「詩人の生涯」安部公房
綺麗。悲しくて暖かい綺麗さ。
疲れ切った三十九歳の老婆は糸車で糸を編むうちに、指先から糸にひきこまれて糸になり、ジャケットへとなる。そして鼠に心臓を噛まれてしまい、ジャケットは血の赤色で染められた。
町の人々の貧しさ、夢、願望のみが結晶化出来て雪になる。雪となって降ってくる貧しい人々の魂は、町を凍らせ息子も凍り、固まっていた。
赤く染まったジャケットあのジャケットは空中にふわっと立上がり、町中で稼ぎに出ている息子を見つけ、彼の体をすっぽりと覆った。
母親のジャケットに包まれた息子は、自分が実は詩人であったことを思い出し、自分の詩集の最後の頁を閉じると彼はその頁の中に消えてしまった。
この視覚的な白と赤のコントラストが実に鮮やかで、かつ哀しい。
疲れた母親といい、貧しい人々の魂といい、息子、詩人自身の存在といい、その儚さに尊さと哀しさを感じる。
「詩人の生涯」『新潮現代文学33 安部公房』より。
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