想像の上をきた!里つばめ先生『俺が好きなら媚びてみろ』

 少し前に好きなことについて好きなように書いて、何となくUPしてみました。
宣伝も特にしていないので、“こんなの、読む人いるんか?”くらいの認識でしかなかったのですが、結構な回数で読まれたことに驚きました(ありがとうございます。ちなみに皆さん、一体どうやってここにたどり着いたのでしょう?)。
真剣な話、5人くらい見てくださったらいい方なのかと思っていたので。
里先生のネームバリューのなせる業ですね。

 前回、里先生についてはいったん書き尽くした感がありました。
だから、いつか来るであろう次の衝動の際は別のことを書こうと思っていたのですが、いやはや…。
 CRAFT94を読み心がざわついてしまったため、もう一度書かせてください。
『俺が好きなら跪け』の続編、『俺が好きなら媚びてみろ』について。
まだ連載中ですので、途中経過です。
 書いたものを読み返してみてテーマはずばり、葛藤、でした。
登場人物の内なる葛藤、および、対外的な葛藤の両方です。
自分の考えと気持ちの乖離、自分と外界のあいだで生じるせめぎ合い。
そして、葛藤を回避すること、葛藤と対峙すること。
 よって、ぜんっぜん楽しい文章ではないかも、です。
むしろBL読んで、何でこんなことを書いてるのか自分でもよく分からない。
ただ単に疲れていて、変なものが見えすぎているのかもしれない。
 そして、前回よりも多少攻めた内容になっているので、違う!と思った方がいたらごめんなさい。
全ては私のごくパーソナルで勝手な想いや考えを書いているだけです。
なので、「そういう考えの人もいるのね」と見逃していただけると嬉しいです。
何なら他者の脳内の二次創作でも読まされた、と思ってください…。
また、何かというと自分の志向で話が脱線してしまい気味ですが、大らかに読み飛ばしてくださいませ。
 最後に大事なことですが、ネタバレ厳禁の方はここで急いで引き返してくださいね。
あえてネタバレはしませんが、必然的に筋が見えてしまうと思いますので。
大好きな先生を楽しく応援したいので、くれぐれもよろしくお願いします。


順調に葛藤する松田くんの日々

 嵐のような進捗で終わった『俺が好きなら跪け』でしたが。
それに比べたら続編の『俺が好きなら媚びてみろ』は、松田くんの気持ちのせめぎあいが比較的丁寧に描かれているように見えます。
 いけ好かないライバルに気持ちを持っていかれるなんて、プライドの高い松田くんにとっては屈辱でしかないですね。
なのに、加藤くんのことが気になって仕方ない、とか。
キャンキャン怒るくせにもはやキスされている間は無抵抗、とか。
本当にありがとうございます。
首を長くして続編を待っていた我々には十分すぎるほどの報酬です。
 榎本さんもありがとうございます。
やっぱりデキる女は違う。
嫉妬を必死で自己否定する松田くんを提供してくださるとは。
 あと、川原くんも松田くんの今までとは違った一面を引き出してくれてありがとう。
川原くん、真面目ですね。
こうやって、みんな迷いながら自分の答えを見つけていくのだろうな。
人が思い悩んで、しんどくて、それでも必死で前進していこうとする姿は本当に頭が下がるばかり。
彼も松田くんに導かれて、反発しながらも尊敬しちゃうのかしら。
加藤くん、自分の何気ない助言をきっかけに松田くんの良さを他の人に気づかせちゃった。
ライバル登場かもよ(笑)

 さて、そういうどうでもいい話は隅に置いて。
『跪け』からはそれほど時間は経過していないようですね。
状況もそんなに変化していない(梶さんはこの間に髪が短くなっています。あらあら)。
ただし、加藤くんの身辺が何やらキナ臭い。
事情があって、親の会社に戻る時期でも早まったのかしら。
そのあたりは松田くんが加藤くんの声掛けを邪険にするあまり、松田くん本人にも我々にも未だ見えてきていません。
 そんな一番重要な部分が曖昧なまま既に5話まで来てしまいましたが、これ、上下巻になるのでしょうか。
単行本1冊って5~6話ですよね。
次で終わるのか、これは折り返し地点でしかないのか。
この際、松田くん陥落までじっくりと書いていただけるとさらに喜びます。
それはさておき、5話はとても重要なターンでしたね。


ふたりの立ち位置

 “カップルはいつも同じステージにいる”
むかしむかし、海外のお偉い先生の研修を受けた時に耳にした言葉。
昔すぎて研修内容自体はあまり覚えていない(ひどい)のだけれど、この言葉だけはなぜかいまだ私の中に強烈に残っております。
 彼の言っていたステージとは、精神の成長段階的なものを総称していたのだと記憶しています。
簡単に要約するとつまり、出会ってカップルになった時、ふたりは同じくらいレベルでのものの見方や考え方、在り方をしているということ。
逆に言えば、同じステージのふたりだからカップルになる。
ところが時が経ち、ふたりの立ち位置にズレが生じると、関係性に問題が起こりやすくなる。
ふたりが同じように成長し、歩んでいくならばいい(別に同じように停滞していてもいい)。
でも仮に、片方が躓いている間にもう片方が一足飛びに大人になってしまったりすると、その乖離によって、ふたりのパワーバランスや関係性に支障をきたし始める。
確かそんな内容でしたが、何となく共感できますよね。

 この概念を加藤くんと松田くんに置き換えて考えてみると、このふたりは性格も全然違うし、生き方も違うけど、総合すれば同じステージに立っているイメージだった。
 でもさ。
今回のあの発言で、ふたりのステージはまだ違うかも、と個人的には感じてしまったのです。
あの発言とは、もちろんコレです。

「俺の基準はお前だけだから」

 読者にとっては最高の殺し文句。
初読みでは、すげー、って驚いて刮目してしまいましたが。
だんだんモヤモヤしてきてしまった。
深く考えず悶えていれば良かったものを、あまりな強烈発言過ぎて考えてしまったのです。
…加藤くん、重いにもほどがある(褒め言葉?)。


自己開示の返報性から考える、加藤くんの剛速球投げすぎ問題

 何それ、って感じですが。
すんごくざっくり言えば、人は他者から自己開示をされると、された分と同等の自己開示をしなくてはならない気分になってしまう、ということです。
ライトな例でいえば、「今、こんなミスしちゃった」等の情報開示をされると、ついこちらも「あーあるある、私も前にさ」みたいに自分の過去の同等レベルのミスを披露してしまうような、ね。
 ちなみにこういう返報性の原理って、好意や悪意にも同様に働くといわれています。
人は好意には好意を返したくなる、もちろん悪意には悪意を。
 ただし、自己開示のボリュームには限度があります。
相手との関係性や距離感を鑑みて、程よい自己開示をするならば上記のような原理は通用するわけで(←加藤くん、ここ大事)。
そこを見誤って過剰な開示をしてしまうと逆効果に働きかねない。
何故なら、受け取ったものと同等のものを返せないとなると、人は心苦しくなってしまう傾向もあるから。
結果、自分を責めたり、あるいは相手を責めてしまったり。
まったくもって人の心はめんどくさいものです。
 さて。
そんな世界で一番どうでもいいうんちくまで垂れ流して何が言いたいかというと、加藤くん豪速球投げすぎ、ということです。
攻め方がまずくね?といういらぬ懸念がわいてきてしまいました。
杞憂であればいいのですが、個人的にはこの後の展開に若干ヤキモキしております。


 たしかに読者にとっては最高の発言、だよ。
でもでも。
言われた松田くんは、どう答えるのか。
やっとあなたとの関係性に目を向け始めたばかりの相手にとって、そのセリフはいささか重すぎやしないか?と心配になってしまったのです。
他者と親密な関係性全般を築くことをしばらくお休みしていたからか、距離の詰め方が急すぎる。
 じゃあ斉藤さんの強引さはどうなのよ、と頭をよぎらなくもないですが。
このふたりの関係性って、斉藤さんと矢島くんのそれとは質が違うと思うのですよ。
矢島くんは斉藤さんを一方的に苦手視してはいたものの、曲がりなりにも上司と部下であり最低限の絆はあったはず。
それなりにリスキーな職務に携わっているわけですから、チーム間で信頼関係ゼロなんてあり得ない(そんなんじゃ、こわくて仕事に集中できないよ…)。
一方、勝手に加藤くんをライバル視していた松田くんと、その松田くんを好きになってちょっかいを出し始めたばかりの加藤くんの間に、そこまでの繋がりはないですよね。
つまり強引なのは同じだとしても、そのベースにある関係性の深さが違う(片桐さんと長谷川さんについては当初から関係性の良好さもありましたから、なおさらですね)。
 前述の返報性に絡めて言うと、ベースの関係性を見誤って過剰な自己開示(=過剰な愛の告白!)をすれば逆効果になりかねないわけです。
そういう点から鑑みて、加藤くんの言動は斉藤さんの強引さとは一線を画す感じがします。

 今回、松田くんが加藤くんを会議室に引っ張りこんだ時、そこには多少なりとも今までとは違う特別な気持ちがあったと想像します。
松田くんが意図的かつ主体的に加藤くんにふれたのは初めてかもしれません(むしろ加藤くんが近づくといつも後ずさり気味だった。そりゃそうだ)。
加藤くんもいささか意外そうな顔をしていました。
でもここにきて、やっと加藤くんの気持ちが伝わり始めた感はあります。
たしかに前回は自分のために土下座、今度は自分の代わりに川原くんを殴ってくれた彼に、心が揺れない訳がない。
 でも、だからと言って。
今の松田くんは、あなたの全力の好意に対して同等の返事ができるのでしょうか…。
誰が見たって現時点ではふたりの好意の重みは違うでしょう。
 そして。
松田くんが加藤くんと向き合い始めたからこそ、その重みを実感した彼は適当な返事なんてできない気がします。
だから、松田くんは苦しくなってしまうかもしれない。
個人的にそう思ったのです。
 だって、このシーンを松田くん視点から見てみたとしたら…。

「俺の基準はお前だけだから」
「松田は?」

このシンプルな二言、かなり重くのしかかってきませんか?
 加藤くんにそんなつもりはなかったとは思うのですが、彼の発言は図らずも松田くんに2つの現実を突き付けてしまったように思います。
1つ目は、松田くんの人生において加藤くんを選択することの重みについて。
2つ目は、加藤くんの恋心の質量について。

ちょっとこのあたりを考察してみたいと思います。


加藤発言が突き付けたもの①
松田くんが加藤くんを選択する、その重み

 『跪け』の決定的な出来事以降、松田くんの気持ちは加藤「くん」に動いてしまっているように見えます。
相手はライバルで、自分を無理矢理襲った相手で、そして同性で。
しかも、現在進行形でそれを自覚し、受け入れつつあるプロセス上にある。
 そこには当然、人生観をかけた大葛藤が生じます。
揺れてしまうどうにもならない気持ちと、「そんなわけない」と否定したい考え、あるいは「そうあるべきではない」という常識との間で。
それでもここまでは、加藤くんへの想いを否認する考えの方が優勢だった。
でももはや、受け入れざるを得ないというところまで気持ちは高まりつつある現実。
 ところがそのタイミングで加藤くんから強烈な告白を受けた上に、「松田は?」と問いかけられてしまいました。
この状況で、松田くんの中で何が起こりうるのか。

 「松田は?」イコール“松田の基準は何なのさ?”ってことですよね…。
そう問われた当の松田くんにはこの時点できっと、たくさんの基準があったはずです。
だって彼って、誰がどう見ても健全なリア充クンです。
とっさに、仕事、名誉、お金、恋愛、友人、結婚、子ども、人間関係、余暇の過ごし方etc、といった数々の基準が脳内に浮かんできたかもしれません。
川原くんに提案できるくらいなのだから、当然、自身の基準も将来像もある程度は定まっているのでしょうし。
だとしたら。
 ねえ、加藤くん。
このタイミングで現実に直面化させられるの、しんどい。しんどすぎる。
“加藤を好きなわけがない“から、“加藤を好きかもしれない”へ。
そこを自認したばかりであろう松田くんに基準の話を真正面からぶつけるの、酷だからやめてあげて…。
やっと葛藤から抜け出せそうなところで基準の話なんてされたら、一気に現実に引き戻されてしまうよぉぉ。
 BLはファンタジーというけれど、そもそも恋愛って多分にファンタジーですよね。
そう考えるとまだこの時点では、夢から醒めてしまうような強烈な刺激は危険ではないの?
松田くんは今、走り出してしまった気持ちに、やっと頭が追いつきそうなところまできた。
だから本来ならば、それが追いついて馴染んでくるまで、そーっと優しく恋を育んでいく段階。
今は、ちゃんと相手がYesと答えられるような無理のない質問をするのが無難なラインです。
なのに、加藤発言は良くも悪くも目が醒めるような眩さ(それこそが里先生作品なのですが)。
 だって、あなたと恋愛することで松田くんは今後、大きな基準の変更を余儀なくされるのです。
恋愛や性的なオリエンテーションって超重要な基準ですよ。
それをひっくり返すって、とてつもなく大きなこと。
かつそれは、当然、他の基準の変更をも迫られるという意味に他ならない(だからこそ、神谷さんは何度も梶さんを突き放そうとした。お前、どうせそこまで想像して動いてないよな、って)。
 ところが、ようやく恋心を認めつつある段階の相手に、「俺の行動選択の基準は全てお前」と全集中で自己開示した上に、「あなたはどうですか?」なんて訊いた日には…。
そんな重たいもの、恋愛初期に互いに照らし合わせるなんて物騒すぎる。
簡単に即答できる質問じゃないよ。
「俺もだよ」なんて、まずならないよねぇ…。
 私が松田くんの立場だったらとりあえず怯むと思う。
だってまだ、そこまでの覚悟はできてないもの。
今、自分の気持ちと、そして加藤くんとちゃんと向き合ってみようか、と思い始めたばかりだとしたら。
せめて「松田の基準の中に俺も入ってる?」とか「俺も松田の基準になりたい」くらいの問いかけならばもう少し安心できたかもなあ。

 そして。
もしかしてこの衝撃って、矢島くんが斉藤兄sからの介入を受けた時、と似ているのかもしれません。
あの時の矢島くんも、ハッとしたのだと思うのですよ。
恋愛真っ最中なんてパーッと熱くなって、視野も狭まりがちなわけで。
付き合うか付き合わないかはふたりだけの問題でしかなく、もっと言ってしまえば求愛された矢島くんが自分にGOサインを出すか否かの個人の内的葛藤でしかなかった。
でも、愛人話やお見合い話をきっかけに冷静になった瞬間、ふたりが付き合うことにより現実世界に波及する諸々の影響にまで目が及んでしまった。
つまり内的のみならず、対外的な葛藤が生じ得ることに気づいた。
当然、自分の将来にも、斉藤さんの将来にも向き合っちゃったよね…。
あそこで矢島くんが撤退した理由もよく分かる。
 さて、一方の松田くんは、それを加藤くん張本人に真正面から突き付けられてしまったではないですか(加藤そういうとこ、な…)。
そこでドラマチックな展開に眩んでいた目が醒めてしまったら?
松田くんは自分の基準、イコール現実問題について考え始めてしまってもおかしくない…。
 松田くん、28歳。
ここまでの人生を比較的順調に走ってこられた方かなと想像します。
今まで沢山努力してきて、そろそろ次の段階も視野に入ってくるお年頃。
いわば、積み重ねたものの成果が評価となって跳ね返ってくる時期に差し掛かってきた。
昇進への道筋、結婚等、まさに基準の部分がぐっと身近に感じられるライフステージに突入しようとしている。
 ところが、ここで加藤くんを選べば、恐らく他のたくさんの基準の変更を余儀なくされたり、諦めたりすることになるのが現実でしょう。
果たしてこの基準変更は、そこまでの代償に値するものなのか。
そんな痛みを引き受けてもいいほどにこの恋は、そして加藤くんは、自分にとってかけがえのないものなのか。 
 いや、これ。
年単位で付き合った後にじっくり考えさせてほしい内容です…。
ホント容赦ない。
 どんなに理性的な人だとしても、恋だけはどうにもならないものです。
だから古今東西、賢人すらも身を落とすことになる。
どうにも感情が理性を上回ってしまう時がある。
でも、ずっと努力を重ねて、目指してきた基準だって依然として掴みたいものに変わりない。
松田くんは既に、加藤くんに囚われている。
だからもはや最終的に何を選べど、心に幾ばくかの傷を残す
ことになるのでしょう。
100%満足のいく結論が出ることなど稀で、選択には痛みがつきものです。
 あー。
心を抉られる…。
もはや“基準”の域を超え、“価値”をめぐる問題になりつつあるのではないでしょうか、これは。

 しっかし、ここまでの内容を、思いのほかライトに描かれている里先生が怖い(超絶褒め言葉です)。
この痛みを超えて恋を成就させる過程を丁寧に描き切った感動的な作品は時々ありますが。
もはやそこそこの年齢の私には、頑張ったねえ、とは思えれど、そんなに響かないわけですよ。
 でも、こういう形で見せられるとなぜか、ぐっと掴まれます。
何なのでしょうね、この差は。
あえての説明の欠落によって、自分の人生とも照らし合わして考えさせられる部分が多分に出てくるからでしょうかね。
逆に親切に全部説明されてしまうと、読み手である“私”が関与する余地がなくなるから、かなあ。

加藤発言が突き付けたもの②加藤くんの恋心の質と重量について、松田くんはどうとらえたのか。

 引き続きヘビーな話題その②に行きます(BL読んだだけなのに何で…)。
松田くんに寄りかかりながら「俺の基準はお前だけ」って。
冷静に考えたらどうなのでしょうね、という話です。
冒頭の方で話したカップルの立ち位置の話と、返報性の原理を今一度、思い出してほしい。
松田くんがどう受け取ったのか気になって仕方ないから早く続き読みたい。

 これって私が初見で感じたように、本当に甘いだけの発言なのだろうか。
「俺の基準はお前だけ」を、私は「俺は何事でも松田を起点として物事を考えるぜ」という意味だと受け取ったのですが、合っているのでしょうか(間違っていたら、これ以降の全部意味なし)。
松田のために、松田と一緒にいるために、松田の言うとおりに。
下手したら松田原理主義宣言です。
 その受け取り方前提でよくよく見ると、この言動、人によっては超依存的な態度だと捉えたとしてもおかしくないような。
極論になりますが、じゃあ松田くんから親の会社継ぐの止めろって言われたら言う通りにするの?って話にもなりかねない危うさがある。
本人たちが幸せならそういう価値観もあっていいと思いますが、彼らはもはや思春期レベルで若いわけでもなく一介の社会人で、現実的に無理がある。
 また、これって、言われた側からしたら果てしなく重い言葉でもある。
全面的に依存するって、悪く言えば相手に全ての責任を押し付けることと同等ですから。
自分軸で考えるのを放棄した、完全なる葛藤の回避です。
 皆さんはどうでしょう?
受け取り方は人それぞれなのかなと思います。
仮に自分がパートナーやら大切な人やらに同じようなことを言われたら、どう感じるだろう?
 「うれしい」って思う人もきっとたくさんいますよね。
私が支えてあげよう、と決意する人もいるでしょう。
逆に、怖くなる人もいるかもしれません。
この愛にちゃんと応えられるかしら、って。
 ちなみに、私は私自身が自己中なので、おそらく「思ってたより、重っ」と狼狽えて、一歩引く。
あるいは、ムカつく。
甘えてんじゃねーよ、と瞬発的に突き飛ばすかもしれません…。
すみません、冷たくて。
さて、松田くんはどういうタイプなのか。

 そもそも、この話の発端は松田くんの川原くんへの助言でしたね。
自身のキャリアを思い悩む後輩に松田くんが、自身の“基準”になるものを全て書き出せ、といったことに端を発します。
まあよくあるテクニックですが、非常に理にかなっています。
頭の中で漠然と考えている時って、自分が見えているようで見えていない。
迷っているから余裕がなくて、視野も狭まっていたりもする。
だから書きだしてみれば、自分の意外な思考にハッとすることもある。
書き出したことで、自分や取り巻く環境を客観的にみられるようになるのもある。
 んで、それを横で聞いていた加藤くんも、松田先輩の助言をきっかけに考え始めた。
その矢先での松田殴打事件。
そこでとっさに取った自分の行動で気づく。
俺の基準は“松田”一択だ。
だって、俺が熱くなれるのは松田のことだけ。
ねえ松田、聞いて。
「俺の基準はお前だけ」
 おーい、松田先輩それでいいって言ってました?
思いつく基準、全部並べてみろって言ってませんでしたっけ。
少なくとも君には、ゲームしたい、という基準が他にもあるよね。
実家の事業だって継がない気はないよね。
松田くんは真剣に助言したのだから、加藤くんももっとちゃんと考えていこうぜ。

 すみません、まじめな話に戻ります。

「50年後死んでも明日死んでも後悔しない形を選べばいいだろ」

 松田くんのセリフを聞き、加藤くんはきっと松田くんの隣にいることを願ったのでしょう。
だから、明日死んでも後悔しないように、松田くんに想いを伝えたい。
松田くんの想いを知りたい。
お願いだから好きだと言ってほしい。

ピュアだし、本当に好きなんだなあと心が洗われるようです。
危ういくらいに彼には松田くんしかいないんだな、と。
加藤くんの松田くんへの気持ちがビビッドに伝わってきた。
きっと、松田くんにもその必死な想いは伝わったはず。
だからこそ、複雑。
 あなたの好きな松田くん、それで喜ぶかな。
松田至上主義もいいけれど。
むしろ、私たちには美味しいけれど。
果たして、松田くんはそんな加藤くんを心の底から好きになれるのかしら。
 だって、彼はこんなにも鮮烈な発言ができる人なのです。
自分の人生を自分のものとして生きているであろう松田くん。
後悔しないような日々を生きているであろう彼は。
加藤くんが松田軸でしか物事を考えられなくなってしまうことを良しとするのかな?
むしろ加藤くんが加藤くんなりに己の手で人生を選択し、一生懸命に歩んでいく姿を見た時、そんなあなたを好きになるのではないのかなあ…。

 さて、次号で里先生はどういう方向へもっていかれるのか。
一筋縄ではいかない複雑さが、さすがと言ったところ。
一般的なBLだったらこの辺でワーッとクライマックスなはず。
 私も、会議室に引っ張り込んだあたりまでは、「あら、このままいい感じ?」と半ば確信していたのですが。
次あたりで終幕ならば、何となく纏まってしまうのかもしれませんが、上下巻ならばすんなりいかないのかもしれない。
 …ということで、個人的には『俺が好きなら媚びてみろ』5話、想像のかなり上をきたという衝撃がありました(私が考えなさすぎだっただけ?)。
朝からふたりして退勤命令が出てしまった平日。
長い一日になりそう?
一日で決着がつく話ならばいいけれど、ね。

加藤、再考。~危うさと、この先の可能性

 本当に、この先どうなるのでしょうね。
これまでの言動を見ると、松田くんはああ見えて情が深い人っぽい。
ていうか、情に引っ張られて人生軽く遠回りしかけることもあるのではという気配すらする。
だから、もはや加藤くんを本気で見限ることはないでしょう。
自分にも加藤くんにも時々イラつきながら、加藤くんを導いていくのかもしれません。
 でも、目下の関心は次のターン。
彼は一体どういう反応で返すのだろう。
加藤くんの想いを大きな気持ちで、ぐっと受け止めるのだろうか。
それとも、バーカ、ってキレながら、本質的なこと言ったりするのかな。
それで加藤くんは目が醒めて。
惚れ直しちゃって。
また一生懸命、がんばっちゃうのかも。
松田くんの隣に堂々と並ぶために。
恋っていいなあ。

 そんな風に思いつつ、ここのところずっと複雑な気分になっていた私。
もう一度、加藤くんについて考えてみます。
前回考察したときより一段ヘビーな感じを受けたので。
銀行以前の頃からいろいろ思うことがあった人なのかな、という手前勝手な想像です。
出自からくる重圧と、用意されたレールと自由のはざまでの葛藤と。

 実存は本質に先立つ、とか、自由の刑、とか、カッコいいこと言って人間の苦悩を表現したりするけれど、自分の意思とは関係なく、生き方を先立って決められてしまっている人も苦しいではないか。
たとえそうだとしても、彼は与えられた役割に徹することを自己選択しているのだ、とか言えばそれまでですが、それでもさ。
物心ついた時から役割を与えられていたら、そういうものだと刷り込まれて疑えないものだよね。
加藤くんを見ていて改めて思いました。
 だって…。
お前は将来事業を継ぎなさい。
それにふさわしい人間になるべく学びなさい。
銀行にご奉公に行って修行してきなさい。
指示が出たら、自社に戻ってきなさい。
全ては決定事項で、加藤くん自身の意思は加味されない。
 羅列しただけで息が詰まるなあ…。
重圧がすごいです。
その価値観の中で育ったら、自分は自由だと思えなくなったとしても無理はない。
本当は逃げたっていいはずなのですけれどね。
そんな選択肢、なかなか思い浮かばないでしょう。
 ところが彼の内情なんてつゆ知らず、周囲は“お気楽な御曹司”扱い。
でも、それがどんなに世間一般では恵まれていると羨ましがられるような人生だとしても、本人にとってそれが幸福でないならば、何の意味もない。
人生なんて当事者の主観でしかないのだから。
わりと最近、現実でもそんなことを考えさせられるようなお話がありましたっけ。
 勿論、決められた枠組みの中で生まれたとしても、じゃあその中でどう生きるか、を考え、選択できるのが人間の本質です。
そもそも生まれたときに皆、ある程度スタート地点は決まっている。
裕福だったり、貧困だったり、生まれた国だったり、時代だったり、性別だったり。
みんな平等なんて真っ赤な嘘で。
生まれおちた境遇を受け入れ、そこから何者かになっていくしかない。
 そうやって誰もがいろいろ背負って生きているのだから、加藤くんの在りかたはただ絶賛モラトリアム中なだけじゃん、と捉える人もいるでしょう。
恵まれているくせに甘えちゃって何なのさ、とか、さっさと前向きに取り組めよ、とか。
でもさ、しんどい時もあるよね。
そのしんどさなんて、当人にしか分からないよね。
 加藤くん、何だかんだ言って、まだ20代の男の子なのです。
だから、背負うものの大きさに押し潰されそうにな時だってあるでしょう。
ましてや、自分も社会に出て、実際に働いてみてさらに実感する。
働くって本当に大変なこと。
そして、仕事で見聞きしてきたこと、体験したこと。
大企業だって安泰とは全く言いきれない時代になってしまった。 
会社という大きな枠組みの中で見ればただの一社員にだって、個に目を向ければそれぞれの生活がある。
彼が背負うのはそういう個々の人生が沢山集まった、会社、というもの。
 重いよね。
想像力がある子であればあるほど、重圧に苛まれるのではないでしょうか。
前回も書きましたが、太陽光の話。
あそこで切り捨てられる社員の生活にまで目を向けてしまったら…。

 きっと彼は本来、心の中に柔らかいところを持った人なのでしょう。
そして、本当はしっかりと考えることもできる人。
だからこそ苦しさを感じ、いつしか内にこもりがちになった。
 予め決められたレールに抵抗なく乗れる人は幸せなのだと思います。
加藤くんと同じ境遇で、そのポジティブな側面だけを享受して生きる人だって沢山いるはずです。
でも、加藤くんはおそらくそういう生き方にいささか閉塞感を感じている。
元々、さして力を入れなくても大手銀行で優秀な業績を収めてしまう才能がある人。
きっと決められた使命を果たす器として十分機能できるだろうし、むしろそれ以上に才能を発揮できそうです。
 ただし、優秀だからと言って、それをいかんなく発揮し、華々しく生きていきたい人ばかりとも限りません。
加藤くんの発言の端々から、穏やかに力を抜いて生きていきたい欲求が透けて見える感じもする。
あるいは、もっと全然別の生き方を望んだ時もあったのかもしれない。
だとすれば、器、に徹して生きていくのには葛藤も生じてもおかしくないですね(おそらく、その葛藤の末に振り切れちゃったのが斉藤兄ですね。強い。与えられた役割から堂々と逃げ切ろうとしている。人としてすごく興味深い方です)。
 でも、悩んだからと言って、レールから外れられない自分がいるのも重々自覚している。
そこはかとなく持続する閉塞感の中で、いつしか自分のwillにも他者にも目が向かなくなっていく。
結果、葛藤を回避するための無関心に陥っていく。

 松田以前の加藤くんの視界にうつっていたのは無数のカオナシの群れ、というのが私の勝手なイメージ。
その頃の彼は孤独を孤独とも思っていなかったかもしれない。
他者を強く必要としているようには到底見えない無関心さ。
誰かと深くかかわることはむしろ面倒としか感じていないような態度。
でも、そこに“顔”と“名前”がある松田くんがぴょこんと現れてしまった。
そんな松田くんに注目して、いつの間にか好きになって、この人しかいないと思って。
ずっと隣にいてほしいとまで願うようになった。
 ところが加藤くんは、言いました。
「俺の基準はお前だけだから」
うーん。
今の彼は、生まれて初めて目にした対象をインプリントしてしまったヒヨコ、にも似ているような気がしないでもない。
果たしてそれは彼の望む、“隣にいる”と同列に考えていいものなのか。
どちらかというと今の彼にとって唯一の光のような存在の松田くんに“縋り付いている”、と形容した方が近しいような印象を私は受けてしまった。
あるいは自分を閉じることで回避していた葛藤を、今度は松田くんに総投げすることで結局は回避しているように見える。
 これが、現状の私の心のざわざわの元ですね。
最初にお話しした二人のステージの差異の感覚につながります。
 
 もう一度、5話のふたりの発言を並べてみます。
松田くん。

50年後死んでも明日死んでも後悔しない形を選べばいいだろ

加藤くん。

俺の基準はお前だけだから

主体的と依存的、とでも言えばいいのか。
差は歴然としています。 
 今回の松田くんの“基準”をめぐる発言がなければ、私もここまで深く考えなかったかもしれません。
『跪け』の段階では、加藤くんは本当に跪いていればよかった。
あえてのワンダウンポジションが、読み手としても心地よかった。

 でも今や、松田くんがここまでしっかりとした考え方を持つ人だと提示されてしまったからこそ、同じステージに立つためには加藤くんがもう一歩成長する必要があるのかもしれない、と感じました。
彼が松田くんの“隣”に肩を並べるためには。
 そもそも里先生のキャラクターって、みんな精神的な自立度は高めだと思うのですよ。
そういう点から考えても、加藤くんはまだまだ成長の余地が大きいのではないかな、と想像します。
 
 とはいえ、別にこの先を心配しているわけでもないのですよね。
あくまで5話を読んで、私が色々考えてしまっただけの話であります。
それに、既に加藤くんは前に進み始めていますから。

 松田至上主義に目覚めた加藤くん。
現状、価値判断の基準は絶賛松田くんな状態。
でもこれって裏を返せば、松田エンカウント以前の加藤くんには、自分自身の基準が一個もなかったってことですよね。
きっとあったのは、生まれながらに示された方向性の一択だった。
そこを基準に物事を考え、決めていくように育てられた。
結果、公が優先され、私は二の次に。
そりゃ自身の内なる欲求が分からなくなったとしても無理はないでしょう。
 でも今や、彼には2つ目の基準ができました。
松田くんに会って、そこから細胞分裂が始まった。
今あるのは、示された方向性と、そして、松田くん。
選択肢が増えれば当然葛藤も生じやすくなるのだけれど、葛藤して考えるからこそ新たな基準も見つかり、選択肢は無限に増やしていけるはず。
松田くん、ではなく、自分がどうしたい、が見えてくるはず。
 加藤くんは一度、自分の中の“松田くんの隣にいる”、というイメージをもっと具体的にしてみたらいいと思います。
彼のどんなところに惹かれるのか。
彼が好きになってくれる自分はどんな自分なのか。
どういう関係性のふたりでありたいのか。
隣にいる彼をどんなふうに幸せにしたいのか。
彼にどんな顔を向けてほしいのか。
もし浮気されたらどうするのか。
辛いときはどうやって支え合うのか。
最期の時、お互いに何と伝え合うのか。
そのために自分はどういう人でありたいのか。
 それこそ松田くんが言うように、思い付くこと、詳細に渡るまでぜーんぶ書き出してみたらいい。
自分がこれから向かうべき方向性も基準も、おのずと見えてくるから。
そうやって基準を増やして、選択肢を増やせば、人生もどんどん広がりを見せていく。
そうなった時、松田くんから見ても、加藤くんはすごく魅力的な人になっているのでしょう。

 こうやって見ると、加藤くんの本当の意味での人生は始まったばかりだなと感じます。
きっかけを作ってくれたのはもちろん松田くん。
彼が、止まっていた加藤くんの時計を動かしてくれた。
でも、いったん動き始めてしまえば、もともと自分の力で動かす能力も才能もある人なはず。
 『跪け』の加藤くんの回想シーンで、個人的にすごく印象深い独白があります。

「同期の松田か」
「めんどくさそうな奴」

そうなんだよ、加藤くん。
他者と関わるって、途轍もなくめんどくさいこと。
世界と真剣に関わることも、がむしゃらに仕事することも同様。
いっそ閉じて、テキトーに流して過ごす方が楽なのもよく分かる。
でも、そのめんどくささを超えた所に、たくさんの悦びがあるのが人生でもある。
現に、それを飛び越えられたから、あなたは松田くんにたどり着けた。
そうやって己の内に湧いた衝動にちゃんと目を向け、大切にしていれば、きっと可能性も視界も限りなく広がっていく。
そしてそういう生き方こそが、あなたの憧れの松田くんの生き方そのものでもある。
でも、もう既に一歩、踏み出せたのだから大丈夫。
がんばれ。

シリーズとしての色合い

 ここで少し、里先生作品広汎の話を。

今まであまり考えたことがなかったのですが、今回、加藤くんについて考えているうちに、それぞれのシリーズ毎にテーマがあるのではないか、と思い至りました。
要は、GAPSとそのスピンオフのDOGS、『跪け』とそのスピンオフの『俺が好きなと嗤わせる』というくくりにおけるテーマです。
 実は今回、加藤くんについて語るために片桐さんのソーシャルスキルとコミュニケーションの質(個人的にすごいと思うので)について言及したかったのですが。
気づけば5000文字を越えた片桐論になってしまい、全部端折りました。
でも書いたおかげで、”言語で翻弄する(口説く)”片桐さんと、“無言で翻弄する(口説く)”斉藤さん、という対比があるのかもな、と思いました。
口説いているときの片桐さんの周りはセリフで埋め尽くされてますよね。
ガチャガチャしている(笑)
対する斉藤さんは王様なので言葉少なめ。
王様のすることに対し、説明なんて必要ないですから。
このふたりはいわば、ソーシャルスキルで本能を隠す手練れ VS わりと本能丸出しの人、という対極の存在です。
 あとは、片桐さんと斉藤さんは恋人に求めているものが対極ですね。
普段は本性を隠している片桐さんは、誰かに“全部受け入れてほしい”と思っていて、その対象として長谷川さんを求めた。
斉藤さんは我儘な王様たる自分に迎合しない、同じ目線の高さで対等に向き合ってくれる相手として矢島くんを求めた。
片桐さんは“俺の全てを受け入れてほしい”人、斉藤さんは“俺が言うことを何でもかんでも受け入れないでほしい”人なわけです。
でも共通しているのは、自分が変わる気はさらさらないこと(笑)
 ちなみに前回、加藤くんと斉藤さんの違いを書きましたが、ここに片桐さんも並べると、また違う。
本当の自分を、抑圧している人、元から卍解な人、自覚的に隠している人。
一見するだけだと、この3人は似てるよね、と思わなくもない。
でも、こうやって並べてみるとみんな全然違う。
共通するのは、容姿と頭脳が一般よりも上という周囲の評価だけです。
あと、客観的に見て性格にちょっと難ありも(笑)
 そして、矢島くんはGAPSシリーズの橋渡し的な人ですね。
片桐さんの破天荒な本質を知った上で友人として受け入れられている人なのだから、当然、本性丸出しの斉藤さんの圧にだって負けずに立っていられる人なわけです。
片桐さんとの長年の関わりにより、ヤベー奴に対して万全の耐性がある。
斉藤さんは今の矢島くんを作ってくれた片桐さんに感謝すべきですね。
 ちなみに、じゃあ何で片桐さんは矢島くんを狙わなかったのだろうとも思うのですが、矢島くんは受け入れてくれはすれども、甘やかしてはくれないですからね。
ダメなことはダメと言い切りそう。

「長谷川さんなら俺のこと全部受け入れて甘やかしてくれんじゃないかなと思っちゃってんですよ」

本性を隠すことに多少窮屈さを感じているであろう片桐さんは、恋人になる人にはぜーんぶ受け入れてもらいたい上に、さらに甘やかしてほしかった。
彼は、世間には受け入れがたいであろうありのままの自分を、丸ごといとおしんでほしいのです。
ゆえに、矢島くんとは若干のミスマッチがありました。

「お前は俺に媚びないからな
俺みたいな人間には大事なんだよ」

 一方で比較的、素のままの自分で生きている斉藤さんは、威圧的な自分に媚びず、かつ、ひるまずに隣にいてくれる人を望んだ。
だから、恋人にこそ本音でぶつかってきてほしいし、意見もしてほしいし(そのくせ意見されると王様なので当然ムカつく笑)、何でもかんでも甘やかされるばかりを良しとはしなかったわけです
(ちなみに織田検事から「政治を覚えろ」と意見されていましたが。織田さん、目つきが矢島くんと同じですねぇ…あらあら)。
王様が暴走した際のストッパーというか、名宰相でも欲しいのか。
そういう諸々の条件下で、荒くれ者男子には稀有な好物件・度量は広いけれど自分は自分としてある矢島くんとマッチングするのは斉藤さんだった。
てか、どいつこいつも我儘だな(褒め言葉)。
 
 若干、話がそれたような気もしますが。
んじゃ、当然『俺が好きなら(など)』シリーズにも何らかのテーマがあるよね、と思ったわけです。

ぱっと思い付くのは若い人の恋愛と大人の恋愛、という対比ですが。
それ以外も、こちらのシリーズではGAPSシリーズに比べ、心理的なリアリズムを追求してるのかな、と今回の『媚びてみろ』5話を目の当たりして思わなくもない。
もしかしたら、『跪け』の時点ではそこまでのテーマはなかったのかもしれませんが、スピンオフ『嗤わせる』を経て『媚びてみろ』を書くにあたり、『跪け』のライトで青い世界観はそのままに『嗤わせる』側のテーマに寄せてきたのかなあ、と勝手に想像しています。
 『嗤わせる』は近頃の里先生にしては等身大というか、デフォルメの少ないキャラクターで展開していますよね。
主人公ふたりはどこもぶっとんでもないし、ごく常識的で年齢相応の少しくたびれはじめた大人。
そんな中年同士のわりとリアルな恋愛模様が描かれていた(始まりが突飛なので、またこれも惑わされるのですが、それ以外は結構リアル)。
 神谷さんはマイノリティな性的志向を生きている成熟したエリートで、影の部分として恋愛に対しての諦念と臆病な部分を持ち合わせているように見える人。
だけど、心の奥底にはどこかで諦めきれていない部分も見え隠れしている。
ところがいざ、梶さんが本気になってぶつかってくると、とたんに怖気づいてしまいます。
入行以来の同期でもあり、ライバルでもある梶さんの将来の可能性を大切に思う気持ちがある。
そして何より、いまさら本気の恋に身をやつし、いつか自分がズタズタに傷つくのが怖くもある。
そもそも、息を吸うように考えなしに恋愛ができた若い頃とは一線を画す年齢でもある。
ゆえに梶さんがすればいい葛藤を先回りして、全部勝手に背負って、梶さんを遠ざけようとした。
 『嗤わせる』は、そういう神谷さんの揺らぎと決断をテーマに描かれていた印象です。
そのテーマがシリーズとして敷衍されるならば、『媚びてみろ』もそれなりの葛藤が描かれているのかもな、なんて楽しみに思えてきたりして。
今、松田くんはさんざん揺らいでますから、今後、彼がどのように決断をしていくか、何を選択していくのか。
上司の神谷さん、部下の松田くん。
贅沢にも我々は、それぞれの決断と生きざまを目撃できるわけです。
 何にしろ、次号ですね。
私の書いたことなんで全く見当違いのハッピーな展開かもしれない。
今後、どんな展開になるのか、考えるだけでソワソワしてきます。
ここまでイマジネーションを活性化させてくださる里先生は本当にすごい。
人生にいろどりを添えてくれております。
里先生作品に出会えてよかった。

 と、いうところで少しだけ、全然関係ない蛇足を。
以下、BLについてちょっとした本音を書いてしまうので、不快に思う方がいたらごめんなさい。
個人的にはとても素晴らしいジャンルだと思うので、残念な部分についても少しだけ言及させてください。
読みたくない方は飛ばしてくださいね。
 BLってコミック1冊完結モノが多いですよね。
大人の事情なのはひしひしと伝わってきますが、あれこれ読んでみて思うのは、1冊で恋愛の酸いも甘いも描き切るって結構難しいように見えるということ。
1冊モノを積み重ねて実績を上げ、日高先生とかヨネダ先生とか里先生とかレベルにならないと、長編は書けないシステムなのでしょうかね。
そもそも作家さんが乱立しすぎていて、単行本1冊のストーリーすら満足に維持できていない方もいらっしゃるように感じます。
好きな先生がいるのでつい手を出してしまう一方で正直、玉石混交すぎてよく分からないジャンルです。
里先生作品読みたさに電子で雑誌を買ったりもするのですが、雑誌を見ると、こんなに真っ白な背景でも掲載するの?みたいな作品、結構ありますよね(もちろん、読まない)。
エッチなシーンすらあればOKみたいなところもあると思うのですが、私は漫画に積極的にエロスを求めない(ストーリー展開上必然的にエロい、というのはもちろん◎。匂い立つエロスを追求したような耽美なものも素晴らしい)ので、余計あれっと思うのかもしれません。
 そんなこんなで勉強不足の私には、BLの定義が未だによく分からなくて。
むしろ、最近だと別冊マーガレットで連載されている『消えた初恋』とかの方がグッときてしまいます(恋を丁寧に描くと、あのくらいの冊数になりますよね)。

逆の視点から見ると、日高先生の『日に流れて橋にいく』に至っては、今一番輝いている漫画だとすら思っております。
読んでいてこんなにワクワクする作品はなかなかない(早く朝ドラになってほしい)。

 やはり、力のある作家さんが描けば、どんなジャンルでも面白いってことですかね。
BLも才能のある先生を選別して大切に育てて、そういう方々の大きな作品をもっとたくさん読ませていただけるといいなあと思ってしまいます(あまりにハズレ作品を読んでしまうと、ガッカリ度が半端ないのです。素晴らしい作品がたくさんあるBL全体が低く見えてしまうのは勿体なさすぎる)。
そうすることでジャンルとして、さらに成熟していくような気がします。
 ホントごめんなさい、生意気なこと書いて。
でも、好きだからこそ、ちょっとだけモノ申したかったのです。

さいごに

 全然関係ないことばかり書いて申し訳ない。
シメは『媚びてみろ』に戻ります。

 加藤くんですが。
ここにきて里先生の他の攻めの面々と大きな差が出てきた感じがします。
強い子だけど内側には繊細なところあり、みたいなニュータイプ。
結構、異彩を放っているかもしれない。
人間らしさが前面に出てきているような。
新鮮と言えば新鮮ですね。
 最近の里先生キャラクターで繊細な人と言って思いつくのは、神谷さんや吉野くんあたり、でしょうか(全然関係ないですが、菊池くん吉野くんのお話はあの2作で終わりなのでしょうか?続きが読みたいです…)。
どちらかというと受けの方が多い気がしますが、もしかしたらただの勉強不足ですかね。
 とはいえ、里先生作品は全般的には頑丈なキャラクターが多く、読んでいても安心感があります。
繊細さが垣間見られたとしても、みんなちゃんと一人で立って、健全に生きている(瀬戸くんですら、たくましそう笑)。                                               
きっと色々なことを乗り越えて、折り合いをつけて、一生懸命働いている。
だから、カッコいいな、って私たちは思って惹きつけられちゃう。
応援したくなる。
 今は川原くんも悩んでいるし、松田くんに至っては人生観をかけた大苦悩大会の真っ最中。
人の一生なんて悩み、立ち止まって、恐る恐る選択しての繰り返しだけど。
正解なんてないし、社会のルールだって関係ない。
でも、どうしたいかなんて自分でもわからない時もある。
そういう時は前を見るのなんてすっぱり止めて現状維持だって立派な選択。
ただ目の前にあることを淡々とこなしていれば、いつか視界が拓けるときは来る。
そっと遠くから応援しております。

 また、書きたいことばかり書いてしまいましたが。
こんなに長い個人の意見をここまで読んでくださった方がいたなら、本当にありがとうございます。
 今後、里先生が加藤くんという人物をどうやって料理していくのか、めっちゃ楽しみですね。
あーだこーだ書きましたが前のめりで衝動的な加藤くん、私は大好きです。
そんな彼に超絶意地っ張りな松田くんが、どうやって観念していくのかも見ものです。
 ところで、まだ重要な伏線やテーマが残りまくっておりますが。
どこまでが今作の『媚びてみろ』に盛り込まれるのでしょうね。

・加藤くんの進退のスケジュール感
・松田くんがいかに加藤くんを受け入れていくか
・気持ちを認めた松田くんが、今後の職業人生を選択するまで
 (加藤くんと共にどう生きていくか、スタンスの選択)
・加藤くんのさらなる成長(私の勝手な願望)

あるいは『GAPS』のように断続的に続いていくのかしら。
 それにしても本当によく練られたお話です。
想像力が無限に膨らみます。
早く、続きが読みたいな。


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