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自分が高齢化した時、この超高齢化社会はどうなってるのか

私のnoteとは思えないタイトルだな。大丈夫、これはちゃんとした嫁ちゃんのnoteだし、そんな小難しいことは書かないので安心して読んでほしい。
自らビジネスをしてる人、会社員、主婦、ニート、自分には関係ないと思ってる人でも関係がある。それがこれから起こる「高齢化社会」なのだ。

なんでこんなnoteを書こうと思ったのか、ネタ切れかと思う人もいるけど(毎回ネタ切れだよ)ちゃんとした理由がある。私は今、市がやっている「やつしろ未来創造塾」というものに通っている。毎月2回講師を招いて、この街でビジネスを成功させるためにはどうしたら良いのかを勉強する、とても良い会だ。こんな最近サボりがちなダイエットnoteや婚活noteばかり書いてるわけではなく、ちゃんとこういった場所で勉強してるのだ(えっへん)

そこで先日受けた内容が「超高齢化社会の地域ビジネスの可能性」だった。
講師は三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の岩名 礼介さん。

”超高齢化”なかなかこんな真面目なワードにギャル言葉みたいな超をつけるってない。ただごとではない。それぐらい、高齢化は超高齢化してるのだ。
テレビとか、ニュースとか今ではどこでも聞くようになった。

でも実際に超高齢化を実感してる人ってどのくらいいるんだろう?

正直、高齢者と関わってない限り実感なんてしないのではないか?私は、今から100年前も50年前も生きていない。だから昔と比べて今が高齢化社会になってるなんて正直ピンときていない。
ただ、誰もが皆平等に年は取るのだ。私もこのまま死ななければおばあちゃんになるし、高齢化社会の仲間入りをしていくのだ。

講義はとても面白く勉強になった。(こんな一番薄っぺらい感想しか言えないぐらい面白かった。うまいもの食べてうまいしか言えないみたいな)

まず最初の5分で引き込まれた。

岩名さんは言った、「あなたが子供だったときのおじいちゃん、おばあちゃんは何年生まれでどんな人生だったか。」
私はおじいちゃん子でもおばあちゃん子でもなかったのでそんなこと考えたことがなかった。何年生まれは計算できても、どんな人生だったかなんて想像がつかない。戦争はいつあったっけ?バブルはいつあったんだっけ?歴史の勉強って想像力を膨らませるためにも必要なんだなって感じた。

例えば1920年に生まれたおじいちゃんおばあちゃんは今103歳だ。大体が亡くなってる方も多いと思う。この世代はまず1〜3歳の時に病気などで亡くなることも多かったそうで、兄弟がいない子供も多かったそう。そして20歳で戦争が始まる。死と直面する機会が多い分、80歳まで生きてる方は『生き延びた』人になる。だからなんでもありがたいと思える人だったそう。

じゃあ逆に今から約10年後、2035年に75歳になる高齢者ってどんな人生なんだろう。1960年生まれで、バブル時代を生きた人間だ。この高齢者には貧しい時代がなかった。この2組では価値観が全然違くて、そりゃそんなの当たり前の話で。これから高齢者と接していくにあたって、私たちが考えるのは今までの高齢者と今の高齢者は全然違うということを考えていかないといけないんだ。

この講義はビジネスについての講義だったんだけど、その後の懇親会にて岩名さんと直接話した時にこれから高齢者と一緒に暮らしていくにはみたいな話になった。私はどちらかと言うならそっちが大切なんではないかと思った。
6年以上、高齢者向けのフィットネスクラブで働いていた私はわりと高齢者達と密に接してきた経験がある。そこで感じていたのは、みんな楽しいことがあったり目標があるとどんどん若返っていくのだ。年齢で人を判断できなくなっていく。

70代のある人はK-POPにはまりライブに行くためといって体力作りをしてネイルをしてキラキラ輝いていた。
同じく70代のある人は一人暮らしでなにも趣味がなく毎日韓国ドラマを垂れ流しているだけだと。

どうしても歳を重ねていくと体力がなくなり、見た目も老けていき、今まで自分ができていたことができなくなり自信がなくなる。
75歳の人が、今まで元気で動けていたのに例えば1週間入院しただけで何もできなくなるなんてこともある。長年連れ添ったパートナーが亡くなってしまった、大好きだったペットが亡くなってしまった、一緒に遊べなくなった友達が増えた。一人になると時間ができてぼーっとしていく。気力がない。動かなくても良いや。体力がなくなっていく。そしてそのままボケて、寝たきり。こんなことザラにある。これが当たり前。

でもやっぱり楽しいこと、目標があると生きる活力が湧いてくるのか若返っていく。

前回の講師は株式会社パストラルという熊本で有名なジェラートを作っている会社の社長だったのだが、その方は70代にして生涯現役で働くと言っていた。まだまだやりたいことがたくさんあるんだとか。すごい。活力がすごい。

働かなくなった途端に急に体力がなくなり老けるという話もよく聞くし、実際に見たこともある。私はさっさと働かなくてもお金が入る生活にしたいと思うような底辺な人間だけど、きっとそういう人から老けていくんだろうなとも思う。働くということは、頭を使い、体を使うことだ。ただただ働くだけでは体力と気力を消耗していくだけなので、高齢者こそやりがいを重視していく必要がありそうだなと感じた。

ただ、高齢者になってからそんな仕事が見つかるのだろうか。多分無理なんじゃないかなと思う。きっと今そんなふうに楽しく働いてる高齢者は昔から活動的に動いていた人なんじゃないかな。そしてその人の周りの人もそんな風な人が多いんじゃないかなと思う。全部想像でしかないけど。
私は仕事がなくても好きなことがたくさんあるから、人生でやりがいは見つけやすいと思ってるけど、今若いうちに何もない人って将来どうなってしまうんだろう。私が考えることではないかもしれないけど、どっちに転がっていく人が多いかでこの先の日本は変わってしまうのかもしれないね。

初めて難しいことをテーマに書いているので何を書いてるのかわからなくなってきたぞ。まだみんな読んでくれてるかしら?うん、ありがとう、もうちょっと続きます。

私たちはまだ高齢者から見たら若者だ。だけど私たちもいずれは高齢者になってしまう。そんな時に過ごしやすい環境を作るのは、遠い未来かもしれないけど今なんじゃないかなとも思う。
その頃もう死んでるかもしれないから関係ないと思うかもしれないけど、でも生きてるかもしれない。死んだように生きているのであれば、それなら楽しく生きたい。好きなことやって、嫁ちゃんは若いね〜なんて80歳になっても言われたいな。若者から厄介者扱いされる老害なんて言われないように、キラキラした老後を過ごしたい。昔のものに囚われないように、新しいものを常に面白いと思えるアンテナを貼っていたい。

なんて、先週は何もしたくないとぼやぼや呟いていた女が、講義を聞いてすぐ掌クルーしちゃいました。やっぱり活動的に動かないとね!

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