2015年10月 「あなたはがんじゃないでしょ?」(入院11日目、手術から10日目)

6時起床。4時頃に一度起きたが、すぐにまた寝て、6時まで眠れた。久しぶりにしっかりと眠れた気がする。昨夜、日本シリーズを見て楽しかったのがよかったのか。私たち以外にも見ている人たちがいて、ばらばらに見ているんだけど、なんとなく一緒に見ているような感じもあって、微妙なお祭り感を味わえた。

7:30、ストレッチを軽くして階段往復。寝起きから頭痛がひどかったのでストレッチをしてみたが、病室に戻る前にスタッフルームで痛み止めの薬を依頼した。

7:50、昨日の抜管を担当したあの若い男性医師が採血をしに来た。
昨日の顛末があったので、大丈夫かな・・・と心配に思っていたら、そういう空気が伝わってしまったのか、いつにもまして手つきがおぼつかない。
採血する血管がなかなか見つからず(一応、これでは?と伝えた)、消毒用のアルコール綿を小机にじかに置き、結局消毒していないところの血管に針を刺す。
採血が終わったあとの針の始末が悪かったらしく(たぶん針カバーをぱちっと音がするまではめていなかったのだと思う)、針先から血液が流れ出る。小机に置いた毎日の検温や食事の量などの記録用紙にもついてしまった。
拭くものもないので、枕元のティッシュやウェットティッシュを出して一緒に拭いた。ウェットティッシュで記録用紙を拭いたので端がびろびろになってしまう。
拭き終わるや「おだいじにっ」と言っていなくなったので、「おまえがなっ笑」と思い、ふと見ると小机の上に採血用の枕が置き去りになっていて、コントかと思った。苦労が多そう。がんばれ。

8時、朝食。36.7度。
メニュー:五分粥、花麩みそ汁、人参のスープ煮(きざみ)、焼きたらこ(ほぐし)、マンゴー、牛乳、ゆずみそ

8:30、診察。
担当グループの医師が5人全員いた。
明日の夕方、主治医の診察で退院日を決めるとのこと。
今日は医師の数が多く、診察室全体が混雑してわさわさとしている。その雰囲気に乗じてミスター無表情の男性医師に「先生ってどこ出身なんですか?」と聞いてみた。
東北の県名を答えたので、「へぇー。初めて見た名前だったので。100万回聞かれてると思いますけど」と言うと、「100万回聞かれてますね」と薄く笑った。それを聞いたてきぱきさんの女性医師も「100万回・・・」と笑い、「notomさんは○○(県名にもある私の名字)出身じゃないですよね?」とたずねた。「行ったことないです」と答えると、ミスター無表情が「行ったことないんだ・・・」とまた薄く笑う。
これで退院できる。
夫も達成できなかったタスクを完了したことを、報告せねばなるまい。

9時すぎ、傷病手当の申請書の依頼をしに、1階の窓口へ。
職場と復職日を決めてからでないと依頼できないとのこと。
今週末退院の見込みであることを伝え、出社日の相談を誰と先にすべきかを確認するメールを、職場の総務担当者に送った。

病室のある8階のエレベーターホールで職場にメールを打っていると、60−70代の女性から話しかけられた。
「何の病気?」「親知らず?」「がんじゃないでしょ?」と始め、自分はがんの再発が見つかりとてもショックだったこと、13時間の大手術で大変だったこと、入院生活がつらいことなどを延々と話し、ときどき泣く。
私もがんであることを一応伝えると、「あなたは初期だったから大丈夫よ」と言われ、娘から送られてきたというメールや、術後の自撮り写真を何枚か見せられた。
6年前に別のがんを患った。口腔がんもやり、とりきったと思っていたが口の中にできものができた。地元の大学病院で診てもらい、3ヶ月くらい薬をつけて様子をみていたがよく治らないので、この病院に回してもらうように頼んで来てみたら口腔がんの再発だったという。主治医(ミスター無表情)からは年単位での生存は難しいかも、と言われたそうだ。彼のものの言い方に傷つくことが他にもあったと話し、その状況は同情するものだった。
同情はするけど、これほど延々と自分の苦しさを初対面の入院患者に話し続ける心情というのはどういうものなんだろうな・・・と思わずにはいられなかった。私が同じ状況に陥ったらどうなるのだろう。できればあんな風になりたくないとは思うけど、自信はまったくない。
「あなたはがんじゃないでしょ?」と聞かれたときに、「私もがんだよ」とはりあうかのような、醜いきもちが自分の中に芽生えたことは見過ごさないでおきたい。

12時、昼食、服薬。
メニュー:五分粥、大根のみそ汁、かれいの磯辺焼き(ほぐし)、じゃがいもと人参の煮物(つぶし)、小松菜おひたし(きざみ)、冷や奴、ゆかり、ヤクルト

13時、朝の検温のときに、尿の回数が少ないので1回あたりの尿量を確認するようにと看護師から言われたので、やってみた。トイレにあった大きな紙コップの用途がやっとわかった。
看護師から聞いた平均量の倍くらいあった。
昼の検温の担当看護師が朝と同じ人だったので結果を伝えた。1日の総量で考えると問題ないとのこと。若いから膀胱がやわらかい、ということだそう。

昨日までは下唇の皮(乾燥していてよくむける)を上の歯でかむことができなかったが、舌のおさまりがより良くなったのか、今日はかめるようになった。本当に少しずつだけど、日々回復している実感がある。

15時、栄養士の人と食事の相談。
五分粥をふつうのお粥に変え、おかずは柔らかさはそのままできざまずにだしてもらうことにする。
食べるときに、自分で食べやすい大きさに切って口に入れるようにと言われた。筋肉痛みたいになるかもしれないけれど、お粥におかずを混ぜてしまえばたいていのものは飲み込める、とのこと。

15:30、階段往復を兼ねて屋外(敷地内)のコンビニで、プリン、カフェオレ、水2リットルを買った。
久しぶりのプリン。最初は味がよくわからなかったけれど、だんだん甘みがわかった。

奥のベッドの人が今朝で退院した。私一人になったので、しきりのカーテンをすべて開けたら病室が明るくなり、気分がよい。

17時、看護師の個人研究用のアンケートに答えた。
口腔がんの早期発見を促すことを目的としたものだという。
最初に気づいた症状とその時期、最初に受診した時期と医療機関、口腔がんに対するもともとの知識などを聞かれた。
アンケートに回答しながら、口腔ケアについてや、再発を見逃さないためにまめに定期検診をうけ、かつ、自分でもリンパ節のはれやしこりを確認すること、などをアドバイスされた。
ステージ1の5年生存率は90%を超えるという。高い確率であると思いつつも、「100%じゃないんだよな・・・」と不安になる気持ちも同時にわきおこる。
「10%に満たないわずかな確率であってもネガティブな情報にひきずられるという自分の性質を自覚しつつ、謙虚に自分の体とつきあっていくほかない。
もしも再発したときにはまた治す。先のことは心配してもわからないのだから、腹をすえて、謙虚につきあっていこう。」
と自分に言い聞かせるように日記を書いた。

昼にエレベーターホールで会った女性の話や、30歳で舌がんによる多臓器不全で亡くなったアマ棋士の話、今日の看護師の話を聞くと、しーんとしたきもちになる。こういうきもちは「粛然」というのが近いのか。広い体育館に一人でいるみたいな感じもするので、心細さも混ざっているのだろう。

18時、夕食。
全粥、しじみのみそ汁、鶏肉風味焼き、高野豆腐、白菜おひたし、わらび餅風デザート(おいしい)

19時、夫と電話。
仕事の悩みを聞き、心配になる。
pomeraを使うように度々言われていたが、画面を開く気にならずそのままにしていたが、実はpomeraにメッセージを残していたのだという。
「もう見なくていい」「notomってやつはそういうやつだよ・・・」とがっかりあきれたようす。私がへらへら笑っているので「何笑ってるんだ・・・」とも言っていた。
彼なりにいろいろ考えてやってくれたんだろうと思う。
今回、私よりも彼の方が大変だったと言えるのかもしれない。かわいそうに。


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