虫は、幸福をさえおそれるものです。
 綿で怪我をするんです。
 幸福に傷つけられる事もあるんです。
 (人間失格)」

(「第5回放送絶望明言 芥川龍之介」より)

「どうせ生きているからには、
 苦しいのは、
 あたり前だと思え。
 (仙人)」

(「第6回放送 絶望名言 シェークスピア」より)

「あとで一週間嘆くことになるとわかっていて、
 誰が一分間の快楽を求めるだろうか?
 これから先の人生の喜びのすべてと引き換えに、
 今ほしい物を手に入れる人がいるだろうか?
 甘い葡萄一粒のために、
 葡萄の木を切り倒してしまう人がいるだろうか?
 (ルークリース)」

(「第7回放送 絶望名言 中島敦」より)

「己は詩によって名を成そうと思いながら、
 進んで師に就いたり、
 求めて詩友と交わって、
 切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。
 己の珠にあらざることを倶(おそ)れるが故に、
 敢えて刻苦して磨こうともせず、
 ますます己の内なる臆病な自尊心を
 飼いふとらせる結果になった。
 この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
 (山月記『中島敦全集』筑摩書房)

(「第8回放送 絶望名言 ベートーヴェン」より)

「私は何度も神を呪った。
 神は自らが創り出したものを、
 偶然のなすがままにして、かえりみないのだ。
 そのために、最も美しい花でさえ、
 滅びてしまうことがある。
 (友人の牧師カール・アメンダへの手紙 一八〇一年七月1日)」

(「第9回放送 絶望名言 向田邦子」より)

「じいちゃんは悲しかったのだ。
 生き残った人間は、生きなくてはならない。
 生きるためには、食べなくてはならない。
 そのことが浅ましく口惜しかったのだ。
 (『冬の運動会』大和書房)」

(「第10回放送絶望明言 川端康成」より)

「言葉が痛切な実感となるのは、
 痛切な体験のなかでだ。
 (『虹いくたび』新潮文庫)

(「第11回放送 絶望名言 ゴッホ」より)

「春なのだ、
 しかし何と沢山な、
 沢山な人々が悲しげに、
 歩いている事か。
 (「テオへの手紙」『ファン・ゴッホの手紙』二見史郎・編訳 圀府寺司・訳 みすず書房)

(「第12回放送 絶望名言 宮沢賢治」より)

「わたしのやうなものは、
 これから沢山できます。
 私よりもつともつと何でもできる人が、
 私よりもつと立派にもつと美しく、
 仕事をしたり笑つなりして行くのですから。
 (「グスコーブドリの伝記」『宮沢賢治全集8』ちくま書房)

(「あとがき」より)

「一人の体験、一人の苦しみは、一人だけのものでしょうか?文豪たちの絶望名言がそうであるように、一人の苦しみを突きつめると普遍性を持つものです。この番組はそのプロセスの実践です。それは文豪とコラボして、自分の絶望にあわせてカスタマイズした新たな絶望名言をつくっていく試みでもあります。
 その一方で、すべての絶望が言葉にできるわけではなく。「言葉で表現できない絶望」もあることも伝えていきます。言葉を超える絶望が確かにある。その事実に謙虚でありたいと思っています。

 もちろん言葉にしたところで目の前の現実が変わるわけでもなく、即座に解決策が見つかるわけでもありません。
 でも言葉にすると、ほんの少しですが絶望と距離が生じます。そしてその間にかすかい風がそよぐ、ちょっとやわらぐ、それが「絶望名言」だと思っています。
 依然として絶望の中にあっても、この番組を聴いて、あと一回くらい息を吸ってもいいかなと思っていただけたら幸いです。」

◎頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)
文学紹介者。筑波大学卒業。編訳書に『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社/新潮文庫)、『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ 文豪の名言対決』(飛鳥新社/草思社文庫)、著書に『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』(春秋社)、『絶望読書』(飛鳥新社/河出文庫)。選者を務めたアンソロジーに『絶望図書館 立ち直れそうもない時、心に寄り添ってくれる12の物語』(ちくま文庫)がある。

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