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『曲で拭う悲しみの涙』said B

『曲で拭う悲しみの涙』said B 【超短編小説 057】

嫌な予感はしていた。
2週間前から、電話も出ず、メールも返さず、音信普通になっっていた彼女からの着信だった。

昭秀
「もしもし」

絵美
「もしもし」
「わたし」

昭秀
「うん、どうした?」

絵美
「ずっと連絡しなくて、ごめん」

昭秀
「どうしたの?」
「何があったの?」

絵美
「実は、、、あのね、、、」

昭秀
「泣いてるの?」

絵美
「、、、うん、ごめん」

昭秀
「、、、」

絵美
「あのね、ほかに、好きな人ができたの」

昭秀
「えっ!、、、」

絵美
「だから、もう、あきちゃん、とは、付き合えない、、、ごめんね」

昭秀
「そうか、、、」
「泣かないで、、、えみ」

絵美
「ごめんね、、、ごめんね」

昭秀
「それで2週間、連絡なかったんだね、悩んでたの?」

絵美
「うん、、、」
「あきちゃんのこと、嫌いになったわけじゃないんだけれど、ごめんね」

昭秀
「そうか」
「わかったよ、ちゃんと連絡くれてありがとう」
「切るね」

絵美
「今まで、ありがとう」

昭秀
「うん」

僕は何も考えずに電話を切った。
床に座ってベッドに寄りかかり、テーブルの上に置いた携帯を眺めていた。だけれど焦点は合っていない。

ただでさえ曖昧な視界がさらにぼやけて見えた。涙が溢れていた。

【辛島美登里 : サイレント・イヴ】

絵美は大学の先輩だった。僕が2年生の時にバイトしていた本屋で出会った。1学年上の彼女は、就職活動を迎えるにあたり、自己啓発本や教養本を読み漁っていた。新刊情報や就活に役立ちそうな本を教えてあげたのがきっかけで仲良くなり、1ヶ月後には付き合っていた。

実家暮らしだった彼女は、僕のアパートで一緒に映画を観たり、音楽を聴いたりして、日頃の疲れを癒したり、恋人同士の時間を楽しんだ。

この部屋で、彼女の第一希望の企業からの内定を祝ったり、誕生日、クリスマス、卒業祝い、就職祝いをしたんだ。

彼女が勤め始めてから、3ヶ月経った頃から様子はおかしかった。でも僕は、彼女の仕事が忙しいのだ、と思うようにして、会える日は楽しく振る舞っていた。そして、9月の初日から連絡が途絶えた。

【小田和正 : 秋の気配】

涙が乾いてからどれくらい経つだろうか、お腹が鳴った。どんなに悲しくても、どんなに打ちひしがれていても、お腹は空く。人間の身体とは、そういうものだ。僕は自分の身体や脳のことをよく理解している。

だから僕は準備をする。そこらじゅうに転がっている、彼女との思い出や温もりに悲しみがまた溢れ出す時、彼女を失った寂しさが僕の胸を苦しめる時。そんな時のために曲を選ぶ。

僕は彼女からもらったCDを全て、テーブルの上に置いて、一枚選び、そのアルバムの中からさらに一曲選んだ。そしてその曲を再生した。何回も何回もリピートして聴く。外ではヘッドホンを着けて聴く。特に悲しみや寂しさを感じた時に聴く。それ以外の音楽は何も聴かずに。

その思い出を一曲に閉じ込める。彼女との思い出に対する悲しい気持ち。彼女がいない寂しい気持ち。たまに湧く彼女への恨み。まだ残る想い。全てをその一曲に閉じ込めて、2週間後、僕はそのCDを捨てて一生その曲は聴かない。それと同時に全ての気持ちが消え去る。

僕の脳は受け入れてくれる。
悲しみの涙を曲で拭うことを。

【ユニコーン : すばらしい日々】

CDと女性01

《最後まで読んで下さり有難うございます。》

僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。