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ファストから少し離れて

河北新報夕刊「まちかどエッセー」に2021年7月から隔週で8回にわたり書いたもの。「河北新報オンライン」が会員制になったというのでここに再録する。

この後、偶然にも「ファスト映画」によって有罪判決が出るのは仙台地方裁判所である。
(初出:河北新報夕刊「まちかどエッセー」2021年8月23日)


「読書百遍、意自ずから通ず」。難しい文章も繰り返し読めば自然と理解できるという意味だが、近頃はそんなことを諭す人は少ないどころか、名著も100分くらいで解説するほうが重宝される時代である。一語一語噛みしめながら骨のある書物を読むのは、時間がある人の贅沢、あるいは、情報過多の現代においては何事も「ファスト=手早く」が好まれるということかもしれない。フードもファッションもファストである。

近年の映画界隈においても、物語を数分に要約して紹介する「ファスト映画」と呼ばれるYoutube動画が現れ一時人気を博した。しかし、この夏には著作権法違反で摘発されるまでに到り、そのニュースを憶えている方もいるだろう。研究や仕事のために大量の映画を見なければならないならともかく(いや、そうであったらなおさら「ファスト映画」など見てはいけないが)、関心や娯楽の対象として映画を見る多くの人々には、結末だけわかっても楽しみが削がれるだけではないか。それとも、ここでも案外「ファスト」化が進んでいたということだろうか。

しかし、それとは違う向きもある。私の記憶では2015年の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(ジョージ・ミラー監督)あたりから、最近では『シン・エヴァンゲリオン 劇場版』(庵野秀明監督/2021年)など、大ヒットした作品には、映画館で立て続けに何度も見る観客の存在が無視できない。見た人々がその回数を競ってSNSに投稿したり、歌舞伎の大向こうのように観客がスクリーンに向かって声を上げられる「応援上映」が設けられるなど、一度入れば一日中見ていられた昭和の映画館とは違う意味で、同じ映画を続けて見る文化が生まれている。

ところで、私の友人に、何十年も同じ映画を繰り返し見ている人がいる。家でも見るし、リバイバル上映があれば映画館にも駆けつけるというその人は、伝統芸能に親しむかのように、物語を知り尽くした上で毎回感動している。いつでも新作に気もそぞろの私とは違い、人生の一本を見つけた人の幸福。「読書百遍、意自ずから通ず」のもうひとつの意味は、むやみな乱読よりも、良いものを選んで熟読せよという戒めであったことを思い出した。

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