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チーズはんぺん(後編)

ここからは曖昧な記憶も多い。
無情にも調理実習の時間はやって来て、私は同じ班の同級生たちに
チーズ入りはんぺんを見せ、そして正直に申し訳ない旨の言葉を言ったと思う。
※前編をまだご覧になっていないかたは こちら をどうぞ。

チーズを持ってくる担当が男子生徒であったことを強く記憶していたのは、その男子が、調理実習が終わるまで、このチーズはどうするのかといった質問をずっと私に言い続けていたからだった。
家庭科の先生にも相談したような気がするが、「それ(チーズ入りはんぺん)を使うしかないよね(しれっ)」というようなことを言われた気がする。この時ほど、先生なんとかしてと思ったことはなかった。

調理実習が始まった。教科書に書かれたレシピに沿って調理をすすめる。
1)四角いはんぺんを三角形になるように切ります。
「切りました。チーズのようなものが見えます」
「俺のチーズどうする?」
2)はんぺんに切れ目を入れます。
「やはりチーズは入っていました」
「ねえ俺のチーズ」
3)チー(略)を三角形になるように切ります。
「チーズを切らないので1回休みます」
「俺のチーズも切る?」
4)チー(略)をはんぺんに挟みます。
「はい、挟まれていました」
「俺のチーズ使わないの?」

調理中、私は何度も謝っていたように思う。
ひとつの班の人数は4名だったと記憶しているが、ほかの同級生からなんでチーズ入りはんぺんを持ってきたのかを、問われた記憶がない。
スーパーの棚の前で感じていた絶望と恐怖は、起こらなかった。
あるいは、同級生たちの言葉や視線があまりに辛くて、自分自身の記憶を改変しているのかもしれない。
そんな訳ないので、おそらくみんな優しかったんだと思う。

しかし、チー(略)担当の男子だけは、最後まで俺のチーズと言っていた。
その記憶ははっきりしている。表情も覚えている。
チー(略)担の男子は私のチーズ入りはんぺんを見てとても落胆していた。
チー坦男子は、もしかしたら、下校後にひとりで俺のチーズを買うためにおつかいに行ったのかもしれない。
みんなが喜ぶといいなと思いながら俺のチーズを選んだのかもしれない。
そしてきっと、調理実習を楽しみにしていたに違いない。

私は当初、この拙文が下ネタに着地したらどうしようかと考えていた。
『俺のチーズ』
俺のチーズをはんぺんの切れ目にしてしまうのだ。
いかばかりか。
自分で自分にあきれている。

しかし『チー坦男子』の文字を見た瞬間、私はこれを下ネタなぞにしてはいけないと強く思った。この拙文をさらに品のないものにしてはいけない。
チー坦男子に償わなくてはならない。今こそ。
あの時は本当に申し訳なかったと。

俺のチーズが下ネタだと?愚かな。
チー坦男子はそんなこと言わない。
反省している。深く深く反省している。

さて、なぜチーズはんぺんを思い出したかというと
先日、夫と一緒にチーズ入りはんぺんを焼いて食べたからだ。
焼いたはんぺんを見て驚いた。
そして思い出した。

チーズ入りはんぺんはフライパンの上で想像以上に膨らんでいた。
私の想像は、はんぺんのおかげで膨らんだものと思っている。
あるいは、はんぺんのせいで膨らんでしまったか。
俺のチーズのなにがエロスなのか。
俺のチーズのどこにエロを垣間見たのか。
今考えても理解できない。あ、でもなんとなくえっちい気はする。

焼いたはんぺんは、フライパンの上では膨らんでいても
テーブルに並ぶ頃にはすっかりしぼんでしまう。
私の想像もはんぺんとともにしぼんでしまった。
みなさまにおきましては俺のチーズで
しぼんだ心をふくふくと癒していただけたらと切に思う。

#俺のチーズ #チー坦男子

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