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笑わない子供

小学校を卒業するまでは、私は普通の人間だった。

ではなぜ中学入学以降が普通ではないか、というと「感情が覚醒してしまった」という表現を思いつく。

私という人間の異常性を語る上で鍵となるエピソードがある。中学に入学したての頃起きた、感情が覚醒するきっかけになった話と言ってもいい。


彼は、今思えば特殊な方法で生徒の気を引く国語教師だった。
初めての国語の授業。彼は教室に入るや否や、自分に質問をするように生徒に指示した。何でもいいから僕に関する質問をしなさい。そして、質問が無くなり次第授業を開始する、と。
生徒たちは矢継ぎ早に質問をし始めた。

好きな食べ物は?奥さんはいるの?誕生日は?嫌いな食べ物は?
私はその時、無であり、自分では十分に自覚し得ない異空間に一人いた。
十数問の質問が出て、誰も手を挙げなくなった。
では授業を開始する、と彼はチョークを握ろうと背を向けかけたその時だった。
私の右手は私の制御下から外れ、天井方向に突き上げられ、唇はプログラミング外の言葉を紡いだ。

「どうしてこんな事をしたのですか?」

彼は一瞬驚いたように見えた。しかし直ぐに質問をする様に言ったことか?と聞き返してきた。
私は軽く頷いた。
彼は少し間を置いた後、回答した。

「私はね、人をいじめるのが好きなんです。」

授業始まって以来一番の大爆笑が起きた。
その瞬間を捉えた写真が存在すれば、こんな光景が写っているだろう。

楽しそうに大笑いする子供達。
視界の淵で私を捉えた彼。

彼を睨みつける私。

私は正しい子供の道から外れてしまった。


7年後の成人式に思った事だ。中学3年生の最後の国語の授業、彼が私に送った言葉はあの時の私の言動と関係性があるのではないかと。

最後の授業の日、彼は生徒それぞれに、こんな人間になってほしいという願いを込めて漢字を一文字送った。

翔、輝、導など門出に相応しい鮮やかな漢字が苗字に起因する出席番号の順に発表された。
世界へ羽ばたいてほしい、その能力を存分に活かしてほしい。
漢字を口にしたあと、比較的長い時間を使い激励の言葉を一人一人に送った。

クラスで最も後方の苗字に該当する私の番になった。
彼が私に示したのは「支」だった。

「世の中にはね、そういう人も必要なんですよ。」

極めて短くそう付け加えると、簡単な挨拶をして彼は教室を後にした。

その後の教室は一種の厳かな空気に包まれていた。
私は泣いていた。親しかった女の子も泣いていて、私に抱きつき、感動や寂しさといった表情で言った。
みんな泣いてるよ、
私の涙はそんな美しいものではなかった。

どす黒い憎しみ、憤り、大人への不快感
反抗心、屈辱、

一生日陰にいろと言われた気がした。

私も綺麗に泣きたかった。
子供のように笑いたかった。

私は汚れたままもう元には戻れない。



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