見出し画像

冬のまつりは花火が似合う10

午前中に用事を済ませてSUV車に乗り込む。彼と待ち合わせた駅までの時間が長く感じる。

夫には、地元の友人に会いに行くと小さな嘘をついた。胸がチクッと痛む。
謝らなければならない。今日が終われば・・・心の中で思う。

「こんにちは」助手席に座りニッコリと微笑む姿に安堵した。
迷惑がられていないか、彼を誘った事に後悔と期待が入り混じった一週間だった。その笑顔につられて私も微笑む。

その日、首都高速は珍しく混んでおらず、車は目的地までスイスイと進んだ。

車内では昔からの知り合いのようにリラックスした彼の言葉に耳を傾ける。
いつもより少しだけ近い距離で聞く声が心地よい。
車が走り出して2時間もすると雪景色に変わった。大好きな私のふるさと。
美しい南アルプスの山々が出迎えてくれる。

私たちは簡単にカフェで食事をし冬まつりを楽しんだ。
無数の小さなかまくらの中の灯りを見ていると、何もかもが浄化されて流れていく。

ふと幼い頃の思い出が蘇る。私と母だけの大切な場所があった。
小高い丘の公園から、かまくらを見たことを思い出した。

「行きたい場所があるの。一緒に行ってくれる?」
「え、全然いいですよ!」小さな雪だるまを作っていた彼が嬉しそうに答える。

人々の流れに逆らうように雪道を歩く。
丘の上の公園に着く頃には夕暮れ時で、他には誰もいなかった。

「すごい・・・」
息を呑む音が聞こえる。一面真っ白な世界で、吐く息が凍りそうになるほどの透明な感覚。麓にはポツポツと暖かい灯りが、ガラス細工のようにばらまかれている。

私たちは暫く言葉を失った。
並んで見ている彼との距離が少しだけ近くなる。どちらともなくそっと体を寄り添いあわせた。
手を握られ、私も握り返す。
「好きだよ」の一言が言いたくて。
でも、言ってはいけない事もわかっていた。

真っ白な雪の上に押し倒されても、私はちっとも怖くなかった。
こんなに近くで顔を見たのは初めてで、フワフワの髪が優しく目元にかかっている。

「寒くない?耳まで真っ赤だよ」
そう言って彼は耳をそっと撫でる。私は突然思い出す。
小さな頃に、母もそうやって耳を撫でてくれた事を。
途端に感情があふれ出し、私は大粒の涙を流した。

寂しくて、哀しくて、心にポッカリと穴が開いた私を黙って抱きしめている。雪だらけになりながら彼にしがみついて、私は子どものように泣きじゃくった。

涙を拭きながら、彼が見つめる。
「帰りましょうか。待ってますよ、あの人。あなたの事が大好きみたい。」
そう言うと、もう一度名残惜しそうにぎゅっと抱きしめた。

遠くから花火の上がる音が聞こえる。
私たちの恋は、真っ白な世界に打ち上げられた花火みたい。
儚くて美しいまつりだったのだ。
二度と会うことのない大好きな人と過ごしたこの冬を、私は生涯忘れられないのだろう。

                                                 Fin
                                  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?