てがみの夜(なんかの草稿)
わたしの友だちが手紙を書くので呼ばれた
彼女は、大好きな人たちに渡すための手紙を書く
彼女の視野や胸の奥がどんなふうに彼らを受け取っていたか伝えるためだ
彼らにはこれから訪れる彼女不在の時空間があり、その間彼女が手紙で伝えた事柄が彼らを守らなければならない
だから彼女は一丁いいのを3通に渡ってしたためければならないのだった
わたしは、彼女が話す彼らに付いてのエピソードや感慨または分析を聞くともなしに聞く
彼女の思考の定まらない流れの中で、一定レベルで概念に固化していったやつを岸に結び停めるとそれはノートに綴られる
その半ば乱れた文字を見るともなく見て、その景色に対して勝手な感想をたまにこぼす
わたしは今晩彼女の傍らでそうしているのが役目として呼ばれたのだ(それは光栄なことだ)
●彼らはある期間彼女に膨大な経験値を与えた
●彼らはある期間彼女と融解することで素晴らしい働きをした
●彼らは彼女にしか見えない彼らのいじらしい部分を晒した
●彼らは彼女が存在するやさしい夜を得た
などなど、していた
※これらは定量で測れません。
わたしたちは5年間、1ヶ月にいっぺんとかそれ以上会って、
●お腹が空いてごはんを食べたり
●脳内物質をニコチンで補給しながらエンドレストーキングしたり
●近況報告や恋バナなどを業務連絡様に伝え合ったり
●お互いの定まらない思考や概念に名前をつけ合って納得し合ったり互いに探り当てたり
していたので、お互い何回も聞いているエピソードなんかも多数存在していてしかし私にはそれが幸せなのだった
彼女が私に話してくれた彼女の身の回りの人間模様はずっと(色々な5年があるが彼女との5年はずっとという単位で示したい)の付き合いの間、深度を増して私の一部になっているようで
両腕にあふれるくらい膨大に共有したことがあるような実感があるけれど、その共有したものの中にも初めて知る光や暗がりがあることもが、また幸せなのだった
(彼女と話すたびにそう感じる)
その、彼女と話すたびに生じる陰影は、普段なかなか開かないわたしの引き出しをあける作用がある
ふだん意識の底でうっすら感じ思考している部類の引き出しにさざなみが立って、砂粒の粗密が像を生む
この晩は彼女に似た友達がわたしにはもう一人いることと、その友達を大事にしたいと思っていることの気付きに作用していた
彼女のノートのクリーム色は(喫茶店の照明で紺色に見える?)黒のインクで少しずつ埋まっていき、かくして手紙の草稿は無事作成された
彼女が彼女自身健康でいるように意識づけたり、いかなる時も彼女にチューとかできるけどそれがいやらしくなくサマになるようなちゃんとした男がいて、その日バイトに精を出していたので、それが終わるまでわたしたちはドラッグストアで化粧品を物色するなどした
肌の色や血色に合わせてアイラインの色を選んでもらい(彼女は化粧のことをよーくわかっているのでたまにコスメアドバイザーしてもらうのだった)いい気分だった
3つくらい先の駅から「今とてもお腹が減って憔悴しているが労働が終わった」旨の連絡が例のちゃんとした男から来たので、その日はそれで別れた
手の届かない引き出しを開けてもらうみたいに話せるニンゲンがいるのは幸せなことだ、と反芻する帰り道のあしおとは冷えたアスファルトの帰り道、便利で暮らしやすくていくら待っても一向に垢抜けないわたしたちの暮らす街
その害のない夜に響いた
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