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地域とヨソモノを繋ぐクッション


2018年から地域おこし協力隊となり、多くの人が訪れるシェアハウスの住人となり、都市部からやって来る人たちの受け入れる事業を主な業務としてやっている。

現在、山間の小さな集落に家を借りて住んでいる。来た当初、田舎特有の閉鎖的な雰囲気があったらどうしようと思っていた私だが、挨拶に行くところ、行くところ、そんな閉鎖的な雰囲気は一切なく、おおらかによそ者を受け入れてくれた。
2019年の3月まではその家に協力隊OBの男性と女性が一緒に家に暮らし、一緒にイベントを開催しているというカタチだったが、4月からはその二人が関東に引越し、私は拠点で一人で受け入れをする立場となった。


ひとりで受け入れるということ

GWに初めて1人で受け入れすることとなった田植えお手伝いのイベントの参加者は、有り難いことに12名。入れ違いにやってきては帰っていく参加者の送迎や、地域の仕事の時間の都合を計算したり、昨年田植えのお手伝いしている地区に加えて、拠点のある地区の田植え日程も確認してイベントのスケジュールを組んでいく。

始まってみて感じたのは受け入れ側の柔軟さだった。
GWの前半は天気も不安定で、田植えのスケジュールは予定変更が相次いだ。2つの地区でお手伝いの予定をしていたが、田植えスケジュールの変更によって合わなくなり、その予定変更を当日の朝に謝りにいって調整するという状態だった。「手伝うっていってたやないか」とお叱りをうけるのではないかと身構えて謝りに行った農家さんでは「大丈夫や~。できるときでいいよ」と言ってださり、(期待値も低かったのかもしれないが)地域の柔軟な対応がとても有り難く、心強く感じた。田植えに初めて手伝い(というか見)に来たよそ者を、快く田植え機に乗せ運転させてくれるおおらかさに驚きつつも、名前も知らない地域のおじさんたちと、荒天のなか苗箱を運び「寒いね」と話す状況というのは、否応なしに距離が縮まる。受け入れ側でありがなら、この期間の体験はとても貴重なものだったと思う。実際、その時に私のことを認識した地域の方々もいらっしゃった。


また、参加者の中に、この町に複数回来訪していて、地域の方と顔見知りになっている人がいたことも心強かった。私が付き添わなくても地域の方の輪に他の参加者を連れて行ってくれるなど、助けられる場面が多かった。私達というクッションがあって地域に入り込んでいった滞在者の方々が、そのクッションが無くても(または小さくても)地域に入り込んでいくようになってきているということが見られたことはここで活動を続けてきた成果のように思う。

地域とヨソモノを繋ぐクッション

突然やって来たよそ者が、地域の人と繋がって仕事を手伝わせてもらうというのは、とてもハードルが高い。そんな時に、地域に住んで、普段からやり取をしている地域側のクッション役がいることとでハードルは各段に低くなる。
しかし、クッション役は地域の方々と信頼関係を築いていることが重要。「あの人が連れてきた人なら…」といって受け入れてくれる、いわば、よそ者が地域に入り込む為の信用手形のようなものだからだ。クッション役が地域で信用されていないと、やって来た人も受け入れてもらえない。
そういう意味では、クッションになる人は地域でも自治会の役員だったり、自分の仕事以外に地域に貢献しているような公の仕事をしていたりすることで、その人柄が担保される。
やって来た側も知らない土地で寄る辺の無いというのは心細く不安なもの。クッションはその1歩目をサポートする役割だ。

クッション役はやって来た人間にだけのものではない。地域の受け入れ側にも、「こういう人が来るからよろしくね」と話をしておいたり、どういう予定で動くかを伝えておくことで、不安を軽減するような役目もある。そうやって、始めのクッション役が地域で頑張ることによって、作業を一緒にしてくれた地域側の人間も協力的になってきて、新たなクッション役が生まれたりする。

ただ、日々を暮らしていた「誰か」が「○○さん」と認識されたときのような、感覚。私はこの感覚が好きだ。
日々、誰もが自分の暮らしに一生懸命で生きている、そこに繋がりができて「○○さん」と認識できたとき、その人がかけがえのない人になる。

いま、できることを

2018年にこの町にやってきて、地域おこし協力隊の先輩やOBからいろんな地域の人に繋げてもらった。だが、つなげてもらっただけでは関係性が希薄すぎで存在を認識してもらえない。自ら関わっていくことをしなければ、私自身を「宇野さん」と認識してもらえない。関わってきて見えてきた地域は最初に感じたとおりの、おおらかさと優しさをもっていた。

自由に行きたいけれど、ビジネスのスキルなんてなんにも持ってなくて、どちらかと言えば、仕事できない人間な私が、ここでいろんな人に「宇野さん」と認められ、優しさに触れて、どうにかお返しがしたいけれど、私に持てるものなんてほとんどなくて。

私ができること懸命にやるしかない今。
この地域に来てくれる人たちのクッション役を続けていくためにも、協力隊としていることができる今のうちに、きちんと今後につながる生き方を見つけなければならないと思う。


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