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【識者の眼】「『経口人工妊娠中絶薬』についての少々の疑義」中井祐一郎

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
Web医事新報登録日: 2021-09-17

経口人工妊娠中絶薬の承認の行方が話題となっている。女性自身の意思で自由に人工妊娠中絶を行うためには必須の条件であり、望ましいことと言えよう。しかし、母体保護法指定医としては、現在の状況における承認には少々の疑義が残る。

その処方権を母体保護法指定医に限るならば、母体保護法第十四条には抵触しないだろう。お忘れの方も多いかもしれないが、横浜市の某クリニックで中絶胎児をゴミとして処理していた事件があった。その真偽はともかく、中期胎児を切断して投棄したとする報道が激しい批判を招いたのだが、その際に12週未満の胎児が感染性廃棄物として処理されているという可能性から、「なぜ、命をこんなに粗末に扱うのか」という批判(瀧井宏臣:婦人公論. 2004.)が起こった。その後、環境省と厚生労働省(2004年)は「中絶胎児については、妊娠4カ月(12週未満)であっても、生命の尊厳に係るものとして適切に行うことが必要」というメッセージを発出している。

報道によれば、本薬剤の治験では妊娠9週までを対象としているが、この週数になればしっかりとした身体を持つ胎児が存在する。自宅で娩出されたこの胎児はナプキンに捕捉されるだろうが、それをどう処理するのだろう…。母体保護法指定医に提出して、処理を依頼せよというのだろうか。場合によっては、便器から下水の汚泥として自然に還ることもあろうが、前述のメッセージを出した環境省と厚生労働省はこれを如何考えるのだろう。

中期中絶では胎児の火埋葬は当事者自身が行うのが一般的であるから、前者の母体保護法指定医に提出する対応は不自然でもある。排出物の処理を請け負わされるとすれば、母体保護法指定医は堪らないし、その費用を徴収すれば、また批難を招来するかもしれない。

安全な中絶を推進するSafe Abortion Japan Projectという団体があるが、私が知る限り、当該団体も排出物の処理については言及していない。私は母体保護法指定医であるが、本薬剤の処方については距離を置きたいという欲望を禁じえない。

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