はたらくって、なんだろう。
母が亡くなった。
それは、なんの前触れもなく。
2020年1月。
友人と、車飛ばして片道2時間かけてずっと行きたかった場所にドライブして、着いた途端にスマホが鳴った。
姉からの電話に出た途端、母が危篤だと。
「?????」
頭の中は、はてなだらけになった。
だって、昨日の晩はあんなに元気だったのに。
電話の話は全く現実味がなかったけど、とにかくまた2時間かけて、母の運ばれた病院に急いだ。
現実とは思えなかったけど、それは現実で。
そのまま母はもう、二度と目を開けなかった。
愛されたと思う。
多分、目一杯。
でも、同じだけ愛せたかと言うと、全く、申し訳ないくらいで、もう謝るしかない。
歳の差婚の父亡き後、残された母は本当に頼りなく、急に一回りも二回りも小さくなった。
寂しいからと何度も電話して来たり、
鍵を無くしたからすぐ来てと夜中に電話がある度に、私は本当に疲れていたし、
いい加減しっかりしてほしいと心から願ったし、そう、口に出していたと思う。
兄も姉もいるのに、いつも私にばかり会いたがるのも正直辛かった。均等に甘えて欲しかった。
「いい加減にして。私には、仕事があるんやから。忙しいんやから。暇ちゃうねん!」
夜中に呼び出される度、車で30分かけて駆けつけては、そんな言葉をぶつけてたと思う。
今思えば、そんな言葉をぶつける位なら、行くな!と言いたい。
私は必死だった。
始めた仕事を中途半端にしたくなかった。
前向きに頑張ってるのに、寂しい寂しいという母の後ろ向きな言葉は聞きたくなかった。
会議中に呼び出されるのは、泣きそうにしんどかった。
そのうちに、母は我慢して、あまり私に電話をかけなくなった。
年末に骨折した時も、「あの子の仕事の迷惑になるから。」と、私に連絡せずに、一人で病院へ行ったらしい。
一人で病院へ行く。
当たり前の事かもしれないけど、私の母には、まず有り得ない事で、本当にびっくりした。
そして、「そんな大変な時は連絡してよ!」と、また怒ってしまった。
でも、一緒に病院へ行けば良かった。
おそらくその時に頭を打ってた。
私が一緒に病院へ行ってたら、ちゃんと色々診てもらったのに。
後悔しても、もう遅いけど。
ホントに頼りない母だった。
父が亡くなるまで、公共料金の事も、ATMも知らなかった。
なのに、鏡台からエンディングノートが見つかった。
姉と兄と私への手紙には、
「いつまでも三人、なかよくね。」
って書いてあった。
なかよくするけど。
自分が死ぬと思って手紙書くのって、一体どんな気持ちで書くの?
先日、業者に来てもらい、実家を空っぽにした。
両親は、庭の木の実を食べに来る、珍しい鳥をリビングから眺めるのが好きだったけど、庭の木も全部切って、石もなくなった。
がらんとした家にいると、尚更この家でひとりぼっちにさせた事が申し訳なくて仕方ない。
毎日一人で、どんな風に過ごしてたんだろう。寂しい思いをいっぱいさせてたな。
あの子には、仕事があるから。
大事な仕事があるから。
って、
私は一体、何に頑張って来たんだろう???
家族より大切な仕事なんて、果たしてあるんだろうか。
はたらくって、なんだろう。
立ち止まって、前に進めそうにない。
とりあえず、
ホントは母が百貨店に行くはずだったけど行けなかった最後の日、
着る予定だったけど着れなかった、
私がプレゼントしたワンピースとマフラーを
大切そうに飾ってたから
思わず持ち帰って来た、その服とマフラーを、
次の冬に私が着て、母を大好きな百貨店に連れて行く、って事だけ、勝手に決定してる。
仕事っ、て、
はたらくっ、て、
一体、なんだろうね。
いつか、視界が開けるほどの答えに巡り合いたい。
もうすぐ母の日だし。
春だし、天気はいいし。
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