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【小説】執行者 #04

第四話:【二重奏(デュエット)】榎戸慶太

祭りの熱もすっかりと冷めた深夜、人里離れた深い森の中に盗賊団のアジトがあった。
比重が高く頑丈な松の丸太を組み上げた壁、まるで要塞のようにそびえ立っている。

玄関に掛けられた重厚な鉄の鍵は、牢獄の扉を思わせる冷たさで、部外者の侵入を拒んでいるかのよう。
分厚いカーテンの隙間から漏れる明かり、人の気配を感じさせながらも、内部の様子を窺い知ることはできない。
厳しい顔つきをした男たちが入り口に二人、そして周囲には数人。深夜にも関わらず周囲を警戒している。

アジトの内部はシンプル、いや殺風景な空間が広がっていた。床はフローリングと呼ぶには遠い、粗く削った板張り。所々に染みが付いている。
壁には無数の武器や盾が掛けられており、やはり盗賊団のアジトであることを強調している。

部屋の中央には大きな樫の木のテーブルが鎮座していた。その上には大きな袋が置かれ、中から札束が顔を覗かせている。
丸太をただ並べただけといった「腰掛け」に汚れた身なりの男たちが座っている中、一人だけ猫背姿の若者が「椅子」に腰掛けている。

その横には壁からの鎖に繋がれたている首輪をつけた少年。貴族の息子であろう高級な身なりではあるが、抵抗したのであろう、土埃で汚れ頬には傷が見られる。目隠しをされ両手は後ろ手に縛られている。
抵抗は無意味、じっと恐怖に耐えているようだ。

ひょろっとした猫背姿の若者、頭領の榎戸慶太(えのきど けいた)はニヤニヤとした笑みを浮かべ上機嫌だ。祭りの混乱に乗じ商業ギルドからは大金を、そして貴族の息子を誘拐したことで更に大きな身代金が労せず手に入るはずだから。

そんな中、一人の護衛が榎戸の様子を伺うように近づき、恐る恐る声をかけた。

「お頭、これからどうします?」

榎戸は下を向いたまま視線だけを護衛に向け語る。

「奴らにもメンツがあるから下手には動けないだろうさ。明日には遣いを出そう。『お貴族様』から金を手に入れたらこんな所からはオサラバさ。帝国で一旗あげて、アイツらに俺の力を思い知らせてやる……」

愉快そうに見えた彼の声は徐々に怒りと憎しみを孕んだものに変わっていく。脳裏にはクラス転移しても、尚続いた屈辱の日々が浮かんでいるのだろう。

護衛たちは黙って頷く。榎戸の心中を察することなどできる筈も無い。『お頭について行けば間違い無い』少なくともそれだけの力の差があることだけは分かっているから。

アジトの中は再び静まり返る。各々が警戒を強め、緊張の糸は引き続き張り詰めたまま夜が深まっていく。

***

教室の片隅で、榎戸慶太はいつものようにライトノベルに没頭していた。主人公は友達もおらず、家族からも見放されている。そんな孤独に生きる姿に榎戸は自分を重ねていた。

(こいつも…誰からも必要とされてないのか)

ぱらぱらとページをめくる度に、ゲームの世界だけが生きがいの主人公。まるで自分自身を見ているような気持ちになる。こんな世界なら自分もありのままで輝け、人望も厚く、女の子にだって……

教室では、クラスメイトたちが会話を弾ませている。時に大きな騒ぎ声が聞こえ折角の思考が分断される。

(チッ……うるさい奴らだ。少しは静かにしてられないのか?)

不機嫌になりつつもライトノベルに視線を戻す。奴等などに構う暇は無いのだ。自分は特別な存在で周りの誰もが自分の価値を理解できないだけ。
本当の自分が発揮できる場所は、きっと「ここ」では無いのだ。

ライトノベルの中では主人公がゲームの世界で難なく敵を薙ぎ倒す姿が描かれる。そんな姿に自己投影をせずにはいられない。

(そうだ……俺だって異世界に行けば、こんな風に……!)

彼の脳裏に、自分が異世界でチートスキルを発揮し魔法も剣術ですらも、あらゆる力の頂点に立つ。誰もが畏怖と尊敬の眼差しを向ける、選ばれし者。それが「真実(ほんとう)の榎戸慶太」なのだと。

***

ルミナス聖国のから南に位置する商業・芸術が盛んなエルドラド共和国。他国の勇者からの脅威に備えること、そして商業や芸術をさらに発展させることを目的とし「勇者召喚」が行われた。
召喚は成功し「代償」はあったものの、一気に20人を超える「勇者」を迎えることに成功していた。

ごく普通の昼休み、教室が突然まばゆい光に包まれる。
目が覚めた彼らを迎えたのは見知らぬ場所。
広大な大理石の広場にクラスメイトたちが戸惑った表情で立ち尽くしている。昼休みに教室に居たであろうメンバー。

広場の中央には、巨大な魔法陣が描かれていた。その複雑な模様は何か神秘的な力を感じさせる。
周囲には華やかな衣装に身を包んだ人々が集まっていた。その中には、王冠を被った威厳のある男性や、高価そうなドレスを纏った女性たちの姿もある。

どうやら、ここがエルドラド共和国の中心部らしい。豪奢な建物が立ち並び、街路には商人たちの活気があふれている。

広場の一角では、著名な芸術家と思しきベレー帽を被った人物が「勇者たち」のスケッチを始めていた。彼らの到来が、この国にとって特別な意味を持つことは明らかだった。

そこへ王族らしき人物が前に進み出て、榎戸たちに語りかけてきた。
「勇者たちよ、我がエルドラド共和国へようこそ。あなた方には、この国の未来を担う重要な役割が与えられています。商業と芸術の発展、そして他国からの脅威への備え。あなた方の力が、この国の命運を左右するのです」

(一体俺のスキルは何なんだ?クラス転移はマズいな……ハズレスキルだったらまたアイツらに馬鹿にされる……)

榎戸は不安を覚える。願いが叶い異世界へと降り立つことができた。しかしクラスメイトたちと一緒に召喚されたことで「チートガチャ」に勝たなければならない。
当たりはそう多く無いというのが彼のライトノベルでの「経験上」ではあるが、その点は神か女神の御心のまま……いや、気まぐれだろうか。いずれにしても彼が歯がゆさをぶつける先は無い。

そんな彼の心を知る由もないエルドラド共和国の人々は「勇者たち」を歓迎するかのように、盛大な祝宴の準備を始めていた。華やかな音楽が広場に響き渡り、豪勢な料理が並べられる。
クラスメイトは戸惑いつつも歓迎ムードに流され、笑顔もこぼれ始めているようだ。

(アイツら浮かれやがって……こっちはどんなスキルが貰えたか、気が気でないっていうのに……)

エルドラド共和国での歓迎の宴が終わり、勇者たちは一堂に会する。そこで、彼らのスキルを鑑定する儀式が行われることになった。

鑑定師と呼ばれる老人が、一人ずつ勇者たちの前に立つ。鑑定師が勇者たちのスキルを大きな声で次々と明かしていく。

「楠大和(くすのきやまと)!スキル【無双剣】!どんな物質をも切り裂ける最強の剣を持つ者、攻撃速度は常人の10倍!」

会場からは驚嘆の声があがる。あらゆるものを切り裂く剣、そして神速の攻撃。それは、まごう事なく戦場を一人で支配する「勇者」の力を感じさせた。

「櫟蓮(くぬぎれん)!スキル【魔力弓】!魔力で作り出した矢は対象を追尾して必ず命中する!」

戦場において補充は必須、魔力の矢はどんな強敵をも射抜くだろう。勇者の魔力の大きさであれば尽きることの無い矢の雨を降らすことになるだろう。会場はその圧倒的な攻撃能力に息を呑む。

「柊結衣(ひいらぎゆい)!スキル【炎刃】!剣に灼熱の炎を纏わせ斬った対象を焼き尽くす!」

次々と明かされる強力なスキル。勇者たちの潜在的な力は、エルドラド共和国の未来を約束するに十分だった。

榎戸は、他のクラスメイトたちのスキルを聞くにつれ、徐々に不安を募らせていった。

そして、榎戸の番がやってくる。

「榎戸慶太(えのきどけいた)!スキル【二重奏(デュエット)】!二つの属性の魔法を自在に操る!」

(え……!?それだけ???)

会場からは少なくない拍手が起こるがそれは他のスキルへの反応ほど大きくない。榎戸の心に、嫌な予感が広がっていく。

(せっかくの異世界でも俺は奴らの下なのか……?)

焦燥感が彼の心を蝕んでいく。自分は特別な存在にはなれないのではないか。そんな疑念が、彼の内面に暗い影を落とす。

儀式が終わり、勇者たちは城内へと案内される。城の中は広くそれぞれのメンバーに個室が与えられ世話役も手配されている様子だ。しかし、榎戸の決意はすでに固まっていた。

(こんな場所にいても俺の力は認められない……俺は、自分だけのやり方で成り上がる……!)

榎戸は図書館でサバイバルに必要な情報を収集する。強くあろうとする姿勢はエルドラド共和国内としても望ましく、気さくに彼に話かけてくれる者もいた。
噂好きで「帝国では最近魔道具の開発スピードが上がっている」という情報を得ることができた。
そして国としての「智は力なり」の方針もあり、勇者達は図書室への出入りも推奨されていた。そして必要な知識を身につけつつ一週間、目立たぬよう、そして「奴ら」を刺激せぬよう大人しくしていた彼の準備は整った。

(もうこんな所に用は無い……レベルを、せめて奴らよりも高いレベルを。そして奴らを屈服させるだけの力を……)

とある夜、榎戸は決意を胸に密かに城を抜け出す。与えられたスキルで強さを求め道を切り開くために。予定は狂ったが使い方次第で強力な魔法も使えるはずだと、そのためにはどんな手段も厭わないと。

瞳には昏い炎が宿る。
それからはレベルを上げ魔物を狩った、レベルを上げ力を増したところで「ある計画」を思いつく。

強力な魔道具を帝国で手に入れ、自らの力を高めそして奴らに呪いなどの「でバフ」が掛けられればなお良しだ。そして調達に必要な金は……

計画には人手がいる。ここは異世界、孤独な彼でも「力」で言うことを聞かせることができる、恐怖で縛りつけ逃げさせない都合の良い者たちが。
こうして彼は盗賊の頭領へと歪んだ形での「成り上がり」を見せたのだ。

***

深夜、さらに夜は深まっている。
まだアジトの外は暗い。空が白むまではまだ時間がありそうだ。
大きくない声で榎戸の護衛が会話をしている。

そんな折「ごとり」という重たいものが床に落ちる音。そして鉄錆と血生臭い臭いが室内に広がる。どくどくと鮮血が「頭を亡くした榎戸の身体」から流れ出る。

「え、ええ??お頭ァ!!」

叫んだ男の首がまた「ごとり」と落ち、木の床に赤い華が咲く。

「一体どうなっているんだ!?」

パニックが起こり、それぞれが壁に掛かった盾を取りに向かう。
壁に男達が並んだか否か、全ての男の首が纏めて転がる。

懺悔するかのように膝立ちで壁にもたれかかる数人の首なし男、アジト内は凄惨かつ異様な雰囲気に包まれていた。

そんな中、唯一の生存者である誘拐された少年は何がおこったのか分からず叫び出しそうになりながら必死に身体を丸め頭を抱えていた。
そんな彼の手に触れた「生暖かい液体」にも気づく余裕なども無い。

その時入口から「がちゃり」と音がした。

「だ、誰ですか!?何が起きているんですか!!」

返事は無い。そして「ぎし、ぎし」と歩くような音が聞こえたかと思ったら、また僅かの間にまた扉が閉まる音がした。どうやら出ていったらしい。

「女神様……パパ、ママ……うっ……ううっ」

震えたままの彼の眠れぬ夜はまだ続く。

***

ニルは榎戸慶太の死体に近づき、首の断面を確認した。
相手が「勇者」であろうとも結果はゴブリンや他の護衛と変わらないようだ。

人質、つまり貴族少年は無事、そして金は幾分か使われているかもしれないがテーブルの上に札束の詰まった袋。これは商人ギルドのものだろう。
成果は確認した、十分だ。

アジトを後にしたニル、来たときと変わらぬ様子で歩き先ほどのことを思い返していた。

今回の要点は「偽装」。後から来る騎士団へ違和感を抱かせないための工夫である。首の部分に「ガラス板」をイメージ、厚さは5mmほどだろうか。その空間を「消失」させる。
頭と胴体はまるで鋭利な刃物で斬られたかのように離れ離れとなる。

アジトの周りの護衛を片付けたあと、厚いカーテンの一部を「消失」させて中を覗く。まだ高校生ほどの子供であろう「榎戸慶太」とさらに小さい貴族の子供を確認、そして榎戸の首を落とす。

最後に窓にかかったカーテンを消し覗き穴の証拠すらも残さない完璧な仕事。そんな凄惨な現場のことなど忘れ、彼の関心は得られた「ポイント」に移っていたのだった……

***

空が白んだ頃、森深くのアジトにはルミナス騎士団が到着していた。
アジトの周りには泣き別れの頭部と胴体、アジトの中も同じく凄惨なものであった。

椅子に座ったまま首が落とされた「おそらく勇者であろう者」の死体に壁に一列に並んだ死体。流石の騎士団も顔を青どころか白くしている。中には嘔吐する者もあらわれるといった状況だ。

「これは……一体、何があったのだ……」

今回の「盗賊団討伐」のリーダーを任された上級騎士(シニアナイト)は榎戸慶太の死体に近づき、首の切断面を確認した。切り口は、まるで鋭利な刃物で切ったかのように崩れた肉も無いほどに綺麗であった。

「見事。恐ろしいほどの剣術、そして接近を気づかせない技術。凄腕の暗殺者に違いない……」

彼はこの事を団長のローレルへ報告するだろう。ローレルも彼らも真実を知ることは無い。
彼らは「無事に盗賊団を討伐し、人質救出と商業ギルドから盗まれた金品を回収した」という成果に胸を撫で下ろすのだ。

真相は、闇に葬られたまま。

***

「おかえりなさい、坊ちゃん。お疲れ様でございました」

扉を開けるとこんな時間なのにまだ室田は起きていたようだ。

「ポイントが入りましたのでこちらを買っておきました。ささやかですが勇者討伐の祝杯をあげましょう」

あまりの室田の機嫌にニルは尋ねる。

「おい室田、ずいぶんご機嫌だがまさか……」

「ええ、坊ちゃん。電気がないのでどうしようかと思っておりましたが……魔法で温度と湿度調整ができるワインセラーを手に入れることができまして!さらに!修道院ではワインを作っているようで名物だそうですよ!」

普段は完璧な執事が顔を紅潮させる。

「まさか室田、ポイントは……」

「ええ、ええ!もちろん残ってございますよ。この部屋はいささか殺風景でございますのでF20号サイズ(727x606mm)の絵画などいかがでしょうか。絵は部屋に窓を作ります、まずは風景画がよろしゅうございます。七万円相当と言えば坊ちゃんであれば見立ては付くかと」

珍しく饒舌になる室田。あのワインセラー相当高価だったな?

「フン、まあいい。それでは『クロード・モネ』の『睡蓮』、花が鮮やかに描かれている物を適当に見繕っておいてくれ。レプリカならそんなものだろう」

室田はあっという間に額縁に納まった絵を取り出して見せる。
そして独り言を喋りながら適当な場所を見繕い、光のあたり具合や水平についても調整しているようだ。そんな作業をする室田をニルはどこか楽しげに見つめる。

そして室田が取り寄せた『睡蓮』のぼんやりとしたパステルカラーの風景を、しばらく見つめる。

「坊ちゃん、お待たせいたしました。こちらは、コンテチーズです。しっかりとした風味と、ほのかなナッツの香りが特徴でございます。こちらはブルーチーズの一種、ロックフォール。青かびによる独特の風味と、塩味が効いておりますよ。いずれもフルボディの『シャトー・マルゴー』にはピッタリかと」

ニルは静かにワインとチーズのマリアージュを愉しむ。
室田もそんなニルをにこやかに見守る。

ニルの拠点に、静寂が戻る。
だが、その静けさは、もはや冷たいものではない。
絵画とワインが生み出す穏やかな空気。
首を落とされた榎戸の事など彼の頭には残っていなかったのだ。

***
【リザルト】
- 勇者:榎戸慶太(えのきどけいた)
- 能力:二重奏(デュエット)(二属性混合魔法、榎戸の場合は炎と風)
- 死因:頸部消失に伴う切断、失血性ショック死

【収入】
- 榎戸慶太含む盗賊団討伐報酬:6,000ポイント(60万円相当)

【支出】
- ワインセラー:5,000ポイント
   - 温度と湿度を自動調整する魔道具付き
 - ワイン:シャトー・マルゴー2015年(300ポイント)
 - 絵画:クロード・モネ「睡蓮」レプリカ(F20号サイズ、700ポイント)

【拠点の設備】
-安物のソファ
- 安物のベッド
- 安物の書斎机とパイプ椅子
- 魔法の照明
 *上記4点は女神からの支給ポイントで交換
- ワインセラー
 - 温度と湿度を自動調整する魔道具付き
 - 現在のコレクション:シャトー・マルゴー2015年(1本)
- 絵画:モネの「睡蓮」レプリカ(F20号サイズ)

【残高】
- 0ポイント(0円)


難産でしたがようやく初めての勇者を「神隠し」できました。
室田がかわいいなと思って貰えれば嬉しいです。
もしよろしければ第一話から読んでもらえると嬉しいです。
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