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②ロックンロールが死んだ日

 ロールが死んだ。

みたいなことを言っていたのは誰だったっけ?

ロックが死んだと叫んでいたのは、父だった。確か2009年の5月の初め。

 私のロックは今日、死んだ。

いや元から、ロックがなかった、ようだ。


 いけすかないやつだな。と思った。

何かにつけてロックが、ロックは、ロックに、ロックのさぁ、と偉そうにいう。

とにかくうるさいフぁ××野郎で、こんな審査員は嫌だ、と私は思った

 バンドのみんなが不安そうな顔でこちらを見ている。

見せつけてやろうよ、私たちのロックを。

そう言ってケーブルをアンプに繋ぐ、

軽く息を吸って、めいっぱい肺の中の空気を吐き出す。

審査員が偉そうにこちら見ていて、

私はそれを睨み返す。

さぁ、「聞いてください。」

私の、「カミングアウト」

ロック!


3、4―


緊張と興奮がない混ぜになって、

弦を伝って、ケーブルから、エフェクターに、

アンプから審査員を揺らす。


心臓の音が聞こえる、

どくん、どくんと血を送り出す。

血管を伝って、肩、肘、指の先まで。

曲が終わりに向かっていく。

まだ終わらないで、続けたい。

もっと、もっとと血が送りだされていく。


真ん中の審査員が手をあげて、

その隣に座った、髭で革ジャンの

自称ロック狂者の審査員が

 『ロックがない』と言って、

私のロックンロールは存在しなかったことになり、

 バンドは解散した。

 

 どうやって帰ったのかわからないが、

気づいたら家のベットの上で、玄関前の廊下には裸のギターが寝ていた。

音がしない。

いつもは微かに聞こえる他の部屋の生活音さえ。

死んだのかもしれない。

私のロックンロールと一緒に、

世界は終わったのかもしれない。

それでもいいや。

もともとなかったのだから。


 足元に丸まった掛け布団を引きよせて、頭まで被る。

真っ暗になって、少し安心できた。

他に誰も存在しない、私だけの空間。

 

 ジャーン

 私の世界をぶち壊すテレキャスターの音。


大きな音ではなかったが、私を布団からひっぱりだすにはそれで十分だった。

恐る恐る掛け布団から顔を出す。

そばにあった携帯電話が午前0時頃だと教えてくれる。

 

 部屋の外、廊下の方から聞こえた音。どこか懐かしい音。

 馬鹿げているとは思いつつ、私は様子を見にいくことにする。

フローリングの床から冷たさが伝う。

 廊下はしんと沈んでいて、リビングと玄関、

浴室とリビングをつなぐその中央に、私のギターはあった。

おそらく帰ってから弾こうとしたのか、

腹が立って壊そうとしたのか。

ケースから出されて、裸のまま横たわったギターは

ただ美しかった。


しばらくみていても、それきり音はならない。

とんだ幻聴を聞いたものだ。

ため息をつき、またベットにもどろうと振り返ると

――C  

え。

G   Am 確かに聞こえている。


E   F 音はまだ続いている。 

G  C  Am 


掛け布団が名残惜しそうに、

肩から落ちて、音が止んでしまう。

心臓が早鐘を打ち、

頭が危険を知らせるようにガンガンと痛み出す。

 何かがギターを弾いている。

 ゆっくりと廊下に視線を向けると、

視界の端、壁で死角になったところからぬっと影が現れ、

ギターに影を落とす。


 その光景はどこかスローモーションで、

なんだか大歓声の中

堂々と闊歩してステージに近づいてくるアーティストみたいだな、

と思った。

部屋の中は変わらず静かなままだったし、

歓声なんてものは存在しないが、

胸に去来する何かに戸惑っていた。

 背後の窓から差し光がスポットライトになって、

徐々に実態を持ち始めるその影を見つめながら、

私は、父から聞いた話を思い出していた。


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