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11.十二番目の弟子

 キンイチくんとジロウくんが訪ねたとき、永久の少年少女たちが忙しくしていたのは、夜の活動に備えていたからだ。闇に紛れて町に繰り出すのだ。非永久の児童のために食べ物や日用品を確保する必要もあったが、それよりもまだ十分に遊び終えていない遊びをするためだ。
 自宅に戻って、作りかけのプラモデルを再開したり、楽しみにしていたアニメの続きを観たり、飼い犬の様子をうかがったりしたが、家人に見つかりでもしたら面倒だった。部屋に監禁されたり、学校に通報されたりするからだ。
 町に潜伏している永久の子供たちとも必要に応じて合流した。彼らは崩れかけた空き家に、使われていない納屋に、橋の下の草むらに、海岸のテトラポッドに、浜辺に打ち上げられた廃船に在住して、漫画に読みふけったり、虫を採集したり、海底に石の城を築いたりして自由を謳歌していた。
 シュージくんをリーダーとする放火少年団は、路地や物陰でゲリラ的に放火活動を繰り返していた。ひと気のない場所で派手に枯れ木やらゴミやらを燃やし、そこに人が集まった時を見計らって、本来のターゲットに放火するのが基本的な戦略だった。消防署の窓から忍びこんで、倉庫に使っている一室でボヤ騒ぎを起こしたのが自慢の種だが、もっと大きな計画もあった。かつて新町の商店街で起こった大火災を再び実現することだ。
 シュージくんの友達のタクミくんが先導する一団は、建設工事の現場に忍びこんでハンマー、鶴嘴、電動ドリル、ペンチを盗み、路上でいきなり道路工事を始めたり、その辺の家の改築工事を勝手に請け負ったりした。大端川にかかっている橋のど真ん中に穴を開けて、川向こうとの交通を分断しようと試みていたが、爆弾の類がなければ難しそうだ。
 サンペーくんとその仲間は、肩で風を切って歩いている人に突っかかって、たたきのめすことを繰り返した。永久の体でもないのに突っ張っているのががまんならなかったからだ。大端町には不良学生も暴走族もヤクザもいなかったので、陸奥市まで遠征しようと計画していた。そっちのほうがまだ歯ごたえがありそうだ。
 警官の見回りはあったが、それよりも厄介なのは自警団だった。子供たちと顔見知りの人も多く、親しげに呼びかけられたら無視することが難しい。自警団のメンバーたちはどうやら心の底から怒り狂っているらしく、捕縛したときのお仕置きが容赦なかった。それから逃れるためには遮二無二抵抗しなければならなかった。
 日が沈みかけた時刻にキンイチくんとジロウくんは立ち去ったが、それと入れ替わるようにしてやってきたのはジュンくんだった。というか、明確な意図を持って入れ替わった。キンイチくんジロウくんのあとをこっそりつけてきたのだ。二人が退場するのを見計らって姿を現わした。だれも見たことのない男子だった。ムンクの「叫び」のような顔をしていた。そのくせ体は太っていて、妙にちぐはぐな印象を与えた。「きみはだれ?」ハジメくんが尋ねると、紹介状を出してきた。ハジメくんの従兄であるハルトくんの手になるものだった。「ハルトだ。声に出して読むんだ、ハジメ。こいつはジュン。友達の友達。陸奥市に住んでるけど、永久少年に興味があるんだ。面倒見てやってくれ」とハジメくんは声に出して読み上げた。「追伸。永久少年にするのは待て。本人が申し出ないかぎり」
 しかし、ハジメくんと二人になったとき、ジュンくんは「ぼくは十二番目の弟子だ」と名乗り出た。「大丈夫。自信がある。しっかり裏切ってみせるから」ハジメくんにそう請け合った。
 その自信の根拠はなに?
 「ぼくの父さん、陸奥市の警察署で警部やってんだ。大端の駐在所から要請を受けて、きみたちの対策に乗り出した。ぼくはハジメくんを罠にかけておびきだすよう指示された。ぼくは父さんの役に立ちたいんだ。忠実に実行するつもりだよ。準備ができ次第、しっかり裏切るつもりだ」
 「いいね!」ハジメくんは目を輝かせた。「それは新しい。見込みがあるよ。十二番目の弟子にふさわしい」
 「でも、ほかの弟子には秘密にして。そのほうがうまく裏切れるから。父さんに連絡するよ。ハジメくんの信頼を勝ち得たって。裏切るという信頼を」
 同じころ、ジュンくんの父親であるクナシリ警部は、ハジメくんの両親を訪ねていた。
 「これはもう笑いごとでは済まないのです」と言ったが、その言葉は警部には似つかわしくなかった。生まれてから一度も笑ったことがなかったからだ。この警部にしてみれば、世の中すべてが笑いごとじゃないに違いないのだ。
 「連中は社会に害なす凶暴な犯罪者集団にほかならず、死をものともしない狂信的なカルトであるだけになお始末が悪い。要塞化した坊主山を拠点に、社会の転覆をはかるべく日夜暗躍しておりますが、われわれが手出ししかねているのは、無実の子供たちが多数、人質になっているからです。とはいえ、その子たちもいつなんどき向こう側に寝返らないとも限らない。助けようとのこのこ出掛けた先で、こちらに牙を剥いてこないとも限らない。お手上げです。今こうしている間にもわたしたちの社会は刻々と蝕まれ続け、音を立ててガラガラ瓦解するのも時間の問題と思われます。それだけじゃありません。連中はさらなる標的を求めて、北へ南へ向かうでしょう。各地で暴れまわりながら、着実に仲間を増やしていく。永久少年なる、この無責任極まりない運動は、無責任であるがゆえに強力な磁場を持つのです。この先いったいどれだけの児童が人の道からはずれるやら。町から町へ移動しながら集団は巨大に膨れあがり、それにつれて破壊力もいや増す一方で、連中の通りすぎたあとは火の海、血の川、瓦礫の山、魂の廃墟が残るのみ。いいですか」
 クナシリ警部はグッと顔を近づけてきた。
 「だからこそ、今ここで思い切った手段に訴えなければならないんです。でないと手遅れになる」
 パパは憔悴しきっていた。頬はげっそりこけて、声は墓穴から漏れてくるようにうつろだった。「あー、ぼくらはですね、あの、ハジメと名乗る男の子を、もう自分たちの息子とは思ってないんです」
 その言葉にママがかすかにうなずくのを確認してから先を続ける。
 「ぼくらがなにをしたっていうんでしょう? ぼくらはごくごく平凡な夫婦です。なにか特別な能力があるわけじゃなし、野心もない。望むのは慎ましい幸福だけ。あの子にも特別なものなんか求めちゃいなかった。カリスマ、ヒーロー、スーパースターになってもらいたいなんてつゆとも思わなかった。わんぱくでもいい、たくましく育ってほしいと、世間様の標準に照らしあわせてもなんら落ち度のない、まっとうな育て方をしたにすぎません。教えてください。ぼくらのなにがいけなかったんですか? いったいなにが原因であんなモンスターができたんですか? 皆目見当がつかないんです。困っています。非常に困りきっています。非難、苦情、恫喝の嵐で、生きた心地がいたしません」
 パパの言葉に誇張はなかった。パパとママはローンがまだ残っている自宅を捨てて、社宅の片隅に身を寄せていたが、カーテンを閉ざした四畳半に終日閉じこもって、嵐の通りすぎるのをじっと耐え忍ぶばかりだった。自宅は投石され、ドアを剥がされ、家財一式を奪われて、壁は目を覆わんばかりの悪罵で埋まっていた。
 「隣人は挨拶もしなくなったし、スーパーでは購入を拒否されました。友人は全員が急に多忙になり、親戚一同は電話にも出ません。もうなにもかもうんざりです。ぼくらは非常に傷つきました。ここを出て行くつもりです。すべてを捨てて、新しい町で出直します。幸い、上のほうの同情もあって、はるか遠くの、言葉もろくに通じないような町に転勤を決めてくれました。ありがたいことです。明日にでも旅立つつもりです。二度と戻って来ません」
 「では、よろしいんですね? ケンジくんの処遇をわたしたちに委ねるということで?」
 「ケンジじゃありません。ハジメです」パパはキッパリ言いきった。「ぼくらの息子は死にました。苦しまないで死んだことがせめてもの救いです。ケンジは本当にいい子でした。ひょうきんで遊び好きで親思いの。すばらしい思い出をいっぱい残してくれました。その思い出を宝物として胸に抱きつつ、再出発を期したいと思います。ハジメと名乗るあの悪魔について言えば、自業自得というものでしょう。悪いことをすれば罰される。そういうことです。結果は教えてくださらなくて結構。彼にはなんの興味もありませんから」
 「奥さんも同意ということでよろしいですか?」
 「あの子は本当にわからない子でした」ママは怒ったように言う。「なにを考えているのか、感じているのか、わたしにはさっぱりでした。心はいつも上の空で、あさっての方向ばかり見ていました。気が向かないときはどんなに話しかけても一言だってしゃべらない。かと思えば、堰が切れたかのようにおしゃべりになって、おまけにその内容ときたら、笑えない冗談、無意味な言葉遊び、神経を逆撫でにする思いつきばっかり。どうしてこんな宇宙人みたいな子が生まれたのか、ずっと不思議に思ってました。どこかで取り違えられたんじゃないか、息子のふりしてどこかのバケモノが居座ってるんじゃないかとさえ思ったりしました。でも、もうどうでもいいことですね。あの子は自分から望んでわたしたちのもとを去ったんですから。わたしたちは晴れて再出発できるんです。新しい子供、本当の子供と一緒に」
 にわかに顔を輝かせたママに、クナシリ警部は首をかしげる。「新しい子供とおっしゃいましたか?」
 「ええ」パパが代わりに答える。「実は妻は懐妊しておりまして、出産は年明けを予定しています」
 「それはおめでとうございます」
 「ありがとうございます。今度こそはという固い決意で子育てに励みたいと思います。同じ轍は二度と踏みません。思えば前の育児のときは、初体験ということもあり、なにをするにもドタバタでした。昨日を許したことを今日は禁止したりと、態度が一貫していなかった嫌いがあります。今回は細心の注意を払って、各種育児マニュアルを精読して、だれが見てもケチのつけようのない立派な子に育てあげるつもりです」
 そう言って、パパはまだ膨らみの目立たないママのおなかを愛おしそうに撫でるのだった。
 「いい子いい子」パパの手の動きに合わせるように、ママはつぶやく。「あなたはとってもいい子なの。わたしたちを幸せにしてくれる。とっても素直でかわいくて、パパとママの自慢の赤ちゃん。いい子でないわけないわ。いい子、いい子、いい子、いい子……」
 「舞台は整った」ジュンくんがこっそりハジメくんに耳打ちする。「ハジメくん、だれにも知られないよう、こっそり出てきてくれよ」
 坊主山の中腹に穿たれた洞穴で、弟子たちは布教計画を練っていた。だれとだれがペアを組んでどこの町村を訪れるか、どのような形で永久化を促すか、教室にいきなり乗りこむべきか、それとも一人一人に声がけするか、何人の永久化を努力目標に掲げるか議論した。自分にはこんなちゃんとした計画は立てられないと、ハジメくんは素直に感心したが、一つだけ疑問が残った。「ってことは、きみらはもう、ちゃんと永久化できるんだね?」
 けれど、弟子たちの反応は芳しくなく、「まだかな」「これからだな」「それを教えてくれなくちゃ」というばかりなので、なにも教えることなんてないのにと少々やきもきしていたのだ。
 「なんだい?」洞穴の外に出ると、ハジメくんはわくわくしながら尋ねる。
 「どうしても永久になりたいって男の子がいるんだ。生まれつき不治の病を患っていて、手もなく足もなくチューブにつながれて生きている。親は一度も会いに来たことがなくて、その子が早く死ぬことだけを願っている。だけど、歯もなく爪もなくて、自殺することさえ許されない。その彼が永久のことを聞いたんだ。永久少年になったら、この苦しみから逃れられる。永久少年になったら、どんな不都合も気にならない。永久少年になったら、ただただ楽しく生きられる。永久少年になれるよね?」
 「なれるとも!」ハジメくんは力強く言い切った。「手足がなくても転がれる。だれかにおんぶにだっこされてもいい。なんなら紐をくくりつけて引きずっていくさ。どっかおもしろいとこに連れてってやろう。ディズニーランド、地獄谷、ギアナ高地、ラスベガス。あっ、ぼくも行ったことないや! 行かなくちゃ!」
 「それじゃ来てくれるよね? 時刻は草木も眠る丑三つ時。つまり今から三十分後。場所は大端港の製氷所跡。一人で行かなくちゃダメだからね。フェンスに開いた狭い門をくぐれば、そこに彼が待っている。だれよりも永久を望んでいる彼が、最後の希望を待っている」
 「名前は? 名前を教えてよ」
 「名前? えーと、なんだったかな。ハルオかな。ナツオかな。さっきまでおぼえてたんだけどな。アキオかな。フユオかな。本人に直接聞けば?」
 「会ったとき、名前を呼んでやりたいじゃないか。そのほうが絶対うれしいよ」
 「だから、忘れちゃったんだってば。いいじゃないか。タロウでもジロウでもサブロウでも。時間がないんだ。タイム・イズ・マネー。少年老いやすく、もう行かなくちゃ。こうしてるあいだにも、刻々と時間がすぎていく」
 「困った! これは断れないぞ。行くしかないじゃないか。名前も知らないだれかさんのとこに。罠だってわかってるのにさ。アハハ! やるね。さすが十二番目の弟子は違う」

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