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理系学部卒になるまでの軌跡

twitter見てて、やっぱり理系学部の大学生は、学卒で就活をすることに異常なくらい恐れている節があると感じた。そんなこと言ってる俺も、1年前は割と恐れてたなーと思うので、理系の学卒について実際に国公立理系で学卒で卒業見込みの立場のものがこのテーマについて書こうと思います。

構成としては、私がどういう経緯で学部卒になるかを時系列順に書きました。

P.S. 今全部書いてみて一度読み直したのですが、かなり自分語りが多く、理系学部卒のメリデメについて情報を仕入れたいだけの場合は「最後に」だけを読んでください!


スペック

  • 国公立工学(情報工学)

  • gpaは3.0ちょうどくらい(学科の中だと中の下くらい、研究室だと確か最下位 笑)

  • 研究室のテーマは、、、まあ現役だしまだ伏せておこう。行きたい研究室(正確には担当教員)には成績の関係でいけなかったし、意欲はあまりない

  • 研究室配属は3年後期から

学部卒を考えた最初のきっかけ

最初のきっかけは3年の春休みに高校時代の友達に会った時に、その子が学部卒を考えているという話を聞いたことだった気がする。その子は京大の工学か理学(情報ではない)に現役で合格する人で、本当に頭が良く、研究が好きそうなイメージがあったから、それを聞いた時はとても驚いた

話を聞くと、その子は自分の専攻にはあまり興味がない一方で、プログラミングやシステム開発に興味を持ち、独自で勉強したりバイトをしたりして着実に力をつけていっている様子だった。そして、大学院では情報に移るか、いっそのこと就活をしてIT業界に働くというキャリアを考えているようだった。

俺も入学当時はそういったことに興味があったものの、いろんな物に手を出して、結果あまり専門的な力をつけることが出来ないでいた。その後、大学院に行ったとしても今の延長線上でダラダラと日々を暮らし、ただ24歳になった状態で社会に出るのかと思うと色々と不安になった。

当時海外では大学院の入り直しが珍しくないという話を聞いたことがあり、軽く調べたところ日本でもそのようなことがあるらしかったので、それであれば自分の今いる環境を大きく変える為に、まず社会に出てみようと思ったのが最初のきっかけである。

学部卒のデメリットについて考える日々(4月)

4月に生協からzoomで企業説明会があるという案内メールが届いたので、まずそれに参加してみた。色々な企業の話を聞くと、結構面白そうだなとただ純粋に感じた。しかし、俺の中では「理系の学部卒は文系就職になる。」という言葉がずっとあり、そこにかなり引っかかっていた。

「文系就職といえば、営業、飛び込み、契約取れない、つらい」そういうイメージがあった。自分は内向的な性格で、そう言ったことが苦手だからこそ、高校生の時に理系を選択し、大学もそこそこ優秀なところに合格することが出来た。

入学後IT技術を何か手に職を付けたわけでもないものの、自分は曲がりなりにも理系なのだから開発をやりたい、しかし文系人材として会社にはみられてしまうのではないかという風に考えるようになった。

情報学部での弱者の逃げ場:SIer(5月)

高校生の時イメージしていた自分の像は、システム開発を黙々とできるような感じだったが、3年生になった自分は大して成長しておらずそういう職種に応募するのも憚れれる状態だった。そんな時に出会ったのがSIerという業界である。ここでは今までシステム開発に携わったことがないような人でも十分に内定を取ることが出来、しかも手厚い研修の後に開発の仕事が出来るという新卒時は半分学校みたいな業界である。

ここでなら私は理系っぽく働けるのではないかと思い、3年生の5月半から3年生の2月序盤まで、なんとSIerのSE職以外、一才応募しないという割と変わった就活をすることになる。

サマーインターン後(9月)

確かサマーインターンは18社ほどesをだし、そのうち4社くらいのサマーインターンに参加した。そしてサマーインターンを終えた後、私はやっぱり院進かなと思い始めるようになる。その理由は、インターンが割としんどかった事と、後期より始まる研究に少しワクワクしていた為である。誰もが思ったことがあるであろう、ちょっとすごい成果を残して有名人なる的なやつである。余談であるが、過去の偉大な研究者たちも、その生涯の研究成果で一番優れた研究は実は20代までに書かれたものが殆どらしい。20代前半の身としては嬉しい一方で怖い事実でもある。

話を戻す。インターンでは毎日9時までに起きて16時くらいまでずっと作業をこなした。授業はサボることができるが、インターンでは成果発表があるのでそういう訳にもいかず、サボり癖がついていた私にとってはただしんどかったのだろう。そういう思いや、やはり理系は大学院に入ってこそ価値があるみたいな、誰が言い出したのかよくわからない言葉に流されるままに、院進へと心が動き、9月のインターンを機に就活を辞めた。

研究室での辛すぎる日々(10月~1月)

研究がスタートした。私の研究室では、自分でテーマを決めるのではなく教員からテーマをもらうタイプであった。引継ぎか新規か、どちらかを学生間で選ぶように言われ、何をとち狂ったのか私は新規のテーマを選択した。

もし今このような選択で迷っている人がいるのならば、間違いなく引き継ぎを選ぶべきである。

後悔先に立たず、私はその新規テーマに苦しめられることになる。私が研究室の入る前に聞いていた評判は、「かなり指導は厳しいが面倒見が良い」というものであったが、近年はその担当教諭が忙しく、あまり面倒見が良いとはいえない状態であった。

しかし、厳しいという評判は正しかった。それを表す面白いエピソードについて記しておく。それは研究室及び担当教諭決めの際の話であり、これをどのように決めたのかというと、まず希望の研究室を選び、そこで一旦成績で割り振られ、研究室配属後、さらに希望の指導教員を選び、成績で再び振り分けられるというものである。私の研究室には教諭が4人おり、私の担当教員の名前を仮にAとすると、最初の希望の指導教員の際にAに入れた人は0人であった。このことから、その先生があまり人気がなかったということは察してほしい。

私は私なりに、研究に取り組み論文読みをしたりgithubのコードを動かしたりして取り組んだが芳しい成果は得られず、毎週のミーティングでは勉強不足を指摘された。これは私の勘違いが悪いのであるが、研究室に入る前はミーティングは色々教えて貰えるのだと思っていたが違う。

ミーティングでは教諭が私のやったとこについて聞くので、どちらかというと私が教えるのである。しかし、私が研究について詳しく理解できるわけもなく、十分に答えることができず、怒られる、勉強不足、能力不足を指摘される。勉強不足、能力不足に関してはその通りであるから何も言い返せない。だが、論文を読んだことがある人なら分かってくれると思うのだが、本当に真剣に読んでも理解できないのである。1ヶ月程何度も何度も反復して読むうちに、こういうことかな??と分かってくるタイプの論文が、能力が低い私にとって殆どであった。

更に言葉選び(言語技術というやつ)、プレゼン方法、資料作成方法など、色々な部分で指摘を頂いた。それ自体は非常にありがたいことであるのだが、その指摘に伴う私自身の能力が低いと言う指摘のされ方、言い換えを変えれば才能が低いと言う指摘のされ方がメンタルの弱い私にとっては辛く、大学入学して初めて中退を考えたまである。

またアカデミックな分野が、私の中では得意分野であったこともこれほど精神的に病んだ理由の一つであろう。これはどういうことかと言うと、私はこれと言って特技はないが、唯一他人より優れていたのが勉強だけだっと言うことである。大学入試も第一志望には落ちたものの、それでも尚自分はそこそこ高学歴だと思っていた。それにも関わらず、その分野で沢山のダメ出しを受ける。そしてその指摘が正しいと納得できる。アイデンティティの崩壊である。

12月にはもう無理だと感じていた。後こんな生活を2年間も続けるとか考えられない。自分にはこの世界は向いていなかったのだと知り、高校2年生から当然行くものと考えていた大学院進学を諦めた。

12月後半からの就活再開

12月後半から就活を再開した。この時、4月から9月まで何となくではあったが、就活をしていた自分自身にとても感謝したのを覚えている。まさか9月に完全に辞めていた就活を再開することになるとは、本当に微塵も思っていなかった。冬インターンはほとんどが締め切られていたが、ある1社だけ締め切りがまだであった為、申し込みし通った。(そして面白い偶然であるが、 私はこの会社に就職することになる)

2月からのガチの就職活動

1月末に授業が完全に終わり、そこから完全に就職活動に取り組んだ。そしてこの頃には文系就職とか、そう言うことはどうでも良くなっていたし、そして営業や企画といったことに興味を持つようにもなっていた。

このような心境の変化があったのは、おそらく研究室での日々があった為であろう。研究と開発は全然違うものではあるが、果たして私は本当に開発が好きなのだろうか、と言うふうに考えるきっかけを与えてくれた。確かに日本人全体で見れば私は開発とか理系チックなものが好きではあるが、暇さえあれば技術を高めようとする人と比べるとその興味は圧倒的に劣る。

その一方で私は人と話すことがかなり好きであるし、友好関係も広い。そしてイベントの企画などを大学時代に沢山やってきたが、それらは大変なことが沢山あったものの、スケジュールを計画通りに進める作業はとても有意義に感じていた。

そのような思いから私は、営業や企画、カスタマーサクセスのような職種もみつつ就職活動に取り組んだ。この部分の軌跡については、実は就活日記としてまとめてあるのでもしよければ参考にして下さい。

現在

4月中に内定を始めてとり、残りの選考中であったwebマーケティングの会社はその殆どを途中で辞退して就活を終えた。以上が私が、理系学部就職について悩みながら、就職するに至った流れである。私の研究室では学部卒で卒業する人が自分以外いないので、他の例を知らないのですが、大体こんなもんじゃないだろうか??

いや違うか 笑 
でも、みんなそれぞれ違う悩みがあって学部卒になるんだと思う。研究室で病み機を経たせいで、「導かれている」と言う思想を持つようになったので、学部卒のメリデメを定量的に分析する的なことはしてない。実際にどうするからは、心が思うようにすればいいと思う。
(マジでなんの役にも立たないクソなアドバイス 笑)

最後に

とは言っても、就活をして、また大学院m1の先輩が現在就活をされている現状を見て思ったことがあるので最後にそれについてまとめます。多分この部分が一番、読者さんの役に立つかもです。

学部卒

  • 若くして社会に出れる

  • m1よりb3の方が時間が取れる

  • 研究職に興味がないなら学歴としては学部卒で十分

  • 1~3回までに自主的にプロダクト制作とかをしておかないと、ガクチカでアピールできるものがバイト・部活くらいしかない

修士卒

  • m1での就活はマジで忙しそう

  • b4までの研究歴、それに基づくプロダクトを就活時にアピールできる為、内定する企業はやはり良い傾向がある

  • 学生期間を延長できる。ただしm1の夏はインターンで消えるし、m2の夏は研究で消えるので、思っていたよりは修士の先輩方は遊べてないように見える

  • できる人はできるので、自分が優秀じゃないと思うなら院進しないほうが楽な気がする

  • ストレス耐性がつく

学部卒が文系就職になるみたいなのは、結論間違っていて、学部卒でもポートフォリオがちゃんと作れてたら十分開発職につける。単純に、学部卒よりも院卒の方が就活する時期が2年遅れるから、そう言うのを作っている人の割合が増え、結果院卒の方が開発職にいける人が多く見えるのだと思う。



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