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Arrhythmia

年上の男性が嫌い。
怒ってる男性が嫌い。
年上の怒ってる男性が嫌い。

父に見えるから。

怒ってる男の人はみんな同じ顔に見える。
父と同じ顔をしてる。

怒るのは悲しいからなんだって。
怒りは悲しみのオバケ。
怒りはオモチャの凶器。

あなたが手にしているのは立派なナイフじゃない。
あなたが投げつけてるのは悲しみの泥だんご。

悲しみに支配されて、訳わからなくなって、味方さえ汚していく。
自分を汚していく。嫌なやり方で。


***

父が亡くなってから5ヶ月が過ぎた。

「エンディングノートを書いたから」

そう弟に託けていたのに、未だにそのノートが見つからない。

「死んでからやってほしいこと」って何?

余命宣告受けて、終活始めたって言ってたよね?
金庫の中も机の引き出しも何も整理されてなかったよ。

1年前はまだまだ元気だったやん。

なあ、何してたん?
時間いっぱいあったよね?

本革のノートには何も重要なこと書いてなくて
100均の薄っぺらいメモ帳に大事なパスワード書いてた。

いろんな手続き大変だったよ。
クレジットカード11枚も必要ないやろ?
使いもしない商品の定期購入なんて解約しといてよ。

せめてどこの銀行にいくらあるかわかるように通帳はまとめといて。

おじいちゃんの遺産どれだけ使い込んだん?
どうやったら数年であの金額使い果たせるん?
お金はあなたを少しでも幸せにしてくれた?

通帳に刻まれた数字は、あなたの悲しみそのもの。


***

あの日の夜を忘れないよ。

酒に酔って、寝てる私を叩き起こして、
自分がいかにつらい人生を送ってきたか
ものすごい剣幕で怒鳴り散らした。

それであなたは救われた?

あなたが牙を向ける相手は私じゃない。
もっと自分を見つめ直しなよ。

怒りを振りかざせるのは勇者の証?
自分より弱い者に恐怖を植えつけることがあなたの勝利?

「お前に俺の気持ちがわかるか?」

わかってあげたかったよ。
理解してあげたかったよ。
悲しみから救ってあげたかったよ。

でも、泣くことしかできない小学生だったんだよ。

あなたは悲しみの沼から無数に湧き出る泥だんごを私に投げ続けた。

私はあなたの悲しみを全部引き受けた。


***

怒ってる男の人が嫌い。

吐き気がしてくる。
動悸が止まらなくなる。
耳元で心臓の音が聞こえる。
暑くもないのに汗が止まらなくなる。

あれだけ偉そうに怒鳴り散らしといてさ。
治療がんばるとか口先だけやん。
命終わらせることにどこか安堵してるように見えたよ。

見栄ばかり張って、死にそうになっても
お酒もタバコもやめられなかった。

自分に甘くて弱い人。

自分はかわいそうな人間っていつまで言い続けるつもり?

嘘でもいいから「幸せだった」って言ってよ。
「幸せな人生だった」って、最後ぐらいは私を救う言葉を残していってよ。

家族に残す言葉もなかったん?

お母さん待ってたよ。
「ありがとう」の言葉がどこかに残ってるんじゃないかって。

ずっと待ってたよ。
いつかあなたの口から直接その言葉が聞けるのを。

ずっとずっと待ってたよ。
せめてお母さんを救ってから去っていってよ。

5年間毎日つけてた日記にも手帳にもどこにも見つからなかった。

わからないよ。あなたが何を考えてたかなんて。

感謝も愛情も伝えずに、自分ひとり安心できる所に行ってしまう。

笑えるくらいあなたらしいね。


***

お母さん、ガンになったよ。

それを知らされたのは、お葬式も初盆も終わってだいぶ落ち着いた頃。

もっと前からわかってたはずなのに黙ってたよ。
あんなに耐えてきたお母さんの行く末がこの結末?

病理検査の結果は、あまり良くなかった。
手術中、心臓が止まった。
なんとか戻ってきてくれたけど、先のことはわからない。

ずっと寝たきりのおばあちゃん、
もう長くないから覚悟しといてって言われたよ。

あなたがあんなに足蹴にしてたおばあちゃんは立派に生きてるよ。
消えそうな命、今も輝かせて生きてるよ。

少しは見習ったら?
って言いたいけど、もう遅いか。

ほんま、いい加減にしてほしい。


***

なあ、何を思ってたん?
何を思って死んでいったん?

私はあなたの口から「幸せ」って言葉が聞きたかったよ。
悲しみを抱えたまま逝って欲しくなかったよ。

私はあなたに愛されたかったんじゃない。
愛したかっただけ。

弱くて、酒に溺れて、自分を痛めつけて
誰にも心を開かなかったあなたを
ただ、愛したかっただけ。

バカみたいでしょ。
愛情深くてごめんね。


***

悲しみは人の目を曇らせる。
怒りに化けて不必要に人を傷つける。

本当のところ、あなたが何を考えてたかなんて知る由もない。

だけど、私はあなたと同じ生き方はしない。

悲しみに溺れた人に手を差し伸べる。
塗りつけられた泥を拭う。
悲しみを愛で上書きする。

知ってる?
泥だんごは磨けば輝くんだよ。
宝石と間違えるほどに。

あなたが残していった泥だんごを磨き続けるよ。

悲しみを糧にする。
全部光に変えていく。
自分も周りもみんな幸せにする。

光り輝く泥だんごで世界を埋め尽くす。


***

怒ってる男の人が嫌い。

吐き気がしてくる。
動悸が止まらなくなる。
耳元で心臓の音が聞こえる。
暑くもないのに汗が止まらなくなる。

だから何?

誰も、私の心まで汚せない。
どんなに泥まみれになっても、私の心は汚れない。

「穏やかに過ごせますように」

祈り続けてきた先に救いはなかった。
世界を終わらせる以外に、救われる方法を教えてよ。

強く生きていく。輝いて生きていく。
笑って生きていく。誇り高く生きていく。

弱い人を愛する。臆病な人を愛する。
不格好な人を愛する。狂ってる人を愛する。

雑音に耳を傾けない。罵声に支配されない。
恐怖に打ちのめされない。闇に飲まれない。

いつも対等でいる。いつも平穏でいる。
いつも軽やかでいる。いつも清らかでいる。



なんてね。
相変わらず志だけは高い。

綺麗な言葉を並べる度に
自分の小ささを痛感する。

前へ進もうとする足は、いつだって震えてる。

また大切な人を傷つけるかも。
また自分を信じられなくなるかも。
またすべてを投げ出したくなるかも。

弱くて脆くてズルい自分といつも隣り合わせ。

理想どおりに生きられなくても、まあいいか。

それでも人生は素晴らしい。

いつか鼓動が止まる日まで
この人生にYESを刻み続けるよ。




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