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宮﨑駿監督から私たちへの物語   「君たちはどう生きるか」

宮﨑駿監督 映画「君たちはどう生きるか」は混迷した時代を生きる私たちへ託された大切な物語です。
宮﨑さんは、子どもたちに向けて、この世は本当に生きるに値するんだ、ということを映画を通して表現したいとおっしゃっていたそうです。
この物語を一人でも多くの人に見てもらい、自身の生き方に活かしてもらいたく、整理してみました。
ネタバレを含みますので、先入観なしで見たい方は観た後にお読みください。



主人公の眞人は、空襲で母を失います。母を失った悲しみは、再婚し戦争に間接的に加担する父とは共有できず、継母や転校先の同級生との新しい環境になじめず自分の中にある悪意に囚われ、孤独でした。

そんなとき、眞人は偶然「大きくなった眞人へ」というメッセージの添えられた亡き母が残してくれた本を見つけます。それが映画のタイトルにもなった吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」です。眞人は涙を流しながら本を通して母からの大切なメッセージを受け取りました。

この映画を通して宮﨑さんが伝えたいメッセージは当然ながら吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるのか」の中にあります。

例えば、「人間の本当の人間らしさを僕たちに知らせてくれるものは、人間だけが感じる人間らしい苦痛なんだ」「苦しみの中でも、一番深く僕たちの心に突き入り、僕たちの目から一番つらい涙を絞り出すものは、自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったという意識だ」「道義の心から、「しまった」と考えるほどつらいことは、おそらく他にはないだろうと思う」「自分の過ちをつらく感じるということの中に、人間の立派さもあるんだ」「僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。だから誤りを犯すこともある。しかし、自分で自分を決定する力を持っているからこそ、誤りから立ち直ることもできるのだ」といったことが書かれています。

同級生からの喧嘩によるものと思わせるために自分を傷つけたり、煙草を盗んで大人に便宜を図ってもらったりしていた眞人は、自分の中にある悪意に嫌悪し後悔していましたが、母からのメッセージを受け取ってからは、誤りから立ち直り、道義心で行動する眞人(まことのひと)になっていきます。

実は、宮﨑さんにも少年時代に苦い誤ちの経験があるそうです。
それは、裕福な家で育った宮崎さんは戦火から逃れるために父親のトラックに乗り込んだ際、「乗せてください!」と叫ぶ親子を目撃しますが、「乗せてあげて」と父親に言えなかったそうです。

この経験から正義を貫く難しさと大切さが宮崎さんの人生のテーマの一つになっているのでしょう。

母からのメッセージを受け取った眞人は継母を助けるため謎の塔の中へと入っていきます。この塔はユングの石の塔からの着想でしょう。ユングも眞人と同じく母を失った悲しみの中、自ら石の塔を作り、ありのままの自分と向き合うことができたそうです。

ユングは「最初から塔は私にとって成熟の場所となった。子宮、あるいは、その中で私が再び、ありのままの現在、過去、未来の自分になれる母の姿だったのである」と語っています。

謎の塔の中は隠り世(幽世)に通じていました。塔の中で最初に現れたのが渚で、渚は沖縄、奄美の文化では、あの世とこの世の境を表すそうです。塔の中の世界は死後の世界であり、同時に生まれる前の世界でもあります。

塔の中の幽世の海では帆船がたくさん描かれ、戦時中にたくさんの人の魂が死後の世界に戻っていることを描写していました。ワラワラは逆に新しく現世に生まれていく魂ですね。

塔の中の幽世では、空から降ってきた謎の黒い石(黒い意思=悪意の比喩)に支配され、鳥たちが本来持っている自由の翼を使えず、群れて無自覚に欲を貪る存在として描かれていますが、現世の私たち人間の比喩なのでしょう。

眞人は塔の中の幽世で、若い姿の母親であるヒミに会います。母親は空襲で焼け死ぬ運命ですが、自分の生きる現世に帰る際、帰れば空襲で死んでしまうと言う眞人に対して「火は平気だ。素敵じゃないか眞人を産むなんて!」と自分の運命を全肯定します。それは、空襲で別れの言葉を交わすことなく突然母を失った眞人にとって、何よりも嬉しい言葉だったことでしょう。私も母を20歳で亡くしましたが、とても共感する場面です。

そして、塔の中の幽世で、大叔父が13個の石(意思)を積み、世界のバランスを整えているという描写があり、それが限界に達していました。
ちなみに13個というのは大叔父が現世からいなくなった13年を表していると思われます。大叔父は眞人に3日に1つずつ積んで、眞人の塔を築くよう告げます。つまり石1個が1年で、幽世3日で現世では1年に相当します。

大叔父からバランスを整える役目を引き継いで欲しいと頼まれた眞人ですが、断ります。

塔の中の幽世の最初の場面である渚に門があり、門に「ワレヲ学ブ者ハ死ス」と書かれていました。
「我に似せる者は生き、我を象る者は死す」(がににせるものはいき、がをかたどるものはしす)(師の教えを守りながらも創造を加える者は成長して、ただ真似するだけの者は消えていく。)から来ているそうです。

眞人は大叔父に言われるがまま、他人の石(意思)でこの世界のバランスをとるのではうまくいかず、自らの石(意思)で世界のバランスをとらなければいけないことを今回の様々な経験で知ったのだと思います。

前述の「僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。だから誤りを犯すこともある。しかし、自分で自分を決定する力を持っているからこそ、誤りから立ち直ることもできるのだ」ということを悟ったのです。

宮﨑さんが手掛けたアニメ映画作品は今作で13作目だそうです。大叔父と同じように宮﨑さんもアニメを通じて世界のバランスをどうにか保とうと「生きて」きたのです。

吉野源三郎さんも世界のバランスを保つため、軍国主義による閉塞感が高まる中、1937年に少年少女に向けて小説「君たちはどう生きるか」を執筆しました。

博識なタモリさんも新しい戦前と表現するほど、きな臭く閉塞感が高まる今、宮﨑さんが私たちに託した「君たちはどう生きるのか」という力強いメッセージは、私たちにとって、とてもとても大切な「私たち」の物語なのだと思います。

鳥かごに囚われている私たちが、眞人のように自分の内にある悪意に向き合い、自らの力で自由に羽ばたける、生きるに値する世界に変えていけることを願ってやみません。

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