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12. 行ッテ永久少年ニナロウト言イ

 製氷所の重い扉を開けて中に入った途端に、ハジメくんは左右から屈強な腕で取り押さえられた。ロープでぐるぐる巻きにされて、コンクリートの床に投げ出された。天井に整列した白色光の下、床の上は空っぽだった。銀色に光る壁際にはなんらかの機械や計器が固まっていたが、氷の類は皆無だった。製氷所としてはもう使われていないのだ。屈強な男たちが去ると、電気も消えた。
 足首までギチギチに縛られたせいで、まったく身動きできなかった。口には猿ぐつわをされたせいで、声を張りあげることもできなかった。
 分厚いドアのむこうで物音がした。パチンと鋭い響きがあって、「なにすんの、父さん」と声がする。これはジュンくんの声だった。
 「ぼく、言われたとおりにしたじゃないか。ちゃんとハジメくんをつれてきたじゃないか。なのに、どうしてたたくの?」
 「テストだ」むっつりとした声が応じる。「おまえが永久になっていないかどうかのな。おまえは必要以上に長時間、永久の連中とつるんでいた。連絡が一日遅かった。連中に取りこまれたんじゃないかと疑っても無理はないだろ? もう一回引っぱたく必要がありそうだな。おまえ今、全然痛がってなかったじゃないか」
 「痛かったよ! だけどビックリしたんだ。まさかこんなお手柄立てて、殴られるなんて思わないもの。褒めてくれたっていいじゃないか。ぼくはハジメくんに話しかけるチャンスをうかがってたんだよ。弟子がずっとつきまとってて、なかなか一人になる機会がなくて」
 パチン! ふたたび引っぱたかれる音に続いて、どしんと床になにかが落ちた。
 「倒れたか。虫けらみたいに悶えてやがる。だが、それも演技かもしれない。そういう真に迫った演技をすれば、大人をあざむけると教わったのかもしれない。鼻血? うん? そいつは本物の鼻血なのか? おまえが大好きなケチャップじゃないのか? いつも容器から直接ナメナメしてたものな。おやおや、止まらないってわけか? ボタボタよく出る。なにごとも度が過ぎるとウソっぽいぞ」
 「東ニ病気ノ子供アレバ」ハジメくんはつぶやく。

 行ッテ永久少年ニナロウト言イ
 西ニ疲レタ子供アレバ
 行ッテ永久少年ニナロウト言イ
 南ニ死ニソウナ子供アレバ
 行ッテ永久少年ニナロウト言イ
 北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ
 行ッテ永久少年ニナッテ永久ニ続ケタマエト言イ

 「そんじゃ舐めてみるといいよ!」ジュンくんの声はほとんど悲鳴だった。「ケチャップじゃないってわかるから!」
 「そんなことまでしようとは思わん。わかった、おまえの疑いは晴れた。むこうで治療してもらえ。それが済んだら家に戻っていいぞ」
厚いドアがゆっくりと開いて、大きな革靴が近づいてきた。ハジメくんは見上げるが、変な角度から見ているせいか、それは人の顔に見えない。
 「遅いな!」それがハジメくんの第一声。「いつまで待たせるの。永久少年になりたいって子はどこ?」
 「そんなものはいない。よくこんな簡単な手に引っかかったもんだな。わたしは陸奥市警、永久対策本部のクナシリ警部」
 「警察か。そしたら、ここは警察署? ずいぶんさびれちゃってるけど」
 「永久の子供たちの代表者であるきみと話をしたい」
 「ぼくはそんなもんじゃない」
 「きみがはじめたことだろう? いつでもきみが先頭を切って、ルールを踏みにじってきた。子供たちはきみを手本と仰ぎ、素直につき従ってきた。だれもきみには逆らわない。きみは永久の最重要人物であり、絶対的な存在なのだ。だから、望むと望まないとに関わらず、きみが代表となるのだよ」
 ハジメくんは「おえっ」と言った。
 「ごめんよ。今日はちょっと胃の調子が悪くて。なんか悪いもんでも食ったかな」
 しかし、そんなざれ言に取り合うクナシリ警部ではなかった。
 「きみらはすっかり嫌われ者だ。家庭を、学校を、町をさんざんひっかきまわして、容易には癒しがたい傷を残した。器物損壊、傷害、強奪、放火、人心攪乱と、きみらの犯した罪は数知れず、このままでは殺人さえ犯しかねない。最初のころはきみらに対する同情もないではなかった。非常に窮屈な世の中だ。きみらには遊び場らしい遊び場はなく、バラ色の未来も用意されていない。だったら、ちょっとくらい羽目を外しても許してやろうじゃないかというわけだ。だが、明らかにやりすぎた。これほどの反社会的行為、非人間的言動、凶暴性の発露を前にしては、いかなる擁護も不可能だ。親御さんたちは深く悲しみ嘆いているぞ。こんな子に育てたはずはなかったのにと、自らを責めて苦しんでいる。かわいい息子や娘が単に失われたというにとどまらない。ともにすごした美しい思い出が土足で踏みにじられてしまったのだ。どうだ、いいことはなにひとつないぞ。きみらはこれで満足なのか?」
 ハジメくんは「ふああっ!」と大きなあくびを漏らす。
 「ごめんよ。普段はもう、おねんねしてる時間なんだ」
 「結末は目に見えている。きみらに対する憎悪はじきに大きなうねりを作り、押しとどめようもない怒濤となって、きみらに粉微塵に打ち砕くのだ。きみらが好き勝手できたのは、世間にまだ遠慮があったからだ。どんなに悪さを働いたところで、しょせんはガキにすぎないと高をくくってた。一皮むけば泣き虫の淋しん坊なんだから、いずれは逃げ帰ってくるものと見くびっていた。だが、もはや幻想は消えた。きみらが怪物、化け物、エイリアン以外のなにものでもないと知られたら、もう容赦はないぞ。草根のわけても探しだして、最後の一人までたたきつぶす。この世で最も愛するわが子に裏切られた親たちの憎悪は地獄の鬼でさえ及ばないのだ!」
 クナシリ警部は興奮して真っ赤になり、まるで語った本人が地獄の鬼になったかのようだった。
 「どうだ、そんなのはいやだろう? だが、今ならまだ手の打ちようはある。永久少年をやめるのだ。公式に宣言するのだ。有線放送を通じて声明を発表したまえ。ビラを印刷配布するから声明文を起草したまえ。帰って仲間に告げるのだ。永久はこれにて終了。終わりなき日常に戻れと。そうすれば最悪の事態は回避できる。きみらは当分は厳しい監視下に置かれるだろうが、そこのところは我慢しなくてはいけない。おとなしくしていれば、じきに周囲の目もやわらぐだろうし、なによりもきみらはまだ若い。この程度の損失はすぐに取り返せるだろう。どうだ? これが最大限の譲歩だが」
 「でもさ」ハジメくんはニッコリとほほえんだ。「ぼくはまだ遊びたりないんだけど」
 「遊びたりない⁈」警部は激怒した。「バカ言うな。もうたっぷり十分遊んだじゃないか。ガキの分際でギャングみたいに騒ぎまくったじゃないか。遊びはいつか終わるもんだ。今がそのとき、潮時なのだ」
 「もっといろんなことができるはずなんだ。考えてることがいくつかあってさ。ぼく一人で決められるもんでもないし。永久をはじめたのはたしかにぼくだけれど、今じゃ永久少年はいっぱいいて、おまけに永久少女までいる。ぼくが命令できるもんでもない。だったら逆に気持ち悪い」
 警部は深呼吸を繰り返して、気持ちを鎮めた。
 「もういい。たわごとは聞き飽きた。われわれには時間がないのだ。最後のチャンスを与えよう。受け入れなければ、きみは終わりだ。これは遊びでも冗談でもない。本気の本気だ。真剣だ。ハジメくん、永久少年をやめるんだ!」
 「やだ」
 「やめるんだ!」
 「やだ」
 「三度目の正直。もう待てない。よく考えて結論を出せ。いいか、永久少年をやめるんだ!」
 やだ。
 やだ。
 やだ。
 「三度やだ」
 警部はかすかにうなずいた。予想通りの結果だった。
 「時間切れだ。わたしはできるだけのことはした。さようなら、ハジメくん。ひと思いに楽にさせてやるから安心したまえ」

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