極私的読後感(4) マーガレット・サッチャー: 政治を変えた「鉄の女」

サッチャーほど毀誉褒貶の激しい首相は少ないであろう。それは、彼女が初の英国女性首相であるためではなく、その妥協を知らない交渉スタイル、そして「鉄の女」と称されるほどの強い信念を、内政、外交(軍事含む)において臆することなく発揮したことによる。

本書において、英国の1970年代の停滞期から脱する過程、そして望まざる退陣までの動きが、英国の政治思潮や周辺諸国との歴史的経緯を都度概説を加えながら叙述されている。

彼女の信念は

人々に(社会扶助が)全ての国家によって実施可能だという考え方を植え付ければ、人間性の最も枢要な構成要素である道徳的責任を人々から奪い取る(p.34)

という演説の一節に顕著に現れており、(彼女の信仰する)メソジストの教え、そして食料品店を営む父との”life over the shop”から体得した勤勉さが浮かび上がってくる。

彼女は、外交や軍事を不得手としたが、フォークランド戦争を勝利に導き、また冷戦終結への端緒を開いた、優れた指導者であった。

その頃英国が抱えていた懸案の一つが、単一欧州議定書への交渉の中での欧州為替相場メカニズム(ERM)への参加であり、通貨同盟への参加に対する彼女の強い拒否は、英国除く欧州諸国にとって、英国を「厭わしい存在」たらしめていた。それは、単にERMのみならず、拠出金返還を強く要求していたこともあって、なお一層倦怠感を欧州各国に持たせてしまっていた。

これが、今のBrexitの伏線となったかは、議論が分かれるところだが、少なくともBrexitに至る英国の欧州共同体に対するスタンスは、決して(英国除く)欧州諸国よりは冷笑的で、その理念に対する熱意にかけていたことがよく分かったのは、収穫であった。

彼女は後年、その妥協なき姿勢によって協力者を失い、政権を追われることとなった。

特に、同僚たる閣僚や側近、国会議員に対して辛辣な言葉で接し続けたため、あるときサッチャーの側近であるジョン・ホスキンスは次のような助言を手渡した。

・戦略的思考を行うためには未知のもの、不確実なものに思いを巡らせる必要があるが、貴女(サッチャー)はこうしたプロセスを好まないし、得意ともしていない
・貴女が日々の日程に予定を詰め込んでいるのは、戦略的思考という鬱陶しい作業を避けるための便法
・貴女はマネジメントの能力を全く欠いており、特に人事管理については適切とされる約束事を全て破っている
・曰く、弱い立場にある同僚政治家をいじめること
・政治家を、同僚や部下の役人の前で批判すること
・他人を褒めたり、その功績を認めたりしないこと
・物事が上手くいかないときは、すぐに他人を批判してしまうこと
・こうしたことが積み重なった結果、人々はすべてが時間の無駄だと感じ始めている

と、警鐘を鳴らしたのだが、彼女は一笑に付したとのこと。この助言からしばらくの後、彼女は政権を追われることになる。

後年、メリル・ストリープが彼女を演じた映画の冒頭で、老いの進んだ最晩年の姿が出てくる。そう、ミルクを買う孤独な姿が。

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