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【小説】執行者 #03

第三話:祭りと盗賊団

ルミナス聖国では女神ルミナを讃え、豊穣を祈る大祭が行われていた。首都の大聖堂を中心に国中から信者たちが集まり祈りを捧げている。街は人であふれ、活気に満ちていた。

通りには色とりどりの旗や花が飾られ、人々は晴れ着に身を包み笑顔で談笑している。大聖堂前の広場では、聖職者たちによる荘厳な儀式が執り行われ、神妙な面持ちで祈りを捧げている。

一方、広場の片隅では、屋台が所狭しと並べられ、祭り特有の賑やかな喧噪が聞こえてくる。焼き立てのパンやケーキのバターの香り、肉の串焼き、ソースの香ばしい匂いが辺りに漂っていた。

しかしニル・ブラウ、彼にとっては興味の対象外。やらねばならぬこと、つまりこの世界でどのような力を振るうことが出来るのかという「確認作業」が暗部になった今では急務であった。追い立てられるように動くのも随分と久い。まさか力を十全に把握せず異世界の人間と戦うなどあり得ない話だ。たとえ全てを「消失」させられるとしても。

祭りの喧騒を離れ、ニルは街の外れにある森へと向かう。木々の間を縫うように小道が続き、鳥のさえずりと木漏れ日が彼を出迎える。森の空気は澄んでおり、街の喧噪が嘘のようだ。

彼は事前に教皇から聞いていた、僧兵が鍛錬に使うという「魔物」で「力」を試すことにした。

僧兵の「成り立て」でも複数人で来るには問題ないらしく、強い力を持つ魔物はこの付近には居ないと。

「室田、少しの間私はここで過ごす。しばらく好きに時間を潰してくれ。何だったら教皇とでも話し込んでくるか?」

「かしこまりました、坊ちゃん。もちろんでございます。わたくしは何か使える物がないか、辺りを散策してから街に戻ります」

ポイント交換のシステムに組み込まれた割には案外自由な室田。くく、と笑いニルは早速林の奥へと進む。

少し進んだところで「ギィ、ギィ」と不気味な鳴き声が聞こえてきた……距離はまだ十分にありそうだ。

目を凝らした先には五体の「いわゆる」ゴブリンが座っている。灰色の皮膚に、猫背でずんぐりとした体格。鋭い牙と爪を持ち、手には粗末な棍棒や武器を各々が持っている。ゴブリンたちは互いに唸り声を上げ合い、何かを貪っている。

ニルはさっと音を立てぬよう木に登り、獲物の動きを観察する。ゴブリンとの距離は50mほど、風下に位置しているため、こちらの気配に彼らが気づく心配はない。

そして食事が終わったのだろう、奴らがぞろぞろと森の奥へ動き出した。まずは最後尾の一体に視線を向け、ゴブリンが巨大で透明な生き物に飲み込まれる姿をイメージ。ゴブリンの姿は文字通り「消失」した。初めからそこには何も存在しなかったかのように。

次に「二体まとめて」消してみる。まだゴブリンとの距離はあるが、弓と槍を持つゴブリンが問題なく消えたことを確認し、複数の対象を同時に消すことが可能だと判断する。

残り二体は慎重に扱う。まずは部位を限定して「腕を消す」。二体のゴブリンの両腕から血が噴き出した。「初めから無かった」ではなく「まるで生き物に飲み込まれたように無くなる」ということを理解する。
混乱したゴブリンが騒ぎ出すがまだこちらを見つけてはいない。

ニルは更なる力の探求を行う。
それぞれの片足を右、左とコントロールして消す。
最後にほとんど虫の息であった二匹の腹に穴を開け作業完了。血で汚れた2m四方をそっくりそのまま抉るようにして「消す」。

どうやら範囲指定で丸ごと消すことも問題ないようだ。生き物に飲み込まれる、ショベルカーに掘り起こされる、フライパンのうえのバターのように溶けていく。どうすれば速やかに消失させられるか、またその逆は可能か。

しばらく出会うゴブリンに似たようなことを繰り返していだところ、彼は不意に軽い眩暈を感じる。
身体から淡い燐光が放たれ、そしてその光がおさまると思考が澄み、力が溢れるような感覚を覚える。

「女神の寵愛」そう呼ばれるこの世界におけるレベルアップの仕組み。殺した魔物からエネルギーが移動し、自らのものとする。
この世界のシステムである「女神」の加護を受けていることは間違いない。仕組みとしては分かりやすい。

それにしても随分と多くの魔物を殺したつもりだが、力が増したと実感するのは初めてだ。もしかすると、勇者を消した際にも魔物と同様に力の一部を掠め取っているのかもしれない……
あの痴女ならやりかねんな、と一日で納得しつつ「確認作業」は続く。

(痴女だなんて非道いですぅ!)

そんなツッコミの声もニルには届かぬまま幾度目かの燐光、そして微かに風が葉を揺らした。まるで、この世界が彼を歓迎するかのように。

***

一方、ルミナス聖国の首都では、祭りの喧騒とは裏腹に、人知れず不穏な影が忍び寄っていた。
国外からの来訪者も多いため、この祭りではトラブルが付き物である。

街角では、スリや喧嘩が絶えない。教会からの依頼を受けた冒険者ギルドの面々は、辟易しながらもトラブルの収拾に追われる。そんな中、聖女アリシアの様子が何やら落ち着かない。

「どうしたの、アリシア。お祭りを楽しめないの?」

屈託のない笑顔で話しかけるのは、彼女の友人で、ギルドの受付嬢も務めるエミリアだ。

「ええ……なんだか胸騒ぎがするの」

アリシアは夕焼けの空を見上げる。黄昏の光が、彼女の金髪を燃えるように輝かせる。

その時、微かに大地が揺れた。人々の歓声に紛れて、遠くで何かが崩れる音がする。

「あれは……」

二人が見つめる先には、火の手が上がっていた。貴族街の方角から、炎の渦が立ち昇る。

「まさか!?お祭りの最中に!」

エミリアの言葉は、悲鳴にかき消された。
教会からそう遠くない「貴族街」で炎の竜巻が発生している。天に昇る「龍」さながらの様子に悲鳴と絶叫、そして人々はパニックに陥った。

ルミナス騎士団が駆けつけ、水の魔法が使える者が消火活動に努め、冒険者たちも慌ただしい様子で避難を促している。
幸いにも局地的なようでパニックは徐々に落ち着いて行く。ようやく辺りが静けさを取り戻したのはその日の深夜のことであった。

***
その夜、儀典省のハーブ・シルベスター祭司長の私室では二人、難しい顔で向き合っていた。
部下からの報告を受けたルミナス騎士団長、グランドマスターの「ローレル・エバーグリーン」も渋い顔だ。日頃の苦労からか、すっかりと禿げ上がった頭をぽりぽりと掻いている。

祭りでの火災騒ぎなどもってのほか、警備の配備計画における不備を指摘されるだろう。そしてその騒ぎの中、貴族の子供が誘拐されたという。加えて商人ギルドより現金が大量に盗まれたとのこと。

こんな大規模な犯罪、儀典省の管轄とは言えない。だが、そんな言い訳が許されるほど皆優しくはないのだ。

そして聖女の「護国」における守りは確かに堅いが、今回は力を振るうことが出来なかった。いくら鍵を頑丈にかけようと、キッチンで起こる火災には無意味なように。

諜報員によると、今回の騒ぎは盗賊団の仕業らしく、さらに盗賊団の頭領は「勇者くずれ」の可能性が高いという。
「勇者くずれ」、その言葉を聞いた途端二人は唸る。

「勇者」、大いなる力を持つ者。魔物との戦い、他国との争い……偶然か、何者かにもたらされたのか。大きな犠牲を払いつつも強大な力を持つ者が異世界から呼び出されるようになった。異世界に連れてこられているにも関わらず彼らはやけに事情の飲み込みがよく、「チート」を自称する力は非常に強力なものであった。

例えばこの世界では先ほどの消火に使われたよううに「魔法」がある。「属性魔法」を持つだけでも有能な人材とされ、職に事欠かない。
属性魔法は血筋に影響され、通常「火、水、土、風」のいずれか一属性しか身につけることができない。故にルミナス騎士団においても属性ごとに部隊を組み運用されている。よほど上位の貴族や賢者と呼ばれるようなものでなければ二つの属性を使うことが出来ない。

今回の事件で憂慮すべき点は、あの炎の竜巻だ。最低でも「火と風の二属性」を操ることができる者がいる。そしてそれぞれの属性を効果的に組み合わせるには、非常に高い魔力と高度な技術が必要とされる。

しかし「勇者くずれ」は「その程度」とも言える。二属性の魔法であればそれぞれを修めた人間二人で事足りるからだ。勿論それでも軍レベルの戦力であることには違いない。

現時点では「ただの盗賊」が「商業ギルドの金を盗んだ」であるからだ。貴族の息子が誘拐されたことは秘匿され、相手の出方を待つより無い。
これが公になれば二人の教会内での立場は危うい。宗教国家とは言え「貴族様」は大きな力を持ち、軍事的にもその優れた魔力で貢献しているため面倒ごとになる可能性は大いにあり得る。

ローレルは頭を抱える。
この手のものに正面から立ち向かうには、「上級騎士」で構成された教皇付きの親衛隊クラスの戦力が必要になるだろう。「盗賊ごとき」には面子のためにも出すことはできない。

敵戦力について言及することも憚られる。「近隣の問題にも目を光らせていなかったのか?」と当日の警備にも言及されかねないのだ。

そして仮に通常の団員を派遣するのであれば大軍を率いる必要があるだろう。流石にそれでは勘づかれてしまい、人質の命すら危うい。

シルベスターはふと思い出した。「ルミナス騎士団」の面を保ちつつ、全てを解決し得る可能性を持つ存在を。

まだ噂でしか聞いたことのない「神隠し」を動かし、後からルミナス騎士団が到着して残党を一掃する、という算段だ。

一方ローレルは懐疑的だ。確かに団長としてその存在は聞いている。暗部、更に教皇付きだと言う。ある程度の実力はあるだろうが「異世界から来た勇者」を倒すことができるのか。最悪は自らが動くことも選択肢に持っている。

さらには都合よく「神隠し」は動いてくれるのか。二人はこの案を、大司教オーク・ソラリスに相談することにした。

***
大司教の私室、壁には書物と高級そうな酒瓶が並んでいる。ゆったりと腰掛けた大司教は静かに二人の報告を聞き、肘掛けを撫でるように手を動かし、ロッキングチェアを揺らす。

「なるほど、『神隠し』を使うのは良い案であろ。あの男の実力を試すには、打ってつけの機会かもしれん」

オークは頭髪とは裏腹に豊かな顎髭に手を当てながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「まず『神隠し』の存在は事実、そして我々には彼を動かす理由も。改めてローレル君には言うまでも無いが、教皇直属の暗部『シャドウ・セントリー』の一員なのだよ。今回の件は、彼の力量を測る良い機会であろ」

そう言うと、オークは静かに目を閉じた。

「では『神隠し』を遣わそう。夜明けには騎士団を動かせるように。」

「感謝します、副団長に指示させましょう。私は単独でも動けるよう準備いたします」

オークは手を掲げる。
その姿が窓に映ったことを確認したように、影が動いた。

***

「影の回廊」の部屋の一つ、黒いレザーのソファにゆったりとニルが腰掛けている。

「なんだ、年甲斐もなく随分とお楽しみのようだな」

ニルは森で採れたベリーを口にしながら室田に声を掛ける。野生のベリーは酸味がやや強く、同じく異世界産のハーブティーによく合う。初めての異世界グルメは、それなりに彼の舌を満足させている様子。
室田はいつの間にか図書館で調べ物をしていたらしい。

青いエプロンをつけた執事姿の室田、胸の辺りに大きなピンクのハートマークが。手には焼きたてのクッキーを皿に乗せ、いつもの柔和な表情を浮かべている。

「坊ちゃん、夜にはハーブティーが一番でございます。カフェインを摂ると眠れなくなりますよ、ほほ」

「全く、お前にかかってはいつまでも子供扱いだよ」

呆れたように呟き、改めてニルは周りを見渡す。

「僭越ながらポイントを使い、最低限ではございますが部屋を整えておきました。もちろん、ポイントはすっかり使い切ってしまいましたが」

ゴツゴツした岩の無機質な空間は今や引越し直後の部屋のよう。
天井には「柔らかく光る石」が等間隔で配置され、磨かれた石材を思わせる漆黒の床は、上品な輝きを放っている。
壁は白く漆喰が塗られ、荘厳な雰囲気を醸し出しつつも、地下特有の陰鬱さは払拭されていた。

室田曰く1ポイントで1,000円ほどの価値があるらしい。漆喰は安く塗ることが出来たようだが質の良いファブリックはどうやら高級品。こちらでは動物の革が主に使われている。
そしてあれだけ倒したゴブリンは合計100ポイントほど、勇者以外でもポイントになるようだが微々たるもの。

執事の働きに感心しつつ白のサイドテーブル、上品な白の小皿に置かれたクッキーを摘む。いつか食べたところで部屋の外からノックが聞こえる。
この部屋にふさわしいとは言い難い、取ってつけたような板で出来たドアが開く。

「失礼します。シャドウ・セントリーの局長、レイヴン・アッシュウッドです」

男は無駄のない動作で礼をする。短く切り揃えられた角刈り、黒のマスクの上からでもわかる鋭い目つき。漆黒の衣装は、まるで闇と一体化しているかのようだ。

「局長自ご苦労なことだ」

ニルが言葉を発したか否か、室田がどこからか折り畳みのパイプ椅子、そして紅茶とクッキーを用意する。
レイヴンは珍しそうに椅子を見つめて浅く腰掛ける。そして何かを確かめるようにクッキーを眺めた後、口に運ぶ。

「教会では見慣れない菓子ですな」

ハートマークつきのエプロン姿の室田が柔和な笑顔で答える。

「わたくしが作ったものでございます。お口に合えば幸いです」

ニルは軽く咳払いをし、レイヴンに用件を促した。
彼はは盗賊団の情報を端的に伝える。頭領が「勇者くずれ」の疑いがあり、少なくとも二属性の魔法を使うという。
今回の貴族の子供誘拐と商業ギルドからの大量の現金盗難は、教会の威信に関わる一大事であり、速やかな解決が求められている。
諜報によれば盗賊団の拠点は、ニルが魔物狩りに出向いた「件の森」の奥深くにあるとのこと。

ニルは壁にかけられた「小面(こおもて)」を手に取り、赤黒いマントを纏う。

「室田の菓子を食って尚そんな面(つら)か、ハーブティーでも飲んでゆるりとしておけ」

まるで散歩にでも出かけるような気楽さでゆったりと出かけるのであった。

「行ってらっしゃいませ、坊ちゃん」
エプロン姿の室田が頭を深々と下げる。

ニルの「神隠し」としての初仕事が始まる。

↓next 【二重奏(デュエット)】榎戸慶太


4000文字目安にしていたのですが大幅に超えてしまった……
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