ジュニア世代のサッカー挑戦2022 ~クラブチーム選び①~ Argentinos Juniors他
ご訪問ありがとうございます。
父子でアルゼンチンに移住して、サッカーに挑戦する日々。
サッカー環境を求めてアルゼンチンに来たはいいが、所属チームの確約があるわけでもなく、現地についてから自分で探すことになる。
言葉の問題や学校、練習グランドまでの移動手段など、わからないことだらけのままアルゼンチンに降り立った親子の話です。
体験からは一年以上経過しての記事になります。そこに来るまでの紆余曲折が多過ぎて、体験を文章化することも困難な環境下でした。
アルゼンチンでの移住生活が、思った以上に思う通りにならない現実がそこにはあって、どうして?の理由もわからないまま通り過ぎるような一年だったのです。
ここでは過去の記憶を整理しながらお送りしたいと思います。
1.まずは最初のセレクション
アルゼンチンではセレクションとは呼ばないようだが、12月~2月の夏のサッカー活動のない期間で次シーズンの選手募集をする。
日本の育成世代にはサッカーにオフシーズンはないが、はっきりと休みが設定されているのがアルゼンチンのサッカー。
SNSの情報などで、練習会の概要などがリリースされている。当時はアルゼンチンに来たばかりで、そんなこともわからない私たち。現地の代理人を通じて、練習会に参加させてもらうことになった。
自分たちの居住地も決まっていない時期、首都のブエノスアイレスの近郊であり、尚且つこれから通うであろう学校との距離関係を意識しながらチーム選びをしていった。
最初に来たのがClub Atlético Huracán(CAウラカン)というチーム。事前の申し込みも代理人に任せていたので、どんな手続きだったかは不明。
アルゼンチンのテストは、事前申し込みはメール(Whatsapp)だったり直接集合というパターンがほとんどで、会場に集合してから書類に記名して練習参加という流れだった。
申し込みの場所には、父兄が入ることもできない。言葉の話せない状況なので、代理人に同行してもらって事情を説明してもらうことにした。
なかなか、その説明でも戸惑っていたようだったが、集合時間からかなり遅くなっていたものの、なんとか練習には参加することができた。
練習の様子を見ることができないので、ここから子供の言葉からの表現になってしまうが、アップ程度の反復練習が繰り返されて次第にゲーム形式に入っていくという内容だった。
プレー時間はほとんどないような状況で、ゲームではボールに触れず不完全燃焼なまま帰ってきた。
そして、代理人の元に『落選』のメッセージが来ていたと聞く。どういう経緯でメッセージが来たのかも不明ではあるが、言葉の通じない日本人の厳しい現実を知ることになる最初のセレクションだった。
2.2チーム目のセレクション
例年の選手登録は3月とのことで、年明けの練習会の参加だった。しかし、アルゼンチンでは12月中旬から1月いっぱいは夏休みでサッカーチームは活動をしない。
11月下旬から選手募集をしていることもあり、年明けの練習会への参加は相当な狭き門だったと翌年になってから知る事実。
12月の2学期までは日本で小学生をしていたので、それは仕方がないとして所属できるサッカーチームを求め歩くことを余儀なくされた。
交通機関のこともまだわからないので、Googleの地図でしか確認できない現在地でのチーム選びだった。
次に飛び込んだのは、練習場所も前回のチームに近接する場所にあるチームでの練習会参加になった。
会場に到着すると、マラドーナが待ち構える場所。ここでアルゼンチンに来たんだなぁと実感した。アルゼンチンの中でも世界的に知名度のあるチームだった。
Argentinos Juniors というクラブチーム。サッカー初心者でも一度は耳にしたことがあるチーム名。マラドーナがプロデビューしたチームということでの知名度なのだと思う。
3.すごい人数の参加者たち
どういうカテゴリーで集合しているかわからないが、すごい人数の人だった。7~8歳くらいの子もいたので、広い会場で一気に練習会をしていったという感じだろうか。
待ち時間だけで1時間はある。結構な日差しなので、体力的な不安もないわけではないが、これはこれで待つしかないのがセレクション。
生まれた年代でカテゴリーされるので、2009年生まれの息子は『2009!』とスペイン語で呼ばれるのを、ただひたすら待つという状況。
呼ばれた後は立ち入ることもできないので、クラブハウスで帰ってくるのを待つことになる。横にはプロの予備軍たちが練習後の食事をしている姿も見ることができた。
二時間くらいの練習時間だっただろうか。前回とは違って、アップから参加させてもらいゲームにも参加することができた。(と聞いた)
4.すると息子がコーチと一緒に
予定の終了時間よりも早く息子が戻ってきた。横にはコーチも一緒に並んで出てきたので、ケガでもしたのかと不安が過った。
代理人が話を聞くところによると『一次合格』とのことであった。次回の日程だけを伝えられて、その日は解散となった。
どうやら『入団内定』との言葉もあったとのことで、あまりのトントン拍子な展開に整理ができなくなっていた。
とはいえ契約はまだ3月(まだこの時点では知らないが)だし、次回の練習の集合時間しかわからないような状態。
アルゼンチンでは、テストを受けるとしばらくこの状態が続く。一週間の予定すらもらえず、次の日程をもらうだけというのが通例。
連絡先をもらうこともないので、こちらからは連絡も取ることができない。なので、練習が中止になってもわからないし、体調を崩して休もうにも連絡を取る手段がない。
結果は結果として良かったのだが、このアルゼンチン流なセレクションに困惑していたことに違いはなく、どうしても結論を急いでしまう日本の文化との違いを感じた局面だった。
日付と時間を言われれば、そこに必ず行かなければならない。そんなことでアルゼンチンのサッカー文化を思い知ることになった。
そして、練習参加しているうちに話は急な展開を迎えていくのだった。
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