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10.カリソメ

 キンイチくんとジロウくんがハジメくんに会えたのは、お昼をだいぶすぎてからのことだった。
 朝もまだ早いうちから自転車に乗って、見回りをする警官たちや自警団の目をかすめ、泰安寺わきの細道から山に入り、道なき道に分け入って、落とし穴に落ちたり、糞玉を浴びたり、野良犬にまとわりつかれたりしながら、木の上、草むら、岩場に隠れた永久の子供たちの情報を頼りに、ハジメくんのあとを追ってきたのだ。
 鬱蒼とした雑木林のむこうに、草木の生えていないごつごつした坊主山がそびえ、永久の子供たちが多数、その周辺にたむろしていた。
 「よく来たね!」ハジメくんはニコニコしながら二人を出迎えた。以前とどこも変わらないハジメくんだった。「なんか変だなあって思ってたんだ。キンちゃんジローさんがいなかったんだな。どこいたの?」
 「ぼくらはうろちょろしてたんだ」「なにが起こってるのかわかんなくてさ」
 「わからない? ハハハ! 永久少年じゃないか! そっか、きみたち、まだ永久になってなかったっけ? 永久になりに来たんだね」
 「逆だよ」「ぼくらはやめさせに来たんだ」
 ハジメくんはギョッとした。この二人がそんなことを言うなんて、天地がひっくり返るんだろうか?
 「永久になった人をたくさん見たよ」キンイチくんが話す。「学校でも町でもここに来る途中でも。みんな、ずっと動きっぱなしでイキイキ楽しそうだった」
 「でも、ひどい格好なんだ」ジロウくんが話す。「服は泥まみれ、びりびりに破れて、ボロ雑巾みたくなってるのに、着替えもしない」
 「ぼくらはキッズモデルじゃないからね、身なりにはそんなにこだわらないんだ」
 「身なりだけじゃない。腕が折れた人がいた。両目がつぶれた人がいた。下顎がはずれて骸骨みたいになった人がいた。それはもう治らないんだろ?」
 「ヒカルくんは両足がもげてしまったのに、まだお空を飛ぼうとして、床をはいずりまわってた。ショウちゃんはあんなにかわいい女の子なのに、木から転げ落ちて鼻がぺしゃんこにつぶれた。ぼくは胸がつぶれそうだったよ」
 「ミスだ」ハジメくんは神妙に言う。「永久の体は超合金じゃない。壊れるときは壊れるし、壊れたら永久に壊れたままだ。いったん離れちゃった部分は二度と使いものにならないし。そこが生身の体と違うとこだな」
 「後悔してる?」キンイチくんがおずおずと尋ねる。
 「後悔? どして?」
 「手がなかったら、目が見えなかったら、歩けなかったら、悲しいじゃないか」
 「うん、だから、そこで悲しくないのが永久なんだ。不便は不便だけど、なくなったものはしょうがない」
 「そろそろほかのことしない?」ジロウくんが提案する。「防空壕に作った秘密基地。ずっとほったらかしてるだろ。食糧も武器もゲームも揃えたのに。地球人に混じった宇宙人のふり。その可能性もまだ追求できてない。一緒に調査報告書を書こうって相談したのに。廃線になった線路を踏破しようって話もあった。お弁当持って、ビデオカメラまわして」
 「これまでしたことのないことしようよ」キンイチくんが提案する。「物置で年代物のパイプとパックされたタバコの葉を見つけたんだ。こいつを吸ってみよう。母方のおじさんがこっそりドブロクを作っててさ、ちょっと拝借して宴会を開こう。新町の葛の湯の隣の家が空き家になってて、二階から女湯をのぞけるスポットがあるんだ。朝まだ暗いうちに外を歩けば、牛乳とヤクルトが飲み放題だ」
 キンイチくんにしてみれば、そういった定番の悪さのほうが、足下からぽっかり地面が消えたようなこの状況よりよっぽどましに思えたのだ。
しかし、ハジメくんは首を振っただけだ。「ぼくの知らないうちに話が進んじゃってね」
 坊主山のてっぺんはまばらに灌木や雑草が生えているばかりで、むきだしの地面のあちこちに子供たちが散らばっていた。そこには真新しい衣類や食べ物、リュック、バッグ、双眼鏡があって、まるで遠足に来たみたいだった。ハジメくんはほくそ笑みながら、「なんだと思う?」と聞いてきた。
 「弟子だよ。ぼくらは弟子なんだ」イワオくんが答えると、ハジメくんは爆笑した。ヒーッ! ヒーッ! 弟子だって! おなか痛い! 
 「永久を広く世に広めるためにぼくらは弟子になった。大端町ばかりじゃない。小津川、二舞橋、関根、異国間まで勢力を広げて、そのうち本丸の陸奥市を攻める」
 イワオくんが広げた地図はA3大の紙に霜北半島一帯を描いたもので、大端町をはじめとして、周辺の市町村の名前が記されていて、坊主山から突き出した鋭い矢がそれらの市町村に突き刺さっていた。
 「ハジメくんはすごい、かっこいいなあって思ってたんだ」発言したのはイワオくんの弟のユタカくんだった。兄に永久少年になるのを勧めたのもユタカくんなのだ。「ハジメくんはあれなんだ。カリユシ。違う。カリメロ。違う。カリソメ。うーん、そんなもの。ハジメくんがやることなら、ぼくらも一緒にやりたいもの。だってそれが一番おもしろいんだから」
 「一番おもしろい? ぼくのやることが?」ハジメくんは驚く。「だったら、それはつまんないね」
 「なんで?」
 「だれかがもっとおもしろいことしてくれなくちゃ、ぼくがつまんないじゃないか」
 一ダースものスニーカーを履いたり脱いだりしているのはカケルくんだった。だれよりも駆けっこが好きだったけれど、俊足というわけではなかった。「競走するのが好きなんだ。大勢でわらわら全力で走って、抜いたり抜かれたり、ぶつかったり転んだりしながら、笑って同じゴールを目指すのがいい。ゴールがなければもっといい。いつまでも一緒に走れるからね」
 「こいつのせいだよ」ハジメくんがカケルくんを指さした。「こんな山奥まで来ちゃったのはさ」
 マッチ箱、ライター、替えのオイル、花火をリュックに詰めているのはシュージくんだった。騒ぐのが三度のメシよりも好きなお祭り少年で、大端町における放火騒ぎを引き起こしたのも彼だった。大端川の上流で襲われたとき、永久の少年少女たちは川や草むらに飛びこんだりして難を逃れ、やがてこの坊主山に集結したが、シュージくんは町に居残って、民家、納屋、空き家、倉庫で地道に放火作業に従事していたのだ。
 「次は爆弾を試したいんだ。どこでも手に入る道具で結構簡単にできるんだよ。知らないおじさんに教えてもらった。実験したい。ドカン! ドカン! おもしろいぞ!」
 「困ったやつだ」ハジメくんが首を振る。「ぼくは爆発は好きじゃない。自分が爆発したらって思うとゾッとする」
 山盛りになったカラーシャツ、パンツ、ワンピース、ブラウスをあれこれ物色しているのはアンノさんだった。自由奔放な永久少女で、全身に色とりどりのペイントを施し、そして今は全裸だった。「服は着るよ。町に出るもの。だから選んでんだよ。どんなファッションで行ったらいいかな? カジュアル? ギャル風? ゴスロリ? このキャミソールとミニとニーハイの組み合わせはどう?」
 キンイチくんとジロウくんは顔を背けた。目をのやり場に困ったからだ。ハジメくんは笑う。「アンノちゃんがいれば、永久とそうでない人の区別がすぐできて便利なのさ」
 タンクトップにハーフパンツの軽装で腕や脚を振りまわしているのはサツキさんだった。以前から空手を習っていて、少しでも強くなりたいという思いから永久少女になったのだ。ただ、永久化するには時間がかかった。ハジメくんがおでこをたたくより先に体が反応して、ハジメくんの拳を左手で払うと同時に、右手でハジメくんのおでこを突いてしまう。「しょうがないじゃない。こんなド素人に負けるわけにはいかないもの。でも、十回も繰り返したら、ハジメくん、いきなりひっくり返った。駄々っ子みたいにわあわあ泣いて、ビックリして近寄ったら、ゴツン! ってぶたれた。ハジメくんはニコニコしてて、それでお芝居ってわかったの」
 「手ごわかった」とハジメくん。「あのまま百回も失敗してたら、ぼくのおでこが壊れてたよ」
 メリケンサック、バタフライナイフ、チェーン、ヌンチャク、ボウガンをリュックに詰めているのはサンペーくんだった。「永久少年はなによりも尊い。永久少年が一番偉い」と永久少年をだれよりも信奉していて、永久のためにわが身を捧げるつもりでいた。Tシャツの胸をはだけて見せてくれたのは、心臓のあたりに五センチにわたって穿たれた深々とした切り傷だった。「これにこうするんだ」と言って、サンペーくんはきれいな柄を持つダガーナイフをその穴に挿しいれて見せる。「普段は邪魔になるから外してるんだけどね。見たい人にはいつでも見せてる」
 ダガーが根本まで刺さった胸を見て、キンイチくんとジロウくんは震え上がった。
 「本当は永久になることを選んだ時点で、だれでもおれのようにすべきなんだ。後戻りの道を完全に断つべきだ。おれは行くぞ、大馬町、東道村、陸奥市。胸ぐらつかんで、『永久か、さもなくば永訣か』って迫るんだ。永訣って言葉、ハジメから聞いた。永訣の朝。永久にならないで死んじまったバカな妹に雨雪ぶつけて罵る歌だ」
 「この人、ちょっと頭おかしいんだよね」とハジメくん。「そのリュックはあとでどっかに捨てちゃうからね。詩の解釈も間違ってるよ。人のことは言えないけどさ」
 永久少年とは思えないほど清潔で整った身なりをしているのはヨシトくんだった。永久になったにも関わらず、しっかり学校に通い、交通規則を守り、たとえ見せかけに過ぎないにせよ三食をとる生活を続けようと思っていたが、それができそうにないのでハジメくんに同行したのだ。「生身の人たちの間でおとなしくしていようと思ったけど、無理だった。今の社会にぼくらを受け入れる余地はないんだ。だったら、むしろ永久を積極的に広めたほうがいい。ただし、あくまでも平和的にだ。爆弾も全裸も永訣もなしに」
 「ヨシトくんは生まれつきの委員長なんだな」ハジメくんが感心したように言う。「でも、全世界の委員長にならないと、ヨシトくんが望む世界にはならないと思う」
 青い顔をして菓子パンとコーラにむしゃぶりついているのは、ハジメくんのクラスの委員長であるスグルくんだった。スグルくんは永久でなかったし、それはみんなも知っていた。学校側のスパイとしてハジメくんに必死に食らいついてきたが、三本持ってきた携帯はすべてたたき割られてしまったので、本来の役割を果たせていなかった。生身の体で混ざっているので、なにかとつらいことばかりだった。朝晩の冷えこみ、草を積みあげただけのベッド、虫刺され、栄養を無視したいい加減な食事、絶えることない悪ふざけ、アンノさんによる執拗なセクハラ、サンペーくんによる敵意。「なんでぼくが弟子なんだよ。永久でないし、なるつもりもないし。永久を広めるだって? バカか。できるわけないじゃないか。ぼく自身が永久じゃないのに。永久なんかクソだ。せめておにぎり食わせろよ。あったかいもん飲ませろよ。寝袋をかっぱらってこいよ。風呂を沸かせよ。こんな生活、もう耐えられない!」
 「きみが弟子になったのは、あのときそばにいたからじゃないか」ハジメくんは肩をすくめる。「最初は喜んでいたくせに。喉笛に食らいつきましたよって電話で報告してただろ」
 「とにかく非永久班の班長として、ぼくは断固として待遇改善を要求する!」
 永久でない児童はスグルくんを入れて十人近くいるらしく、スグルくんはその人たちを束ねる役目も果たしているのだ。
 スグルくんとは反対に極めて冷静なのは、やはり生身のアストくんだった。スグルくんと同様くたびれていたが、分厚い眼鏡の奥で目だけはギラギラ輝いていた。絶えず周囲を伺っては、大学ノートに小さな文字でなにやら書きこんでいる。「ぼくは永久を研究してんだ。これを有効活用できないかと思って。こんなことはありえない。エネルギー保存則をあっさり無視してくれちゃってるし、神様の栄光を示す奇跡でもないらしい。なんだかよくわからないし、わかるかどうかもわからない。でも、それがなんであれ、利用できるならそれにこしたことはないって話だ」
 「彼には期待してんだよ」ハジメくんがうれしそうに言う。「より良き未来のために永久が役に立つなら、それ以上の喜びはないな」
 ハジメくんが弟子の紹介を終えようとしたところで、「ぼくは! ぼくは!」と手をあげたのはカナオくんだった。極度にくたびれていて、やはり永久でなかったが、実は永久になりたくてしかたなかった。しかし、ハジメくんがいくらおでこをたたいても一向に永久化しなかったのだ。「永久には年齢制限があるというけど、ぼくはハジメくんと同じ四年生だ。永久ど真ん中の世代だ。永久を信じるには無邪気さが必要だし、永久を選ぶには真剣さが必要だ。そのバランスが大事なんだ。だから、幼稚園児と中学生は永久にはなれないし、小学生でもなれる人となれない人がいる。だけど、ぼくはなりたいんだよ! どうしてなれないの、ハジメくん?」
 「きみは石頭すぎるのかな」ハジメくんはしきりに首をひねる。「それともきみのおでこはそこじゃないのか。おでこに見えてお尻なのかも。ひょっとして、もう死んじゃってる? ゾンビなの? 幽霊なの? 半人間? とにかく、弟子は十二人」
 十二人? キンイチくんはいぶかった。「その数字はどっから出たの?」
 「スグルくんが言ったんだっけ。弟子は十二人が決まりだよって」
それは罠だ。キンイチくんは思ったが、口にはしなかった。十二人の弟子を持つ教祖なんて不吉すぎるではないか。しかも。
 「十一人しかいない」ジロウくんが指摘する。「カナオくんは半人前かもしれないけど、ちゃんと一人に数えたよ。それでも十一人。一人足りない」
 「十二人目は裏切り者のポスト」ハジメくんはどこか自慢そうに言う。「まだ、これといった裏切り者は見つからないんだよな。スグルくんが一番近いけど、もともと信頼関係がないんだから、今さら裏切られてもって感じだし。一番裏切り者らしくないのはユタカで、だから彼が裏切ったら、それはそれは裏切られた! って気分だろうけど」
 「ぼくは裏切らないなあ」ユタカくんは呑気に言う。
 「きみらはどう? 裏切れる? だったら弟子にするけど。二人一緒に。だれか一人外すからさ。二人で弟子になって、どっちかが裏切ってよ」
 「無理だよ」「無理だ」キンイチくんとジロウくんは即答した。

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