見出し画像

冬のまつりは花火が似合う2

私と夫は大学4年の時に付き合い始めた。
普通の友達だったのだが、何かの拍子に「ずっと好きだった」と告げられた。同じ音楽サークルでいつも隣にいた。燃えるような恋ではなかった。穏やかで優しくて、ある意味とても退屈な人だ。

マンションに帰ると夫は一足先に帰ってきていた。
「おかえり」「ただいま」

子どもの居ない私達夫婦にとって、2人で過ごす時間は絶え間なく続いていく、可もなく不可もない凪のような穏やかな日々だ。

「丸の内のイルミネーション、綺麗だったよ」
「そう、そんな季節だね…」

読みかけの小説から目を離し、優しい笑顔を向ける。私を愛してくれる大切な人だ。

私達は簡単な食事を取り、食後のコーヒーを楽しんだ。ラベンダーのルームフレグランスを炊いた寝室で愛し合う。

いつもなら、そこに高まるような特別な感情はない。なのに今日は違った。違う人を思い浮かべながら…背徳感にむしろ興奮していた。

目を閉じると、イルミネーションの光の下でキラキラ光るあの若い男の子が浮かぶ。
柔らかそうな髪や、バランスの取れた美しい背中。
笑うとクシャクシャになる目尻。触れる長い指。
心地よく響く低い声。独特のイントネーション。

10分…もしかしたら5分だった。儚い夢みたいな出会い、一目惚れのような感覚。
忘れられないほどに強力な誘引力のある人だった。

まるで儀式のように愛し合った後シャワーを浴びる。浴室の曇りガラスの向こうに30代も半ばに差し掛かった自分が映る。

こんな感情は久しぶり。私はいつもより丁寧に身体を洗いベッドへ戻る。
先に眠っている夫を見る。優しくて大切な人。
でも、この心の中であなた以外の人を思って感じていたよ…そんな事を思いながら私も眠りについた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?