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大好きだった声ともを辞めた 

こんにちは、ぽぽちです。名前だけでも覚えて帰ってくれたら嬉しいです。


声ともを辞めた

大好きだった声ともを正真正銘辞めました。

「声とも」について

声ともは「斎藤さん」に近いアングラ系SNSなんですけど、「斎藤さん」と比べるとビデオが無い分意外とまともな人が多いと思います。(感覚がマヒしているだけかもしれない。)
声ともを構成する層は主に10代で20代になると、割かし自称他称で「おじさん」「おばさん」が増えます。30代もちらほら見る印象です。40代以降は流石に少ないイメージです。特に10代は不登校、20代、30代は社畜が多い印象です。後は寝るのが苦手で「寝落ち通話」を目的にした方も多い印象を受けます。ヤニカス、酒カスもそこそこいます。パチンカスもちょっとはいます。「声とも」なので声良い人は多めです。

性別ごとの印象についてお話します。声ともをしている女性は家庭環境が悪いイメージ(悪く言えば「どしたん話聞こか」待ち女性)で、一方男性は性欲が強く、えろいぷに持ち込みたい系男子が多い気がします。

声ともの主な機能は「投稿」「グループ通話」「通話」「チャット」と他のSNSと大差ないと思います。ですが、声とものタイムラインは統一されているので、全員に投稿が届くような感じで、いいねやコメントなどの反応が即時的にもらいやすいです。つまり、Twitterの裏垢でこそこそと呟くよりも承認欲求が簡単に得やすいと私は考えています。音声投稿も出来るので、弾き語りや歌の投稿もたまに流れてきます。後は私のような長文を投下するゲェジ()もたまにいますね。

声とものタイムラインは見ているだけでも色んな人がいて楽しいです。Twitterとは異なるのが基本幸せな投稿よりも病んだ投稿が多いので、他人の幸せに触れるのが辛いという方にはおすすめです。一方で、ネガティブになりやすい、感情を連れ込まれやすい、承認欲求に惑わされ下系の投稿をしてしまい病むといったデメリットもあります。最も大きいデメリットは依存性が非常に高いということです。多くの声とも民(声ともをする人のこと)は「出戻り」を経験していると思います。「出戻り」というのは一度アンインストールしてもまた再インストールして別のアカウントで戻ってくることです。

私にとって声ともは辞めたくて仕方がなかったものでもありますが、同時に「声とも最高!」という気持ちもあり、すごく大好きだったので長く語ってしまいました。

私と声ともを切り離したRちゃん

記憶が正しければ一番最初に私が声ともをダウンロードしたのは高2の冬(三月)です。四月の間は、声ともで見つけた好きな人と仲良くしていたのでなぜか一か月くらい声ともを辞めることが出来ていました。しかし、私はファッションではない見捨てられ不安の強いメンヘラだったので、追いラインをしまくって最終的にブロックされました。(いつか私の恋愛遍歴についてもお話したいです。)約一か月でその方とは連絡が取れなくなり、また五月のGWの頃には声ともに復帰していました。そこからずっと長い間(高3~大4)まで約5年間ほど声ともにはお世話になりました。

声ともを辞められた理由は縋る理由が無くなったからです。私が声ともに縋っていたのは、承認欲求もありましたが、それ以上にリアルで「素の自分」を見せられる人が居なかったからです。声ともでは周囲に話しづらい「毒親」や「希死念慮」の話題について話しやすかったし理解してくれる方も多く居心地が非常に良かったです。けれど、リアルとネットが隔絶された状態でリアルを生きるのは楽なものではありませんでした。

私はこの21年間、ずっと気が張った状態で生きているような気分でした。なぜなら、それは「素の自分(ありのままの自分)」では周囲に認められないと思い、他人ウケを気にした生き方をしていたからです。私がこの気の張った状態からありのままになれたのは、ある人(Rちゃんとします)と出会ってからです。Rちゃんは自己肯定感が異常に高く、もの凄く聞き上手で否定も肯定もしない「受け止める」のが得意な人です。初めて一対一で話した時からRちゃんは、私がどんな自分でもこの先関わってくれそうだと直感的に思いました。彼女の存在が、私に「リアル(=現実社会)には素の自分を認めてくれる存在がいる」という希望を見せました。その希望は、私が素の自分でいることを後押しし、自身の気持ちや人生と向き合う勇気をくれました。私の中でリアルとネットが繋がり、ネットの必要性を感じなくなりました。要は私にとってリアルがネットと同じ状態になり、少し居心地の良いものに変わっただけでなく、「現実社会を生きよう」「自分の人生を生きよう」という当事者感がやっと生まれたということです。

Rちゃんと出会うまで、声ともにはたくさん助けられましたし一方で声ともで苦しむときもあり、笑いあり涙ありの声ともLIFEでした。ですが、私は前に進むために、自分の人生を生きるために声ともを辞めました。
声ともで出来た友達はみんな宝物です。
BIGLOVEです。本当にありがとうございました。

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